――グドリーがアカウントを消したのは金曜日の夜
そしてカリガリーからアカウントの消失を聞いて、土日を越えた月曜日、
「おはよう、リク、ウミ」
「あ、ああ、おはよう」
「お、おはよう」
朝の教室にやってきたソラは、親友二人に、おずおずと挨拶を返されていた。
「……もう、二人ともまだ心配してくれてるの?」
「だってさ、なぁ」
「ほうよ、大切な友達やったでしょ?」
「ありがとう、だけど、大丈夫だよ」
「せやけど」
「――大丈夫」
その言葉が、祈りに過ぎない事を、ソラ自身が良く解っている。
(だけど、もしその願いが叶うなら――)
ソラが出来る事は、ただ一つ。
「グドリーさんが帰ってくるまで、僕が
――RMT業者から世界を奪い返す事
「……大きく出たなぁ、お前」
「けど、ほんに大丈夫みたいやね」
ここに来て、ようやく二人も安心したみたいで。
「――それじゃあ、ずっと聞きたかったけどよ」
リクが、机に身を乗り出して、
「スカイゴールドって何!?」
叫んだ。
「ほうよ、動画無くてスクショしか出回ってへんけど、土日のVRMMOもう大騒ぎ!」
「動きが何時もの三倍増しって聞いたぜ! どうやったんだ!?」
「えっと、裏技みたいなもので」
「あとさ、あの金色の仮面、10周年の時の記念アイテムだろ?」
「ソラの活躍で、今凄くレア化しとるんよ!」
「どうやって手に入れたのアレ? 俺も欲しい!」
「あの、ちょっと落ち着いて」
この三日間、”プレイヤーのセンス”とだけでは、説明の付かない怪盗の
曰く、「あんな動き見たことがない!」とか、
曰く、「尻で階段駆け上がったんだけど!?」とか、
曰く、「そこにいたのにいなかった」とか。
そんな会話が”
(おかげで、ログインするのがちょっと怖い)
なので土日はVRMMOをやってない――無論、グドリーが結局アカウントを消した事の、心の整理を付けるのに時間がかかったのが、一番の理由だが。
まぁでも、どうにか立ち直りはした、ので、
「とりあえず、今日一緒にログインしてもらっていい?」
「おお、もちろんだぜ!」
「怪盗スカイゴールド、次は何盗むん?」
「――それはまだ言われてない」
「ん?」
「い、いや、決まってないというか」
三人でわちゃわちゃわっちゃり騒いでいると、
「はーい、皆席着いてー」
クラス担任が笑顔で入って来たので、皆、慌て着席する。そして教師も生徒も全員、こめかみをノックして、デバイスの
黒板の周りに、今日の授業予定などタスクが浮かぶ中で、女教師が発言する。
「早速だけど、
「ご、ごめんなさい」
「頼むわよ、私、あの後、30分もAI教師に指導されたんだから」
教師の冗談めいた言い方に、クラスからは軽い笑い声がして、ソラは深く反省した。
「ケガしたら、私も皆も悲しむんだからね」
そう、落ち着いた声で言った後、担任は、
「それじゃ本当にいきなりだけど――転校生の紹介をするわ!」
そう言ったものだから、全員、ざわついた。
「え、転校生!?」
「この時期に!?」
「私もビックリ、それじゃ入って来て!」
女教師の言葉に、教室の扉がスライドされる。
(――誰だろう)
なんとなし、ARのグラス越しに、視線をただ入り口へ向けていたソラだったが、
「――えっ」
現れた女性に、目を丸くした。
だって余りに、
似ていたから。
銀色のエアリーボブを弾ませながら、
入ってくるのは、その美しさを際立たせるような長身。
切れ長の瞳の色は碧眼――教師の横に立ち、こちらへ向いた彼女。
涼やかに整った顔立ち、美しい肢体と艶やかな膨らみ、
容姿端麗が――クラス中の視線を集める中で、
彼女は、己の名を、
「
“あの声”で告げた。
四つ耳と額の目が無い事を除けば、
「よしなに頼む」
彼女は、シソラを”あの夜の怪盗”にした人に、そっくりだった。
(ええええええ!?)
心の中で叫ぶソラと、
「「「えええええええ!?」」」
声帯奮わせ叫ぶクラスメイト――特に、リクヤは思った事を口走ってしまった。
「え、何、すげー美人!?」
「ちょ、あかんよリク、いきなり見た目のこと言うん!」
「――構わない」
そこでレインは、自分の髪を指で梳いた。
「ハッキリ言って悪目立ちする容姿だ、罵倒で無ければ気にしない」
「く、口調武士っぽ」
「ほわ~……」
口振りは勿論、一挙手一投足、全ての所作に無駄が無く、
この時季外れの転校生は、
「海外で暮らしていた都合で、17歳と皆より二つ年上だが」
最後に、その微笑みを以て、
「――同じ学友として接して欲しい」
「「「わぁぁぁぁぁぁ!」」」
クラス全員のハートを鷲掴みにした。
そんな歓迎ムードの中で、
(レ、レインさんの中の人? なんで、どうして!?)
一人、ソラは混乱して――そんな動揺するソラの心を見抜くように、
二つ耳二つ目二つ眉の一個口である、ただの人間、白銀レインは、
ソラの顔を見て何かに気付くと、
少し、顔を赤らめた。
(え?)
だがその視線はすぐ外れて、レインは、どこに座ればいいかと教師に問う。
そういえば机をまだ用意してなかった事に気付き、慌てる教師、笑う生徒達、そんな中で、
(――あっ)
レインが手に下げてきた、スクールバッグに、
銀色のよみふぃのマスコットキーが揺れてる事に気付き、
ソラは、彼女がレインである事を確信したけど、それでも、
(どうして、僕の所に?)
心の動揺は、けして落ち着く事は無かった。
◇
――時は少し遡り
グドリーのアカウントが消失してから15分後、黒衣の男は、満月を水面に浮かべる湖の前に佇んでいた。
十字架の
月の光さえ無ければ、その暗い表情と共に、闇夜に融けそうな男の背中に、
「ねぇちょっと、やりすぎじゃなーい?」
場にそぐわぬ、
黒衣の男は振り向かなかった。だが気にせず、ダウナー気味で、シックカラーのゴスロリパンクをきめた少女は、冷めた顔のまま言葉を続ける。
「疑わしきは殺すって、いくら
そう言って少女は、手にもった、味を感じられないキャンデーを口に含み、そのままガリィ! っと音をたてて囓り取った。
現実でしたら、歯折れの可能性がある愚行、だが彼女は健康的な白いエナメル質を誇示しながら、ガリゴリと掘削音をたて、飴を噛み潰す。
その不快な音にすらも、一切の揺らぎを見せる事もなく、
「俺は、アイさんのオーダーを実行するだけだ、それに」
黒衣の男は言い返す。
「詐欺師のお前に、言われたくない」
その言葉に少女は、飴をゴクリと嚥下した後、
「あはっ」
世界の全てを侮蔑するような、それでいて、己を底無しに自嘲するような、
物
「詐欺師なのはお兄ちゃんもでしょ? てゆーかー」
こう言った。
「