――学校の二階の窓から見える風景
光浴びて煌めく琵琶湖、その傍に建てられた民泊施設――自分の家の屋根が見える。
その手前に林があってそれが暫く続いた後、道が通って、校門、グラウンドと、
「昨日のシソラ、じゃなかった、ソラかっこよかったな!」
昼休み、アリクの中の人、
「おおきによう、また助けられたね」
「う、うん」
「リアルではこんなんなのにな」
「うっ」
「ねぇ、ほんま今日もかわいいねぇ」
「そ、それは言わないでよ」
「撫でるか」
「撫でよっ」
「やめてっ」
そう言葉では拒否しつつも、二人がわしゃわしゃしてきても、楽しそうに笑顔で受け入れる。身長152cmで女子平均より低く、声も中性的で、なぜか無駄毛も生えてこない。ゲームの姿と大違い。
そんなソラと違って、リクヤもウミも、ゲーム内のイメージに近い。もちろん、髪の色は黒であるし、奇抜な衣裳でなくブレザーの制服であるが。
「今日はお前が弁当作ってきたの?」
「うん、誕生日の翌朝くらい、母さんにゆっくり寝てほしくて」
「おいしそ~、せや、お弁当と二人の写真撮らせてもらっていい?」
「いいけどちゃんとフィルターかけてくれよ?」
「うんっ」
ウミ、自分のこめかみを中指二回人差し指一回叩く、左耳のデバイスが起動、ARで写真を撮影すると、ソラがシソラにリクがアリクに、背景が学校じゃなく外になって、弁当だけがリアルに浮き上がった写真が出来上がり、共有された。
「エクッターに投稿、よしノルマ完了」
「事務所に言われてるんだっけ、Vtuberも大変だね」
「大変やけど楽しいよ、みんな喜んでくれるし」
「湖北系Vtuber
「リクもやらへん?」
「いいよ俺は」
「炎上系Vtuberとか」
「いいってば! てかダメだろその名前!」
――友達とのそんなくだらないやりとりが
今のソラにとっては救いだった。
(神の悪徒計画って言われたけど、なんか怖いし)
いくら世話になってるゲームの運営の願いとて、とても引き受けられそうにない。
……だけど、
(――
どうにもシソラ――自分には、すり抜けのグリッチを瞬時に見抜き、利用する力があるらしい。
ゲームのパロメーターではなく、リアルのセンスで。
(テープPCが一般的になってから生まれてきた子は、PCやVRの馴れが早い)
まるで
(僕の力は、それの超進化版かもってレインさんが言ってたけど)
どちらにしろ、
(RMT業者をこらしめるなんて――出来る訳無いよ)
リアルな自分は弱々なんだしと、む~んと悩んでいると、
「ん、どうした?」
「なんや悩み?」
「え、いやえっと――」
「あああれか! 次何の装備をポイント交換するかか!」
「へ?」
「
会話が、予想外の方向へ飛んでいった、でも、
――それがとても有り難く
シソラはデバイスを起動し、ポイント交換の武器一覧を表示、三人で共有する。
「だったら、【支援拡大】、【特性共有】、あとは【索敵探知】とかかな」
「クラマフランマよりは必要ポイント低いんね」
「俺、【瞬間火力】付きの装備が欲しい!」
「クラマフランマがそれだよ」
「マジで!?」
「調べときよリク」
悩みもすぐ笑顔に変えてくれる素敵な友達、
(そうだ、僕は楽しくゲームをプレイできればそれでいい)
レインには悪いが、世界を救うなんて荷が重すぎる。
(――断ろう)
そう思ったその時、
――ピリリピリリ、と
三人同時に、デバイスから骨伝導で着信音が鳴る。
「アイズフォーアイズ経由やね」
「発信者はカリガリー」
「どうしたんだろ」
スマホの時代は終わり、ARVRデバイスが一般的になり、授業中でも授業外でも、それを使う事が当たり前の2089年。
鎧ロボットにおさまったメカニックガールの顔思い出しながら、三人は一斉に着信すれば、
『ゴッメンナサーイ!』
骨に例の甲高い声が響いた。
「カリガリーさん」
「どないしたん?」
「俺達今学校なんだけど~」
リクがめんどくさそうに呟いた、だが、
『グドリーサンガ、
――その言葉に
ソラの背筋が凍り付く。
「えー、引退嘘パターンかよ!」
「もぉ、悪役
リクとウミはあくまでそれが――ゲームの中での犯罪だと思ってる。
ソラも、そう信じたかった、だが、
『
「――え?」
「RMTスルッテイウンデスヨ、グドリーサン!」
「ええええっ!?」
二人が驚いたその瞬間、
「あ、ソラ!?」
「ちょっとそっち!」
ソラは、通信をオフにして駆け出す、その方向は、
「窓やよぉ!」
他のクラスメイトの視線も気にせず、彼は二階の窓を乗り越えた。そして、
壁に並ぶ排水パイプを握り、一階の窓枠の上に足をかけ、そこから壁を蹴って、グラウンドに回転しながら着地する。
そしてそのまま、クラスメイトの視線を背中に受けながら校庭を突っ切り、校門を抜け、そして林へ突入した。
「……ひっさびさ見たな、パルクール」
「毎日あの林の中、近道して来てるだけあるねぇ」
――そう、リクとウミが話す頃には
ソラは、必死で林中を駆けていた。小石を蹴飛ばし、枝葉を払い、岩を駆け上がり、倒木を飛び越えて、
ゲーム中リアルが無防備になるVRMMO、ソラは、自宅の部屋でしか出来ないよう設定している。
だから、急いだ。
◇
――10分後
VR世界に降り立ったシソラは、巨大な屋敷の前にいた。彼のクランが所有する洋風建築。
噴水が陽光に煌めく庭を抜ければ、館の巨大な扉の前で、昨日戦ったカリガリー以外のパーティメンバーと一緒に、
「グドリー!」
彼の、後ろ姿があった。
呼びかけられたグリドーは振り返る。
燃えさかる炎の剣と供に。
「おや、シソラ君、学校はどうしたんですか?」
「RMTって、聞いたぞ」
「ああ、カリガリーがバラしたのですか、全く困ったものです、ねぇ皆?」
パーティーメンバーを見回すグドリー、周囲は、みな暗い面持ちをしている。
シソラとてその表情は、何時もの余裕が全く無くて、
「RMTがBAN対象なのは知ってるだろ」
「引退する私には関係ありませんね」
「運営に迷惑がかかる」
「知ったこっちゃありません」
「――ゲームの中だったら、どれだけ悪い事をしてもいい」
シソラは、叫ぶ。
「だけどリアルで悪い事しちゃダメだよ!」
いつものかっこいい自分も忘れて、
――だけど
「うっせぇな金が要るんだよ!」
「っ!」
グドリーも、ゲームの自分を忘れたような口調で返してきた。
思わず後退るシソラに、彼は叫ぶ。
「このアイテム、リアルなら50万すんだぞ! いや、俺ならもっと値を釣り上げられる!」
「そんなことしちゃ、ダメだ」
「うるせぇ、これはもう俺のもんだ」
「お前のじゃなくて、パーティーの物だ!」
「全員納得してんだよ、ごちゃごちゃぬかすな!」
「――グドリー」
大人の本気の圧でまくしたてられて、シソラは、何も言えなくなった。
沈痛な面持ちになるシソラに、グドリーはにこりと笑う。
「とはいえ、私を止めようとする君の気持ちに応えなくては」
「え」
「怪盗なら、私からこれを奪ったらどうですか」
「――PVP」
一瞬、シソラの顔が明るくなった、だが、
「100vs1なら引き受けますよ」
すぐにその色は消えた。
「それは――」
「私が今まで貯めたゲーム内の資産を使えば、それだけのプレイヤーは雇えますからねぇ」
グドリー、扉を開く。
「貴方を倒せば、この世界に心残りは無くなる」
扉の向こうへ、PTメン達と一緒に向かう。
「それがどんなに卑怯な手でも」
そう言葉を残した後、扉は閉じられた。
――一人残されたシソラは
手をぎゅっと、噛むように握りしめる事しか出来なかった。