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1-2 さても輝くWhite Gold

 銃弾放たれた瓦礫に皹があって、その物陰にはニンジャが冷や汗をかいていて。


「あれ、あいつ序盤に倒したよな!?」

「死んだふりしてたん!?」


 アリクとアウミが驚く中、シソラはくつくつと笑顔の侭に、


「こっちの会話で注意を引きつけて、死んだはずの三人目が、アリクに不意打ちをかけるつもりだったのかな?」

「――全く、相変わらず簡単に見抜いてくれますねぇ」


 ニンジャ、バレちゃしょうがねぇ! という勢いで、アリクに向かって手裏剣を投げながらヤケクソ向かってきた。

 アリク、手裏剣を盾に受け止めながら、小刀片手に突っ込んでくる相手に、牽制するように剣を振るう。

 ――体力を温存してたニンジャVS体力ギリギリの剣士の戦い

 それを背後にして、シソラは無防備に屈伸をした。


「見抜くというより勘だよ、空から倒れてるニンジャを見た時、なんか嫌な予感がしたから」

「嫌な予感で策潰し、全く、どこまでも私をバカにして」

「バカにしてない、尊敬するよグドリー、勝つ為に最善を尽くすなんでもやるその姿勢」


 儀式的なストレッチを終えた後、シソラは笑い、


「本当に、卑怯で楽しいなぁ!」


 銃という遠距離攻撃武器を片手に、そのまま、王冠を被る重装兵へと突っ込む。


「私はちぃっとも楽しくなぁい!」


 言葉とは裏腹に、グドリーも笑いながら一歩下がる、


「カリガリー!」


 そう、重装兵の名を読んで、


「オモリーが、アリク君から王冠を奪るまで持ちこたえなさい!」


 オモリー――ニンジャが、体力ズタボロのアリク相手に、"倒す"か"奪う"の角飛車取りの攻勢を強める中で、グドリーは、カリガリーと呼んだ重装兵に筋力アップのバフ魔法をかけた。

 キュピーン、っと、そんなオノマトペが伴うように、兜の奥で赤く目を光らせた巨躯は、でっかいハンマー振り上げて、シソラに向かって振り落とす!


「おおっと」


 だが、彼はそれを紙一重でかわす。マントの端が、ハンマーの柄をからかうように撫でる。

 そのまま何度も繰り出される重撃を、笑顔のままにかわし続けるシソラ。


「あ、相変わらずなんだよあいつ!」

「あの身のこなし、人間業じゃねぇ!」


 着地狩りに失敗したファイターと、アリク達に倒されていたサモナーが、高速で振り下ろされるハンマーを、汗一つかかずかわし続けるシソラの様子に、ひたすらに驚愕の声あげて。

 ――シソラのジョブはシーフ

 固有スキルの一つであるスティールは、武器を盗み、アイテムを盗み、そして、勝利条件として設定された"ターゲッティングアイテム"このPVPでは王冠を盗む事が出来る。

 このVRMMOでのステータスは、ゲーム内でのパロメーターと、現実の体力、というよりかはセンスがフィードバックされる。今のように飛んで跳ねて宙返りしてと縦横無尽な動きをするが、現実のシソラは部屋でぼうっと、体に貼り付けられたテープPCを幾何学模様に発光させながら、突っ立っている。

 ――家庭用BMIブレインマシンインターフェースデシアベ

 脳波と機器の相互干渉を可能にした2089年の科学力は、現実では自称サウナが趣味なだけのただの人間を、


「シャルウィダンス!」


 蝶舞蜂刺を具現化するシーフ、否、

 "怪盗シソラ"へと変えてみせる――鎧纏った巨躯相手、攻撃躱すその間、零距離で銃弾を撃ち続け、カリガリーの体力を削りながら、頭上の王冠を奪わんとするシソラ。彼の激しい連撃に、

 ――重装兵はたまらず吼える


「モーーイヤーーーッ!」


 見た目そぐわぬキャッピリ声で。


「グドリーサンドウシマショシソラハヤイコワイオッカナイムリィ!」

「嘆く暇無し、一発でも多く攻撃しなさい!」


 本来、重装兵という動きが重いジョブ相手に、身軽さ全振りのシーフはメタを張っている。しかしその差は今、グドリーのバフによって縮まっているはずのだ。だのにどこまでも加速する"一撃達"を、真白の怪盗はかわし続ける。


「相変わらずすっげぇなあいつ!」


 その奮戦に、思わず目をやるアリクだったが、


「ちょ、アリク! 前ぇ!」

「え、わぁ!?」


 シソラへよそ見した隙を狙って、ニンジャがアリクに一気に距離を詰め――そのまま馬乗り押し倒した。


「アリク!?」


 ――仲間の危機に反応して

 シソラが視線を後ろへやった時、


「イ、イマデスゥ!」

「解った!」


 相手の余所見はこちらの好機、ハンマーを振り上げたカリガリーに、サイドの位置にいたグドリーが魔法をかけた。

 ――筋力バフマックスがけの重撃


バッフルインパクトォォォォ筋肉マシマシの一撃!」


 光輝いたハンマーが、シソラに一直線に、振り落とされる!

 ――ズガァァァァァァッ!


「うお!?」

「シソラぁ!?」


 アリクは勿論、彼と戦っていたニンジャすら、視線を向けざるを得ない程の衝撃。もうもうと砂煙が立つ中で、ハンマーと大地の間に、シソラのマントが踊っている。

 だが、


「アレーーー!?」


 マントだけで体は無い――それを脱いだシソラは、自分を圧殺しかけたハンマーの面の上に屈み座っていた。


「演技か!?」


 "仲間のピンチに視線をそらす"なんて振りをして、カリガリーに大振りの一撃を繰り出させた。

 ニヤリと笑ったシソラは、その足を伸ばして思いっきりジャンプした。

 ハンマーという踏み台を利用して、2メートルの巨躯の頭上を越えた彼は、


「スティール!」


 スキルを発動し、その右手を斜め下へと、王冠へと一身に伸ばす。その時、

 王冠と、伸ばした手のその間に、

 ――瓦礫が遮った


(――何)


 そのつぶては、グドリーが咄嗟に投げたものだった。

 卑怯、と賞賛されるほど、勝つ為の策を練り上げるグドリーがとった行動は、足元の瓦礫を投げるという、余りにも反射的。だが戦争の歴史において投石は、矢よりも多く、相手を遠くから潰し殺してきた物、やみくもに投げたそれは、シソラの頭や腕にこそあたらなかったが、王冠奪取を防ぐ盾になっている。

 ――卑怯者の悪足掻きが、シソラの勝利を遮ろうとする

 スティールは一瞬のスキル、もう一度発動するリキャストまでには時間がかかる、


(――まずい)


 千載一遇のこの好機に、王冠を盗めなければ、押し倒されたアリクはオモリーに押し切られる。

 だけどここから無理矢理腕や体をねじっても、瓦礫は避けられず、けして王冠には手が届かない。

 ――我達の負けだ

 そう、思った、

 時だった。

 目の前を塞ぐ瓦礫の真ん中に、

 淡い金色の光が見えた。


(――なんだ)


 シソラは最初、戸惑いを覚えたけれど、

 何故か懐かしさ覚えたその光に、

 ――導かれるように手を伸ばせば

 その手は瓦礫を、

 すり抜けた。

 ――王冠に触れるシソラの右手


「え」

「くっ!」

「アーーー!?」


 シソラは呆然と、グドリーはくやしそうに、そしてカリガリーは悲鳴をあげて。

 王冠を握ったシソラは、そのままカリガリーの頭を飛び越えて、彼の後ろに着地する。

 傍から見れば、乾坤一擲グドリーが投げた瓦礫が、惜しい所で当たらないまま向こうへ飛んでいって、結局シソラが、王冠を奪ったという結果だ。

 ゆえにこの結果リザルトがもたらしたのは、


『GAME CLEAR!』


 AIで作られたナレーション音声が祝福する、シソラ達の勝利だった。


「ぎゃああああ!」

「負けたああああ!」

「シソラこのやろぉ!」


 相手側の悲鳴に続いて、


「よっしゃあ!」

「やった~!」


 アリクとアウミの喜ぶ声が響いた。次に、倒れていたプレイヤー達の蘇生処理が始まる。アリクはくやしがって天を仰いでるニンジャに、「すまねぇ、どいて!」と言って――ニンジャに横へのいてもらった後、ひょいっと跳ね起きて、同時に立ち上がったアウミと供にシソラの元へ――頭を抱えてシンジラレナーイするカリガリーの横を通り抜け――走っていって、

 そのまま、二人して彼に抱きついた。


「サンキューシソラ、いや、怪盗シソラ!」

「えらいおおきによぉ!」

「あ、ああ」


 喜びの場面であるが、シソラの顔は冴えない。

 ――王冠を取った時

 瓦礫を手が、すり抜けた。

 物資の一部が光り輝き、そこに手を伸ばせば透過する。

 そんなスキルはシーフどころか、他のジョブでも聞いた事が無い。


(まぁ――普通に考えたら我の錯覚だよな)


 そもそもに、高速で飛ぶ瓦礫が、ピンポイントで突き出された手に当たろうとするのが低確率。あの金色の光も、瓦礫が太陽に反射しただけと考えるのが妥当。

 きっとそうだ――気にしてもしょうがない、そう思ったシソラは、


「ああ、我達の勝利だ!」


 そう言って二人に笑う。暫し三人で喜びを分かち合った後、抱きしめるのを止めたアリク。


「シソラ、王冠パスパス!」


 シソラは乞われるままにアリクへ王冠を手渡した――するとアリクはそれを空に掲げて、


「ポイントに変換して、累計1200ポイントを伝説の武器クラマフランマ叫ぶ炎に交換!」


 そう唱えれば――王冠は眩い光を放った後、

 ――刀身に炎を宿す豪奢な剣へと変貌した


「よっしゃあ! 炎の剣ゲット、やっべ、かっこいい!」

「これで桜国サクラコクに行けるん?」

「ああ!」


 ゲームにおいて武器というのは、ただ強くなる為でなく、イベントの為のキーアイテムになる事も多い。

 ゆえにこの勝利は、どうしてもアリクが、"皆ともっと遊ぶ為"に成し遂げたいもの。


「全く、我がさっきも言ったが、最初から我を呼べば良かったんだぞ」

「いやいや、俺もさっきも言ったけど、本当に急に残り三人が来れなくなったんだよ」

「PVPもそない簡単に延期できひんし」

「まぁ確かに、グドリーには感謝しなきゃいけないよな」

「――感謝?」


 三人が話していると、そこには、


「卑怯者の私に、感謝ですか?」


 背後にカリガリーを初めとした、パーティーを控えさせたグドリーが立っていた。


「どう考えても善人だろ? 仲間を集め切れてない、相手の勝負を受けてくれたんだから」

「5vs2という、こちらが絶対有利の条件を突きつけたのは私ですよ」

「乱入OKってルールを入れといて良く言うよ」

「どちらにしろ、私が卑怯なのは変わらない」

「だとしても」


 シソラは、笑う。


「我は、グドリーの卑怯が大好きだ」


 ――それは偽りのないシソラの本音

 ゲームの中、悪役めいたロールを徹底する彼の相手をするのは、常に胸が躍る。

 "小悪党グドリー"との戦いは、このVRMMOでのシソラの楽しみの一つだった。


「でも今日は紙一重だった、アリクのミスを咄嗟に利用出来てなければ我達の負けだった」

「ほうよ、アリクのあのよそ見、戦犯もんやもん」

「すんまへん……」


 ヘコんだ事を象徴するよう、アリクのしんなりした赤髪に、ああ落ち込まんといてー、と、アウミ気遣いながら、髪を持ち上げるような動作をする。

 それに肩をすくめた後、グドリーへ視線を戻すソラ。


「またPVPで遊びたいな、ポイント戦は来月までできないけど、フリーなら出来るだろ」

「――いえ、それは適いません」

「え?」


 そこでグドリーは、メガネのブリッジを中指で押し上げて、

 寂しそうに笑った。


「このゲームを、引退するんです」

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