――それは昔々の話
「リアルの年齢を言うんじゃありません!」
シソラがアリクに誘われて、VRMMOを始めたばかりの中学生時代。
初めてのPVPのあと、ドワーフ酒場での感想戦の途中、シソラが無邪気に零した個人情報に、グドリーは腹を立てていた。
「え、で、でも年齢を言っただけで」
「あ、でもそこから身バレの可能性もあるか」
「身バレがどうとかそうではなく!」
「そうじゃねぇの!?」
「ちゅ、中学生ってだけで、しつこく付きまとう大人がいるから?」
「それもギルティですがそうではなく!」
「違うんですか!?」
このゲームの先輩として、グドリーは、まだ若葉マークがネームの横に表示されているシソラに、
「貴方はこの世界で、怪盗になりたいのでしょう?」
こう言った。
「だったら正体は、ミステリアスな方が面白いじゃないですか」
それは、求められているアドバイスでは無い。
初心者に先達が授けるべきは、この
――だが
「なりたいものがあるから、この
それでも、シソラにとっては、
「それならば、
その言葉と笑顔こそが、
この
「話半分に聞いときなよ
「ソウソウ、
「貴方達ねぇ」
「――あの」
この世界で初めての、
「僕と――我とフレンドになってもらえますか?」
友達が出来た切っ掛けだった。
◇
――PVP終了まで残り三分
天井の穴から、満月の光が差し込む礼拝室にて、
「
グドリーの
「
グリッチを用い、紙一重で躱し続けるシソラ。最初10人居た剣士達は、
「くらえっ!」
「うおぉっ!」
――シソラを挟み撃ちする二人までに減り
そしてその残りも、
「うげっ!?」
「ぎゃあ!?」
一人は顎を蹴られ、もう一人は銃で撃たれる事でHPが尽きた。
10人がかりのフルボッコという卑怯を――裏技という卑怯で返り討ち、
「――残りは、グドリー」
シソラは肩で、息をする。
「お前、だけだよ」
VRにおいて痛みは無い、それでも脳を回し続ける限りは、普通のゲームと同じく疲労感が蓄積する。
だがそれでも残り時間、【特性共有】相手の剣士を失い、ただの飾りになった炎の剣をぶら下げる、グドリーの相手をするには十分。
「――罪には罪をだ」
シソラ、否、怪盗スカイゴールドは、
「
そう告げたのであるならば、
「――見逃してくれませんか」
グドリーは、感情無くそう言った。
「……グドリー」
「子細は言えませんが、お金が必要なんです」
「お前は」
「……解ってください、シソラ君」
「……」
「私だって、本当は」
「グドリー!」
シソラは、大きな声をあげて――淡い光も踏まず、自分の足でグドリーの元へ飛んだ。
そしてその手を、使えなくなったクラマフランマへ伸ばす、
――スティール
しかしその瞬間、
――ボォウ!
剣が煌々と燃え盛った、グドリーは振るえぬはずのその剣を振り上げた、
そして間近に迫ったシソラに、
剣の一閃を繰り出して――
だけど、
グドリーの剣は空を切る。
「なっ」
結果の原因、シソラがファントムステップでグドリーを飛び越えたから。
攻撃が来るのが、解っていたように。
グドリーの背後に、マントを揺らめかせながら、踵鳴らして降り立つシソラ。
互い、背中合わせ。
……振り返らないままグドリーは、話しかける。
「見抜いてましたか」
「ああ」
からくりは単純で、ロボットの中に、まだ剣士が――タダリーが潜んでいる。
長年の付き合いで無くとも、少し考えれば見抜ける策。
――その少しの思考を奪う為の一気呵成も
シソラには、通じなかった。
グドリーの最後の攻撃――無言のまま、シソラへ振り返りながらの刃、
――ガッ! っと
その剣閃が届く前に、シソラはグドリーの腹を、加速付けた足で蹴り上げた。
「――かはっ」
斜め上宙に浮かぶグドリーに、シソラは銃を構えて、放つ。
顔を狙った銃撃を、グドリーは首を動かしそれを間一髪躱したが――放たれたのが銃弾ではなく、ワイヤーフックだと気付いた。フックは、壊れた天井の梁に絡む。
シソラは、足元の、彼にしか見えぬ光に向かって、サッカーボールを蹴るように足を振り、そして、
回りながら、飛んだ。
「――がっ!?」
蹴りの爪先が、グドリーの体を打つ、そして、
――一発だけじゃ終わらない
「がぁぁぁぁぁぁ!?」
グリッチで加速した秒速四発の回し蹴りが、
仮想の衝撃でありながら、グドリーに苦痛の声をあげさせる。
蹴りを叩き込みながら、ワイヤーを巻き取りながら上昇していく二人。
「ぐう、ぐううう!?」
蹴りの連打でHPが削られてく程、グドリーの歪む顔に、
苦しそうに、一度目を閉じたシソラ、
「――ああ」
――だけど
「あああぁっ!」
瞳開き、シソラは吼えた――蹴りの軌道、今宵の月のように
フックを解けば梁を越え、天井の穴すら飛び越えて、
――満月を背景にして
“
「
月が輝く中で、
最後の一撃をくらったグドリーは、
満足そうに、笑った。
――ドガァァァァァァン! っと
「ああ!?」
「グドリーサン!」
剣士達と、カリガリーと、そしてロボットから慌て這い出てきたタダリーは、二人が落ちてきた場所をみつめる。
――砂煙のエフェクトが晴れた時
そこにあったのは、大の字になって倒れているグドリーと、
クラマフランマを手に持った、シソラの姿――
『GAME CLEAR!』
静寂の礼拝室に、空気読まずの明るいAIボイスが流れる――途端、プレイヤー達の蘇生が開始される。
「グ、グドリーサン!」
「グドリー!」
他のプレイヤー達がただ二人を見守る中、ロボットから出てきたカリガリー、タダリーは、慌て駆け寄ろうとした。だが、
「近づかないでください」
――HPはMAXに戻ったのに
寝転がり、月を見たままのグドリーは、それを制す。そして――メニューを開き、メンバーに
「私達は――私は負けました、お疲れ様です」
そして、願った。
「シソラ君と、二人きりにしていただけませんか?」
その言葉に、礼拝室に居る者達はざわつき、顔を見合わせたが、やがてポツポツとテレポートで移動を開始して。
誰も居なくなった場所で、二人きり、
シソラが、言葉に迷う中で、
「――なんですかあの動きは」
グドリーが、切り出した。
感想戦だ。
「……グリッチ、すり抜けバグを使った」
「はぁ? なんですかそれ?」
「前のPVPから出来るようになったんだ、加速もそれを応用して」
「チートじゃなく裏技と言ってましたが、どうやるんですか」
「色々有るけど、さっきだと、レベル差2の剣士同二人の影が重なった時、時間が0時27分28.115秒の瞬間を突いて」
「そんなの解っていてもやれませんよ」
「やれちゃうんだよ、何故か」
「無茶苦茶ですね」
「全くだよ」
グドリー、
シソラもまた、笑みを浮かべる。
「剣士を隠す策は予定通りだったのかな?」
「貴方が早く来すぎたゆえの苦肉の策だ」
「タダリーじゃなくて他の剣士を隠さなかったのは?」
「彼、隠し事が下手で表情豊かですからねぇ」
「ああ確かに、より早く見抜けたかも」
うんぎょっふぅ! なんて
その後も二人の他愛ない話は続いた。
前のPVPで、アリクとアウミが二人で戦う事になったのは、グドリーが残り三人を買収してたからという事。
実装したばかりのレイドボスRTA対決で、お互い強力な攻略法を見つけた結果、即日運営に修正された事。
小悪党を名乗り始めたのは、”魔術師なのに
夏の遺跡攻略イベントで、マフィアチームに閉じ込められた二人が、一時的に手を組んだ事。
グドリーの好物が焼き鯖と知り、焼き鯖の風評被害になるのでは? と、くだらなく盛り上がった事。
今はもういない幼馴染みについて、話した事。
――RMTについては聞かなかった
“聞けなかった”じゃなくて、”聞かなかった”。
そんな思い出話が続いていき、
やがて、
「――もういいでしょう」
区切りをつけたのは、グドリーだった。そして彼は、
――システムから【アイテム譲渡】を選んで
懐から取り出したものを、シソラへ投げつけた。
片手でパシッと受け止めたそれは、
「――これって」
「
輝き放つ、宝石を、
「それで、その寂しい胸元でも飾ってください」
託されたシソラはそれをみつめた後、ぐっと握りしめる。
それを見届けたグドリーは――
「先にログアウトしてください、私は、もう少しだけ、浸りたい」
「……解った、グドリー」
「お疲れ様です」
「グドリー」
シソラは――もしかしたら最後になるかもしれない言葉に、
「おやすみなさい!」
願いをかけて、元気に言った。
そうしてから、音も無く
……壊れた天井の穴から、月を仰ぎながら、グドリーは呟く。
「休みなさい、か」
言葉の意図も、見抜いて。
「――引退じゃなくて、休むだけでいいかもしれませんね」
アカウントを消さないままにして、
「戻ってこれるのが、何年後になるか解らないとしても」
何時かの、
「また、君と」
為に。
――ザンッ!
「――えっ」
……VRでのダメージは、衝撃だけで、痛みは無い。
だがその背後からの一撃は、
――黒衣のコートに身を包む男の
刀による一撃は、
「――な、なんだ」
グドリーのリアルに、死の冷たさと熱さを感じさせて、
そして、彼の体が、
「私が――壊れて――」
0と1に分解されて、
消える。
――パチリ、と
刀が鞘に収められる音が響く。
……グドリーが居ない中、黒いコートに身を包み、背中に長い三つ編みを添わせる男、
システムを開いて、言った。
「
仮想の月が浮かぶこの夜、
グドリーのアカウントは、消失した。