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1-7 世界を盗み返す時

 ――時刻は11時59分

 VRMMOの空模様は、現実世界とリンクしない。そして、PVPを行う場合、どこもかしこもという訳ではないが、戦場の天気や空模様も設定可能である。

 シソラが、予告状経由で指定した条件は、満月輝く夜だった。

 昼間に比べればマシであるが、それでもこの明るさは、侵入者にとっては都合の悪い。


「なぜわざわざ不利な条件を?」

「決まってるだろ?」


 グドリーの屋敷を、小高い丘から見下ろしながら、マスコット姿のレインに答える。


「怪盗に、月は良く似合う」


 その返しに、胴長猫は穏やかに笑った。


「随分とクラシカルだな」

「幼馴染みが、そういうのが好きだったからね」

「それが君のオリジンか」

「――そんな大袈裟なものじゃない、ただ」


 時が経つにつれ思い出は、真実とかけ離れていく。

 けれど確かにそこにあったと、胸を張って言える。

 ――だからこそ


「怪盗は、あいつがくれた夢だ」


 あの日の淡い輝きを放ちながら怪盗は、

 ――テレポート移動

 座標を指定し、この場所から消える。







 ――グドリーの屋敷

 その入り口前にある、噴水や花壇煌びやかな広い庭には、グドリーのゲームマネーで雇われた、様々なジョブのプレイヤーが溢れていた。


「あの小悪党グドリーと怪盗シソラのPVP!」

「タダでも参加するよこんなの!」


 そう、二人の事を知ってる者もいれば、


「小悪党? 怪盗? なんじゃそりゃ」

「面白い遊び方してるんですね~」


 お金をもらえるから参加しただけの者もいて――グドリー側100人の内、その半分近くが庭に結集していた。


「でも流石に今回はシソラ氏はダメっしょ」

「100vs1って無理ゲー過ぎるんよ」

「怪盗殿の勝ち筋は、潜入する事でござろうが」

「屋根裏とか地下通路とかバッチリ固めてるもんな」


 そんな風、皆が決戦前、

 ――時刻が12時になった瞬間


『聞こえますか』


 グドリーサイドのメンバーに、PTチャットで小悪党の声が響いた。


『現れました』

「お、どこっすか?」

「屋敷の裏手とか~?」

『――上です』

「え?」


 グドリーの言葉のあと、庭の者達は空を見上げた。

 そこには、


『予想しなかった訳じゃないですが、それでもだ』


 ――満月を背負いながら


『どこまでも人をバカにする』


 満座の中心に、

 マントはためかせながら着地した。




 マスクが放つ淡い金色のエフェクト、

 それが今、白いスーツとマントまでも包んでいる。

 盗人ぬすびとでありながらこれみよがしに目立つ輝き、

 周囲の注目をこれでもかと集めながら、

 朗々と、響かせる。


「――我が名は怪盗スカイゴールド」


 RMTとは――この世界ゲームの宝物を、現実リアルへと盗む卑劣な所業。

 ゆえに、彼は意志高らかに、

 笑みと供に言い放つ。


「罪には罪を! 世界奪還の時来たり!」




「え、スカイゴールド!?」

「本当だ名前ユーザーネームがシソラじゃねぇ!?」

「ていうかほんのり金ぴかー!?」


 PVPが開始されて、いくらかが、その奇抜な登場と奇異な格好に戸惑うが、

 ――歴戦のプレイヤー達は武器を手に一気に飛びかかる

 ガキィィィィィ! と響く硬質音、

 しかし、


「え!?」

「はぁ!? どこ行った!?」


 ただ剣や槍がぶつかっただけで、シソラの姿はどこにも無い。


「テレポートはPVP始まったら無効――」

「おい、上ぇ!?」


 声があがる、その声に従い皆が見上げれば、

 ――再び月を背にしたまま

 バレリーナのように空で体を踊らせる怪盗が居た。


「なんだあのジャンプ力!?」


 下の者達が騒ぐ中で、シソラはその瞳で地面を捉える。


(――地面が光で点滅している)


 すり抜けグリッチのトリガーは様々、特別な操作、特定の時間、そして、

 ――キャラクターの配置


(アーチャーとガンナー)


 宙を舞っていたシソラは、その2キャラ間の光が最高潮に達したタイミングで、


(ここだ!)


 光に、踵を突っ込みながら着地した。

 ――そして、光が消えたならば

 シソラの体が、疾風の如く飛ぶ!


「な、なんだこの速さ!?」

「有り得ない!?」


 人々の間をすり抜ける怪盗に、周囲は戸惑いの声をあげる。

 ――物理エンジン採用のアクションゲームに良く見られる挙動


(|物体《オブジェクト》に挟まれたプレイヤーは、ロケットのように飛び出す!)


 時と位置の複合要素で、現れては消える”すり抜けグリッチ”に片足を突っ込み、角度を調整し意思の侭に舞う、


「やべ、早く止めろ!」

「屋敷まで行かせるなぁ!?」


 そんな彼等の願い虚しく、怪盗は50人をも相手にして、影すら捉えられる事なく本丸へ近づく――


ファントムステップ怪盗舞踏!」


 シソラは広大な庭をあっという間に駆け抜け、今日の昼、グドリー達が潜り抜けていった扉の前まで辿り着く、だが、


「ここは通さぬぞぉ!」


 一人陣取っていたサモナーが、全長3メートルの岩石ゴーレムを召喚した。


「うおお! いいぞ!」

「やっちまえ!」


 ――だがしかし、次の瞬間

 シソラはその場にマントだけを残して、消えて、


「――へっ」


 っと皆が言った瞬間、ゴーレムは光の粒子になって消え去っていき、

 扉の前では、悠然と立つシソラと、その足元には何が起こったか解らないままKILLされたサモナーが転がっていた。


「ええ!? うっそぉ!?」

「サモナーの防御力確かに紙だけど、ゴーレムどうやってスルーした!?」

「股の間潜り抜けた!?」


 否、実際はそうでは無く、


(|召《よ》び出されたのが|岩の固まり《オブジェクト》で助かった)


 おおっぴらにすり抜けバグを披露する訳にもいかないので、マントを使って目眩まし、その上でグリッチを使っただけである。

 シソラは、マントに銃を向けて引き金を引いた――放たれたのはフック付のワイヤー、マントを引っかけると、巻き尺みたくワイヤーごとマントを回収し、それを肩に下げながら、扉の鍵穴へと手を伸ばす。


「やば、シーフの解錠スキル!?」

「開けさせるな!」


 本来なら、どれだけ熟練度があっても、開くのに5秒はかかる扉、しかし、

 ――淡い光を放つタイミングで

 シソラは、ドアノブの中そのものに手を突っ込んだ。


「――マスターキーハンド全てに通ず


 ――カチャリと


「えっ」


 内部から弄られた鍵はあっさりと解けて、扉は開かれ、そして、

 バタン! と閉じられ、

 ガチャリ! と鍵が閉められた。


「「「ああああああ!?」」」


 余りの事態に、声があがる。扉に殺到するプレイヤー達。


「いや、最短ルート固めて、遠回りさせる計画が!?」

「シーフ、早く開けてください!」

「そ、それが全然、まるで”中身が弄られてる”みたいでぇ!」

「何をしたんだよあの怪盗!?」


 扉の向こうから聞こえる声に微笑みながら、


「う、撃てぇ!」


 ガンナーやアーチャーにウィザードからの遠距離一斉射撃をしゃがんでかわせば、


バックワーズロングジャンプ全力で時短に後ろ向き!」


 高笑いと共に、座ったままで後ろ向きに床を飛び滑る!


「ええ、何その動き!?」

「ケツワープ!?」


 広いホールを突っ切って、中央の階段を駆け上がって、最後の段でバク転してから着地してから、二階の廊下を身を屈めて走り出す。

 その中で――ピンポイントで、敵グループの要を射撃して、重要な戦力を削いでいきつつ、

 シソラは、お宝の場所を目指す。

 ――屋敷中央にある礼拝室へ







 ――15分後


「ギャア!?」


 ファントムステップで加速を付けた廻し蹴りで、礼拝室前のナイトを倒したシソラは、その荘厳な扉を両手で開いた。

 部屋に入り、後ろ手で閉じると同時――マスターハンドキーで簡単に開けられぬよう細工する。

 作業を続ける彼の目の前には、3階吹き抜けの高い天井、この世界の愛の女神を祀る、座席無しの礼拝室の中央で、


「たった15分でここまで来ましたか」


 心底嫌そうに顔を歪める、クラマフランマを左手に下げた、グドリーの姿があった。


「時間切れは高望みだとしても、せめて5分は切っておきたかったのですが」

「一直線に来れば、5分もかからず来れたんだけどさ」


 細工が終わり、ドアノブから手を抜いた。


「邪魔者は排除しておかないと、グドリーと二人で遊べないだろ?」

「ふんっ、監視カメラで見ましたが、なんですかあの動き?」

「ちょっとした裏技だよ」

「チートか何か?」

「ある意味それより卑怯かもな」


 トントンと、爪先で床を叩く。礼拝堂の床には、淡い光がちらほらと見える。


「軽蔑する?」

「あなたも最善を尽くしたやれることならなんでもやっただけでしょう、ならば」


 そこでグドリーは――右手をあげた。


「私も同じようにやるだけです!」


 ――次の瞬間


「ウワァァァァァァ!」


 頭上から聞こえた声に、顔をあげれば、

 ――天井が砕け穴が開き、そして


「オ、オーバーウェイトボムゥゥッ重量超過爆撃!!!」


 全長5メートルのロボット兵が、自重と共に落ちてくる!


(自爆技か!)


 まともに操作なぞ出来ない重量のロボット、単純にそれを上から落とす物理攻撃、虚を突かれたシソラはそれでも、ファントムステップでグドリーへ飛ぶ、しかし、


「ツブレロォォォォォ!」


 カリガリーの操縦する巨大な手が、シソラを叩きつぶそうとした、が、

 ――シソラは掌にグリッチで足をめりこませ

 そして、射出する! 後ろでフギャア! っと倒れHP0になるカリガリーを後ろにし、グドリーに迫ったシソラは、


「スティール!」


 そのスキルで、クラマフランマを盗もうとした。




 グドリーがその剣を振り上げる、


「えっ」


 戸惑うシソラへそのままに、

 ――一閃

 炎の斬撃を食らわせた。




「ぐあぁっ!?」


 痛みなくとも衝撃を受け、HPを半分以上削られながら、横壁まで吹き飛ばされるシソラ。


「バカ……な」


 呻きながらも、身を起こす。

 HPが減らされれば、動きが鈍くなるルール、シソラはなんとか体を起こし、


「ウィザードが何故」


 そう呟く――シーフと同じく、ウィザードは剣を装備出来ない、

 だが、


「――あっ」

「今、気付きましたか」


 例外抜け道は存在する――グドリーが懐から取り出したのは、黄金の輝きを放つ宝石。


インペリアルトパーズ皇帝の友愛、ポイント交換対象の装備」


 今日の昼休み、アリク達と話していたアイテム。


「その効果は【特性共有】」

「近くにいる仲間一人のジョブの、特性の一つを使えるようになる」

「ええ、それゆえに! これからの残り15分は!」


 ――落ちてきたカリガリーの巨大ロボット

 そのパーツのあらゆる部分が開き、そこから剣士達が飛び出してきた。


「貴方が剣士を皆殺すか! 私達が貴方を削り殺すかだ!」


 グドリーは呪文を唱え――ロボットから出でた剣士達、精鋭十人にバフをかける、


「やりなさい!」


 落ちた衝撃で削られたHPを回復した剣士達は、一斉に手負いのシソラへ向かって行く、

 ――剣装備

 【特性共有】をしてるのは一人だけでも、全員倒さねば迂闊にグドリーに近づけない。


「……本当に」


 ――そんな危機を前にして


「本当に、本当に!」


 シソラは、


「本当にお前は、楽しいなぁ!」


 笑った。

 心の底から、嬉しそうに。


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