――愛してくれなんて言っていない!
そう願う事そのものが、許されないと知ったなら。
◇
――Lust Eden
夜気を纏う、大理石作りの巨大な建物が入り口には、”色欲の楽園”を意味する名が看板に踊る。グラサンスーツの
「いらっしゃいませ!」
「ようこそ!」
「楽しんでいってね!」
ここはキャストがゲストを出迎える
店の中央奥のステージではジャズバンドが演奏し、際にはバーカウンター。店内の照明は桃色がかり、刺激的な夜を演出する。高級感がありながらも、淫らさを下品ギリギリラインのエッセンスのように散りばめられた
そんな場所で生き生きと咲く、魅力的なキャスト達。
「ふふ、今日もこの子達と遊びたいの?」
大きな胸を組んだ腕で持ち上げながら、下肢の八本足をうねらせるドレス姿のタコ娘、
「負けたらシャンパン追加ですよぉ♪」
客と腕相撲をしつつ、上腕二頭筋をムッキムッキさせるオークの女性、
「まるで
下から彼女を覗き込む、1/6フィギュアサイズの王子様ホストや、
「まきませんか? まきますか?」
右肩のゼンマイを、客へと魅せながら微笑む、球体関節の無性別人形もいる。
老若男女、あらゆる人種が、客をソファに座らせて接待をしていた。その多様さはまさに
「いやぁ、今日もいい夜だなぁ!」
その中で、露出度高めの緑髪サキュバスが付いた席が一つ。座る男は、右目に眼帯をした剣士で、シャンパングラスの中で優雅に気泡を立ちのぼらせる
「ちょっと、ヨォさん酔い過ぎですよぉ? リアルでも飲んでるんですかぁ?」
「そりゃそうよ、コンビニで買ったチューハイも、ここじゃドンペリに変わるんだぜ」
「そういえばコンビニくじはどうでした?」
「2等どまり! 十分嬉しいけど!」
サキュバスを侍らせての酒なんて夢を、叶えられる空間、アイズフォーアイズ、剣士は笑顔を浮かべた侭に、サキュバスとの会話を続けていく。
「それにしても今日も大盛況だねぇ」
「ええ、予約もすぐ埋まっちゃいます!」
「それならめちゃくちゃ稼いでるでしょ?」
「そうですねぇ、10万
キャバクラでありながら明朗会計、店の金回りを
「いやいや、そうじゃなくてさぁ」
剣士は朗らかな顔、朗らかな声で、
「日本円でいくら稼いでるの?」
そう、言葉を、ことりと置いた。
――その瞬間
「……アレ?」
ジャズが止まり、賑やかさが止まる。
薄紅の照明が満たす店内、しかしその色に反するように、静寂がハキリと張り詰めていく。
「あ、あれー、ちょっと、どうしたのみんな」
「――貴方は」
剣士の、苦笑い声を制するように、落ち着いた女性の声がした。
「誰かしら?」
カツリカツリとハイヒールを響かせて現れたのは――
長身かつ、品のある笑みを浮かべながら、桃色チャイナドレスに包んだはちきれんばかりの肉体を誇示する、
「ふふっ」
角と翼と雄々しき尾を奮う、ドラゴニュート、
「ああ、オーナー!」
「マドランナさん!」
この色欲の楽園の主である。
透き通るように白い肌をキャンパスにするよう、ドギつめピンクのヒダリメカクレロング。100cmをゆうに越える巨乳を谷間半分晒して、腹部、菱形に切り抜いた衣裳から、臍すらも奈落の淫蕩が如く妖しく晒し、脚部のスリットからは、みちみちっと音踊りそうなほどに、太いふとももを見せつける、
そんな
「もう一度聞くけど」
その声、その笑み、その所作は、
「貴方は、どなた?」
果てしなく上品、
マドランナは声をかけた剣士の鼻を、人差し指でつんっと押した。
剣士は、暴力的な程の色気に
「い、いや、誰ってヨゥですヨー、店長ともお馴染みじゃない」
「そうね、ヨゥさんは私達のとっても大切な常連――だけど」
右目細めて、鼻からなぞるように、人差し指をつむじまでもっていって、そして、
――ガシッ!
「ふんぎゃあ!?」
「貴方は違う」
頭を鷲掴み――彼女の白魚のような指が鱗をもち、黒く太い竜の爪へかわる。苦痛の声をあげる剣士を持ち上げれば、彼女は目を細めながら、顔を近づけて、
「――熱い口付けをあげる」
そう言えば口を開き、
――蒼い炎をけたたましく吐いた
「あっぢいいいい!?」
クラマフランマの炎よりも高温――っぽく感じる炎に焼かれながら、叫び黒焦げになっていく剣士、こんがりウェルダンになった彼を持ち上げて、彼女は、
「オーナー権限、
コマンドと供にそう言って手を離す。すると黒焦げになった剣士は、そのまま落ちずに浮かんだままに、店の入り口へと宙を滑るようすっ飛んでいき――既に従業員によって開けられていた二つの扉を潜り抜け、あっという間に出禁になった。
邪魔者が排除された途端、
「キャー! マドランナ様ぁ!」
「流石元Sランク冒険者!」
「堕ちて尚麗しき英雄竜!」
彼女を称えるキャストとゲストの声であるが、最後の声を放ったゲストに、彼女は胸を揺らしながら、微笑みと供に語りかける。
「私は、堕ちてなんかいないわ」
そして、高らかに宣言する。
「――どこまでも
その言葉に、
「うおおおおお!」
「アゲー!」
「私も
店内の人々は沸騰し、ジャズは陽気なナンバーをかけはじめた。
上品にして下品、高貴にして下劣、その店主の活躍に皆が笑顔を浮かべる中で、
「オー、オーナーごめんなさい!」
緑髪サキュバスが、謝罪の為にやってきた。
「ステータスチェックはしたんですけど、見抜けなくて!」
「リンナに落ち度は無いわよ? 詐称の為の遺法ツールを使ったか、あるいは」
マドランナは、くすりと微笑みながら、
「――運営さんの差し金かしらね」
そう言った後彼女は――軽く地面を蹴ると、そのまま舞台へ降り立った。
「お騒がせしたサービス」
彼女は背中を向けて、自分の体を腕で巻き、翼と尾を揺らしながら首だけ振り返り、
「踊るわ」
そう言って、彼女は全身全霊で、官能的に身を揺らす。
――蒼い炎を纏った舞は
店中の者達のハートを、どこまでも情熱的に、燃やし上げていった。
◇
さて、店の外。
追加でウェアウルフとダークエルフにボコボコにやられた
「ああもう、ここまでしなくていいじゃんかよぉ!」
そう言った次の瞬間、彼は、
「――マジ病む、ありえん、ぴえん」
死んだような女の子の声を出しながら、そのボロボロの体を、
――一瞬で、少女に変える
……不機嫌そうで、テンション低めの女の子は、懐からくるくるキャンデーを取りだし、ガリィッ! っと囓った。ボォリボォリと咀嚼してから、
「まぁ、予定通り、あとは怪盗に任せるか」
架空の飴の甘さに、少しだけ女は頬を緩めた後、
「変装はあっちも得意だろうしー」
そう言ってから、気怠げに、めんどくさそうに、誰かに連絡を取り始めた。