銃弾放たれた瓦礫に皹があって、その物陰にはニンジャが冷や汗をかいていて。
「あれ、あいつ序盤に倒したよな!?」
「死んだふりしてたん!?」
アリクとアウミが驚く中、シソラはくつくつと笑顔の侭に、
「こっちの会話で注意を引きつけて、死んだはずの三人目が、アリクに不意打ちをかけるつもりだったのかな?」
「――全く、相変わらず簡単に見抜いてくれますねぇ」
ニンジャ、バレちゃしょうがねぇ! という勢いで、アリクに向かって手裏剣を投げながらヤケクソ向かってきた。
アリク、手裏剣を盾に受け止めながら、小刀片手に突っ込んでくる相手に、牽制するように剣を振るう。
――体力を温存してたニンジャVS体力ギリギリの剣士の戦い
それを背後にして、シソラは無防備に屈伸をした。
「見抜くというより勘だよ、空から倒れてるニンジャを見た時、なんか嫌な予感がしたから」
「嫌な予感で策潰し、全く、どこまでも私をバカにして」
「バカにしてない、尊敬するよグドリー、勝つ為に
儀式的なストレッチを終えた後、シソラは笑い、
「本当に、卑怯で楽しいなぁ!」
銃という遠距離攻撃武器を片手に、そのまま、王冠を被る重装兵へと突っ込む。
「私はちぃっとも楽しくなぁい!」
言葉とは裏腹に、グドリーも笑いながら一歩下がる、
「カリガリー!」
そう、重装兵の名を読んで、
「オモリーが、アリク君から王冠を奪るまで持ちこたえなさい!」
オモリー――ニンジャが、体力ズタボロのアリク相手に、"倒す"か"奪う"の角飛車取りの攻勢を強める中で、グドリーは、カリガリーと呼んだ重装兵に筋力アップのバフ魔法をかけた。
キュピーン、っと、そんなオノマトペが伴うように、兜の奥で赤く目を光らせた巨躯は、でっかいハンマー振り上げて、シソラに向かって振り落とす!
「おおっと」
だが、彼はそれを紙一重でかわす。マントの端が、ハンマーの柄をからかうように撫でる。
そのまま何度も繰り出される重撃を、笑顔のままにかわし続けるシソラ。
「あ、相変わらずなんだよあいつ!」
「あの身のこなし、人間業じゃねぇ!」
着地狩りに失敗したファイターと、アリク達に倒されていたサモナーが、高速で振り下ろされるハンマーを、汗一つかかずかわし続けるシソラの様子に、ひたすらに驚愕の声あげて。
――シソラのジョブはシーフ
固有スキルの一つであるスティールは、武器を盗み、アイテムを盗み、そして、勝利条件として設定された
このVRMMOでのステータスは、ゲーム内でのパロメーターと、現実の体力、というよりかはセンスがフィードバックされる。今のように飛んで跳ねて宙返りしてと縦横無尽な動きをするが、現実のシソラは部屋でぼうっと、体に貼り付けられたテープPCを幾何学模様に発光させながら、突っ立っている。
――家庭用
脳波と機器の相互干渉を可能にした2089年の科学力は、現実では自称サウナが趣味なだけのただの人間を、
「シャルウィダンス!」
蝶舞蜂刺を具現化するシーフ、否、
"怪盗シソラ"へと変えてみせる――鎧纏った巨躯相手、攻撃躱すその間、零距離で銃弾を撃ち続け、カリガリーの体力を削りながら、頭上の王冠を奪わんとするシソラ。彼の激しい連撃に、
――重装兵はたまらず吼える
「モーーイヤーーーッ!」
見た目そぐわぬキャッピリ声で。
「グドリーサンドウシマショシソラハヤイコワイオッカナイムリィ!」
「嘆く暇無し、一発でも多く攻撃しなさい!」
本来、重装兵という動きが重いジョブ相手に、身軽さ全振りのシーフはメタを張っている。しかしその差は今、グドリーのバフによって縮まっているはずのだ。だのにどこまでも加速する"一撃達"を、真白の怪盗はかわし続ける。
「相変わらずすっげぇなあいつ!」
その奮戦に、思わず目をやるアリクだったが、
「ちょ、アリク! 前ぇ!」
「え、わぁ!?」
シソラへよそ見した隙を狙って、ニンジャがアリクに一気に距離を詰め――そのまま馬乗り押し倒した。
「アリク!?」
――仲間の危機に反応して
シソラが視線を後ろへやった時、
「イ、イマデスゥ!」
「解った!」
相手の余所見はこちらの好機、ハンマーを振り上げたカリガリーに、サイドの位置にいたグドリーが魔法をかけた。
――筋力バフマックスがけの重撃
「
光輝いたハンマーが、シソラに一直線に、振り落とされる!
――ズガァァァァァァッ!
「うお!?」
「シソラぁ!?」
アリクは勿論、彼と戦っていたニンジャすら、視線を向けざるを得ない程の衝撃。もうもうと砂煙が立つ中で、ハンマーと大地の間に、シソラのマントが踊っている。
だが、
「アレーーー!?」
マントだけで体は無い――それを脱いだシソラは、自分を圧殺しかけたハンマーの面の上に屈み座っていた。
「演技か!?」
"仲間のピンチに視線をそらす"なんて振りをして、カリガリーに大振りの一撃を繰り出させた。
ニヤリと笑ったシソラは、その足を伸ばして思いっきりジャンプした。
ハンマーという踏み台を利用して、2メートルの巨躯の頭上を越えた彼は、
「スティール!」
スキルを発動し、その右手を斜め下へと、王冠へと一身に伸ばす。その時、
王冠と、伸ばした手のその間に、
――瓦礫が遮った
(――何)
その
卑怯、と賞賛されるほど、勝つ為の策を練り上げるグドリーがとった行動は、足元の瓦礫を投げるという、余りにも反射的。だが戦争の歴史において投石は、矢よりも多く、相手を遠くから潰し殺してきた物、やみくもに投げたそれは、シソラの頭や腕にこそあたらなかったが、王冠奪取を防ぐ盾になっている。
――卑怯者の悪足掻きが、シソラの勝利を遮ろうとする
スティールは一瞬のスキル、
(――まずい)
千載一遇のこの好機に、王冠を盗めなければ、押し倒されたアリクはオモリーに押し切られる。
だけどここから無理矢理腕や体をねじっても、瓦礫は避けられず、けして王冠には手が届かない。
――我達の負けだ
そう、思った、
時だった。
目の前を塞ぐ瓦礫の真ん中に、
淡い金色の光が見えた。
(――なんだ)
シソラは最初、戸惑いを覚えたけれど、
何故か懐かしさ覚えたその光に、
――導かれるように手を伸ばせば
その手は瓦礫を、
すり抜けた。
――王冠に触れるシソラの右手
「え」
「くっ!」
「アーーー!?」
シソラは呆然と、グドリーはくやしそうに、そしてカリガリーは悲鳴をあげて。
王冠を握ったシソラは、そのままカリガリーの頭を飛び越えて、彼の後ろに着地する。
傍から見れば、乾坤一擲グドリーが投げた瓦礫が、惜しい所で当たらないまま向こうへ飛んでいって、結局シソラが、王冠を奪ったという結果だ。
ゆえにこの
『GAME CLEAR!』
AIで作られたナレーション音声が祝福する、シソラ達の勝利だった。
「ぎゃああああ!」
「負けたああああ!」
「シソラこのやろぉ!」
相手側の悲鳴に続いて、
「よっしゃあ!」
「やった~!」
アリクとアウミの喜ぶ声が響いた。次に、倒れていたプレイヤー達の蘇生処理が始まる。アリクはくやしがって天を仰いでるニンジャに、「すまねぇ、どいて!」と言って――ニンジャに横へのいてもらった後、ひょいっと跳ね起きて、同時に立ち上がったアウミと供にシソラの元へ――頭を抱えてシンジラレナーイするカリガリーの横を通り抜け――走っていって、
そのまま、二人して彼に抱きついた。
「サンキューシソラ、いや、怪盗シソラ!」
「えらいおおきによぉ!」
「あ、ああ」
喜びの場面であるが、シソラの顔は冴えない。
――王冠を取った時
瓦礫を手が、すり抜けた。
物資の一部が光り輝き、そこに手を伸ばせば透過する。
そんなスキルはシーフどころか、他のジョブでも聞いた事が無い。
(まぁ――普通に考えたら我の錯覚だよな)
そもそもに、高速で飛ぶ瓦礫が、ピンポイントで突き出された手に当たろうとするのが低確率。あの金色の光も、瓦礫が太陽に反射しただけと考えるのが妥当。
きっとそうだ――気にしてもしょうがない、そう思ったシソラは、
「ああ、我達の勝利だ!」
そう言って二人に笑う。暫し三人で喜びを分かち合った後、抱きしめるのを止めたアリク。
「シソラ、王冠パスパス!」
シソラは乞われるままにアリクへ王冠を手渡した――するとアリクはそれを空に掲げて、
「ポイントに変換して、累計1200ポイントを伝説の武器
そう唱えれば――王冠は眩い光を放った後、
――刀身に炎を宿す豪奢な剣へと変貌した
「よっしゃあ! 炎の剣ゲット、やっべ、かっこいい!」
「これで
「ああ!」
ゲームにおいて武器というのは、ただ強くなる為でなく、イベントの為の
ゆえにこの勝利は、どうしてもアリクが、"皆ともっと遊ぶ為"に成し遂げたいもの。
「全く、我がさっきも言ったが、最初から我を呼べば良かったんだぞ」
「いやいや、俺もさっきも言ったけど、本当に急に残り三人が来れなくなったんだよ」
「PVPもそない簡単に延期できひんし」
「まぁ確かに、グドリーには感謝しなきゃいけないよな」
「――感謝?」
三人が話していると、そこには、
「卑怯者の私に、感謝ですか?」
背後にカリガリーを初めとした、パーティーを控えさせたグドリーが立っていた。
「どう考えても善人だろ? 仲間を集め切れてない、相手の勝負を受けてくれたんだから」
「5vs2という、こちらが絶対有利の条件を突きつけたのは私ですよ」
「乱入OKってルールを入れといて良く言うよ」
「どちらにしろ、私が卑怯なのは変わらない」
「だとしても」
シソラは、笑う。
「我は、グドリーの卑怯が大好きだ」
――それは偽りのないシソラの本音
ゲームの中、悪役めいたロールを徹底する彼の相手をするのは、常に胸が躍る。
"小悪党グドリー"との戦いは、このVRMMOでのシソラの楽しみの一つだった。
「でも今日は紙一重だった、アリクのミスを咄嗟に利用出来てなければ我達の負けだった」
「ほうよ、アリクのあのよそ見、戦犯もんやもん」
「すんまへん……」
ヘコんだ事を象徴するよう、アリクのしんなりした赤髪に、ああ落ち込まんといてー、と、アウミ気遣いながら、髪を持ち上げるような動作をする。
それに肩をすくめた後、グドリーへ視線を戻すソラ。
「またPVPで遊びたいな、ポイント戦は来月までできないけど、フリーなら出来るだろ」
「――いえ、それは適いません」
「え?」
そこでグドリーは、メガネのブリッジを中指で押し上げて、
寂しそうに笑った。
「このゲームを、引退するんです」