目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

3-4 英雄幻想

「おお、これは」

「わぁ、かわいい!」


 町の呉服屋に、エビモンに連れられてやってきたレインとアウミの二人は、早速浴衣を購入する。

 レインは雪の結晶がデザインされたの、アウミはアニメっぽい鶴と亀が散りばめられたのを着て見せた。


「お二人とも、とてもお似合いです」

「ああ、ありがとう」

「エビモンちゃんは着替えへんの?」

「私は姉さんみたいに着飾るのを好みませんので」

「ほうか~」


 色々相談した結果、前夜祭の花火まで、二手に分かれて観光する事になった一行。

 女性組はまず、桜国サクラコクに相応しいコーデを望み、ゆえにこの場所に来た訳で。


「でもレインさん、こっちのよみふぃ柄の方がええんちゃう?」

「わ、私はその、かわいいのは似合わないし」

「そういうのあかんよ、一番なりたい自分にならんと」

「そ、そうかな? そうかも……」 

「シソラとの花火デート、一番かわいい格好見せてあげましょ」

「デート!? いやいや、皆で遊ぶのだろう!?」


 鏡の前でガールズトークする二人、

 そこに、


「――レインさん達は、明日のイベントには参加されないのですか?」


 エビモンが、そう問うた。


「桜国城の天守閣にある、氷水晶を目指すサバイバルレースやっけ」

「クリアすれば桜国の囲いは解氷する――今の所は出るつもりは無いが」

「……桜国の人達は、期待しています」


 エビモンは、続けて言った。


「義賊では無く怪盗に、開国の未来を」


 それを告げる声と表情は、会った時と変わらず、淡々としたものだった。







 一方その頃、シソラ、アリク、そしてゴエモンチーム。


「うわぁ! でけぇ滝を鯉が登って、龍になったぁ!? どこいくねーん!」

「桜国はリアル江戸と同じく水の都なのさアニキ! 桜と一緒に凍らずに良かったよ!」

「え、あれかき氷売ってる!?」

「――桜を凍らせた氷を削ったものソウイウセッテイさ」

「すげー! 食おうぜ! 奢ってやるから!」

「さっすがアニキー!」


 そんな感じでかしましく、アリクとゴエモンは、初めて会ったとは思えない勢いで盛り上がっていた。なので、


「二人とも、あんまりはしゃいじゃ静寂しじまを損ねるよ」

「俺、メロン!」

「アタイ、いちご!」

「聞いてないなぁ」


 今のシソラは二人の保護者ポジである。とはいえ、連日ログインする度に注目を浴びていたシソラにとって、ほっとかれるというのは今この時は正直有り難い。


(桜国の人達も、気を使ってか遠巻きに眺めてくるだけだし)


 シソラの知らない所で、ゆっくり観光してもらおうぜ! というメッセージが桜国に出回った結果であった。おかげでシソラは、滝の前にある緋毛氈の敷かれた台、ゆたりと腰を落ち着ける。

 飛沫の煌めきや、滝壺で水爆ぜる音等、五感で自然を感じながら、VRの中では久しく忘れていた、何もしないでいい事の幸福を、ゆっくりと噛みしめる。

 ――ただ、その時


「すまない」

「え?」

「怪盗スカイゴールドか?」


 自分に話しかけてくる、侍が居た。

 編み笠を被り、黒い羽織を着て、腰に刀を下げる。

 様々な衣裳で個性を主張出来るVRMMOにおいて、この侍の姿アバターは余りにもプレーンで、逆に個性として成立していた。


「我に何か用かな?」

「――いや、ただ顔を見たかっただけだ」

「そうなんだ」


 その後に訪れた沈黙は、不思議と心地良く。

 笠が影になって表情も解らないが、何故だか、相手もそう思ってると感じる。

 そして、やにわに侍は、かき氷が作られていくのを見て目を輝かせるアリクに目をやり、こう言った。


「あの男は、仲間か?」

「――アリクは」


 問われて、それに答えるまでのごく僅かな時間、

 シソラの頭の中で、沢山の感情が流れていた。

 この2週間、怪盗業で忙しい中、ずっとアリクやアウミの事が気に掛かっていた。

 もうこのまま、仲が疎遠になるのではないかという恐怖すら覚えていた。

 ――中学一年生

 幼馴染みとの別離という、自分が悲しさに追い込まれた時、

 無邪気に、ただ、隣で遊んでくれた人。

 だからそれは仲間と言うより、


「友達だよ」


 そっちの方が、しっくり来た。


「そうか」


 侍はそう一言落とすと、会釈をし、そのあと去って行く。

 暫くの間、遠くなっていく背中を眺めていたが、


「おーいシソラ、かき氷」

「あ、我の分まで買ってきてくれたのか?」

「買うわけないじゃん、ねぇ、アニキ!」

「そうだそうだ、お前はこのあとレインと一緒に食えよ-」


 そう言って二人とも、これ見よがしにかき氷をパクつく、そして、


「うっ!?」

「頭キーンときた!?」

「バーチャルでなんで!?」


 二人とも、かき氷が作られてる間に、リアルの冷蔵庫にもかき氷があったのを思いだして、XRクロスリアルしたらしい。二人揃って頭抱え、「おのれ怪盗スカイゴールド!」と言ってくるので、「筋違いだよ!」と怒っておいた。







 桜国城近くにある広場は、かつては花見の名所として親しまれていた。

 今は全ての桜が氷漬けになっており、前夜祭を前にしても、人が訪れる様子は無い。


「三年前――ちょうど姉さんが、桜国からゲームをスタートして1週間後に、この国は氷で覆われました」


 ツルカメポップな浴衣を着たアウミと、雪結晶柄の浴衣を着たアウミが、エビモンの淡々とした語りに聞き入る。


「それから1年経った時、とあるプレイヤー達が”悪代官”を始めました」

「ああ、悪役RPなりきりプレイか」

「グドリーさんみたいな楽しみ方する人、やっぱおるよね」


 アイズフォーアイズは他のMMOに比べ、悪い事をしやすい。殺人、強盗、詐欺、なんでもござれ。ただしそれらはあくまでプロレス。

他ゲームGTなんとかに例えるなら、警察VSマフィアで血みどろの抗争をした後、仲良く皆でバーベキューする感じのノリである。


「ヒーローやる人も、悪役がいるからこそやもんね」

「はい、おかげで時代劇みたい、と大好評でした、ただその悪代官の内何人かが――」


 エビモン、一度息吐いてから、


「裏でこっそり、RMTもやってたんです」

「嘘!?」

「何!?」


 衝撃の事実であったが、


「で、それを暴いたのが姉さん、義賊のゴエモン、つまり姉さんでした」

「ええ!?」

「なんだと?」


 更にソレを上塗りする衝撃――義賊RPをした彼女は、満座の前で予告状を出し、悪代官からすれば受けて当然の無理ゲー条件のPVPでことごとく勝利、GETしたレアアイテムを換金し、庶民達に配っていたとか。


「で、ケツの毛まで毟り取られた悪代官の中の人が、逆ギレしてRMT業者と自白した時は、目を丸くして驚いてたようです、慌てて運営に通報して」

「し、知らへんままに、RMT業者を倒したん?」

「それはもう――英雄じゃないか」


 レインからすれば、感動しかない。シソラがグドリーにやった事を、既にやった先輩がいたのだ。

 今すぐにでも彼女の元へ行って、お礼を言いたい気持ちだった。


「確かに一時は名声を得たのですが、一番望まれた事が叶えられなくて、やがて、姉さんの人気は陰っていきました」

「それって」

「――開国ですよ」


 この国の氷は、徳山の秘宝を手に入れれば解けるけど、


「毎回レースに参加しても、後一歩の所で届かない、盗み稼業も精彩を欠き、かつての信頼はもう無くて、蔑み無くとも憐れまれるどんまいばかり」

「……そうか、それは、辛いな」

「だから、私からもお願いします」


 エビモンは、頭を下げた。


「怪盗殿、どうか貴方達が、明日のレースで秘宝を手に入れて下さい」

「――お前は、それでいいのか?」

「……もう姉に、幻想をわせるのが辛いです」


 エビモンは笑う、良く見ればその顔は、


「姉さんは、英雄じゃなくていいんですから」


 ゴエモンの顔立ちとそっくりだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?