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2-9 Hot Limit

 山宮ミヤの家庭は、冷たかった。

 信仰心厚く、厳格で潔癖な両親は、物心着く前から既に、彼女からあらゆる不健全を遠ざけた。子供向けアニメの正義のヒロインですら、暴力を用いる非人道と断じた。

 性的なものなど以ての外、両親は、純真は正義、色欲は罪と、毎日の様に娘に説き続けた。

だけど――思春期になった時、

 彼女にも、性の目覚めが訪れる。

 その上で、両親に必要以上に性について遠ざけられていた事もあって、彼女はえっちな事への関心が止められなくなった。どれだけ厳しい両親の元で育とうとも、内から沸き上がる衝動と、それを満たす物への興味は無くならない。

 だから、私、悪い子なのかなと、思い切って親に相談したならば、

 ミヤは学校世俗を退学させられ、そのまま、家に監禁状態になった。

 部屋のドアを叩いて、出してと言った、寒いと言った、だが両親は、こうする事が娘の為だと、信じて疑わなかった。

 性欲を、原罪では無く犯罪だと思ってる時点で、そもそも両親の信仰もどこかズレていた。娘を理想通りに育てる為に、神様を信じるのではなく、神様を利用していた。

 ――山宮ミヤの両親は

 娘の涙より、嘆きより、自分達だけの神様を信じた。

 色々あって、両親は捕まった。

 それでも親の頸城は強く、20歳になって働き始めてからも、彼女はうまく、己の衝動と付き合えなかった。

 救いの名は、アイズフォーアイズ。

 切っ掛けはフリートライアル。もう一人の自分探しという、キャッチコピーに少し惹かれたから。飛び込んだ世界は、仮想でありながら無機質でなく、皆、思い思いの姿を――親が見れば即死しそうな、セクシーないでたちをした人達も居て。

 ログインした頃間も無くは、ごく普通の格好で、生真面目に一生懸命に冒険をこなした。

 だが時が経ち、名声を得て、本当に自分がやりたい事を考えた時、

 ――えっちな私も、やってみたい

 それから英雄竜は過剰な程に己の体を盛り、その上で、完璧なロールで昇天竜として名を馳せるに至る。

 否定者もいたが、賛同者もいた。己と同じような経験をした者もいて、自分らしく生きたい仲間が集まり、楽園は出来た。

 ――親の呪縛から逃れられた

 ……だけどそれは、VRでの話。リアルでは今も、親の影に脅えている。

 彼女はVRの世界でしか、熱を、

 人のぬくもりを感じられなくなっていた。







強制変化の術十連ガチャタイム!」


 キューティが投げつけたミニよみふぃ拘束衣、しかしその悉くが燃やされる。額に滲んだ汗すらも、すぐに乾く程の高温が、翼で浮かぶ、マドランナの体から放たれている。

 ――その熱の中心へ


「あぁぁぁっ!」


 臆さず突っ込み、そして、胸元へ手を伸ばすスカイ、だが彼女はそれをかわして尾を奮う、怪盗は、それをいなしてまた手を伸ばす。


「ブラックヤードを我に渡せ! 理屈はわからないけど、それが貴女の心をおかしくしてる!」

「――おかしいのは」


 マドランナは、口を開く、


「世界の方でしょう!」


 蒼い炎のブレス――スカイはそれを紙一重で避けて、着地と同時に、ファントムステップで、キューティの元まで後退する。

 憤怒の炎をあげながら、マドランナは、己の言葉を吐瀉のように溢れさせた。


「いやらしい事は悪だとのたまう! 絵空事でも、空想と現実の区別がつかない人達が、夢えがく事すら許さない!」


 ――マドランナの言葉は


「色欲が無ければ、私は死ぬ! あいつらは、私を殺す!」


 多くの者の代弁、


「嫌なら私から目を逸らせばいいのに、どうして在る事までを奪おうとするの!」


 言いたいけど言えない事を、この黒い庭で言い放つ。


「お前の言いたい事も解るよ、マドランナ!」

「だがそれは、このゲームの規約を破っていい理由にはならない!」

「私はこの世界でしか、熱を感じられない!」

「だからといって、違法のツールまでを使って、居場所を作るのか!」

「――ええ、そうよ」


 竜人の体が、より強く燃えた。


「楽園なんて無いのなら、自らの手で作るしかない、私の場所を」


 蒼く熱を持つその姿を、


「私達の場所を!」


 キャスト達は、


「皆で、守らなきゃ、生きていけないから!」


 苦しそうに見上げる。

 ――炎はますます燃え盛る

 最早彼女の身の丈を越えて、上昇気流まで巻き起こす程の熱量、


「――燃やし尽くす」


 最高火力を速度に変えて、彼女は己を石つぶてにして、

 己諸共、二人を撃とうとするようだ。

 ――この空間のみ許された彼女の最強

 怪盗の早業も凌駕する事を、スカイ自身が解っている、

 ――だから


「キューティ」

「な、なんだ」

「無限増殖バグは、なんでも増やせそうかな」

「ちょっと待てくれ」


 アイテムリストを開くキューティ、その全てが、淡い光に包まれているから、いけそうだと返事した。


「何か、ボールくらいの大きさのものは」

「ただのよみふぃのぬいぐるみなら」

「だったら――」


 怪盗は、案を告げる。

 キューティはその策に驚き、そして、

 ニヤリと笑った。


「脳疲労で、リアルの私が死ぬかもしれないぞ?」

「その時は、ごめん」

「全く、生き残ったらなんでも一つ言う事を聞いてくれ」

「キューティのなんでもは怖すぎるよ」


 二人が軽口を叩き合う間にも、マドランナの炎は膨れあがり、最早彼女は影のみとなり、けたたましい程に燃えあがる蒼い炎は――暴竜の姿を形作った。


「あぁぁぁぁ……」


 身も心も燃やすように、


「アアアアアアアアッ!」


 己の願いを全て、炎に、

 ――託した


シューティングドラゴン流れ星となり願う竜!」


 超加速、炎を纏った体当たりが、二人に向かっていった瞬間、

 キューティは、無空間アイテムボックスからぬいぐるみを取り出して、

 頭上に放り投げた――


「――限破忍法リミットブレイク


 ――よみふぃのぬいぐるみが増殖し


無限増殖インフニティ!」


 楽園の空間を、そのかわいさが満たしていく!


「わわ!?」

「いっぱい!?」


 キャスト達が驚く程に、空間を埋め尽くす程の物量、

 マドランナが、ぬいぐるみの群れなんて、燃やし尽くそうとした、

 その時、




時遅れの術スロウダウン!」


 マドランナの特攻が、止まった。いや、

 ――世界の全てが停止したかのようのろくなった


「――えっ」


 彼女だけじゃなく、この空間のありとあらゆる物の速度が奪われている。


「何、何、何!?」


 思考と言葉だけが、高速で流れていく世界で、


「解らないかな? 色欲の竜」


 オブジェクトを大量配置する事により起こる現象、

 世界ゲームを破壊しかねない禁忌の技、

 その名は、


「――処理落ちHot Limitだよ」


 オブジェクト過多によるゲームの処理速度の低下、

 そう言った怪盗が、忍者と供に大量のぬいぐるみに埋もれていく。

 ――次の瞬間

 ぬいぐるみの数が減り、処理落ちが無くなる、

 うずたかく積もった二人潜むぬいぐるみへマドランナは突っ込む、

 ――その顔面を

 多重オブジェクトでのすりぬけグリッチを利用した、二人の高速蹴りが、

 炎を吹き飛ばす風圧と供に、ぬいぐるみごと蹴り飛ばした。

 ――空中へ飛んだ彼女へ二人も飛ぶ


「ガッ!?」


 残したぬいぐるみは、宙のマドランナをすっかり取り囲む、

 二人はぬいぐるみを、すり抜けグリッチで足場にして、


「がぁ!?」


 左右対象の起動を描き、徒手空拳を叩き込んでいき、そして、


「がぁぁぁぁぁぁ!」


 ――とどめを重ね

 昇天竜を、二人で蹴り堕とす!


「「ファントムミラージュ怪盗双舞!」」




 ――轟音と供に地面へ叩き付けられるマドランナ

 大の字で仰向けになった彼女――その肉体から、蒼い炎が消えていく。

 何も纏わぬ姿になった彼女、

 だが、


「ま、まだ……」


 よろめき、立ち上がろうとして、


「――まだ」


 膝を着いたその時、

 ――ファサリと

 ……その体に、真っ白なマントがかけられた。


「貸すよ」

「決着が付く一瞬までとはいえ、傷付いた体を晒すのは、貴方の好みではないだろう?」


 自分と同じくらい、疲労困憊の怪盗と忍者の言葉に、彼女は、

 強張っていた右目を、ゆるりと緩めた。

 無言で、胸元に食らいついてた、ブラックヤードの装置をスカイへ差しだした。

 スカイはマスク越しに笑いながら、それに手を伸ばし、触れて、


「――スティール」


 その一言と供に、奪った。

 次の瞬間、


『GAME CLEAR!』


 AIの音声が響き渡り、PVPが終了した。


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