警察署では取調室に入れられ、叶恵さんと知り合った時期や、どのくらいの頻度で会っているか、またずっと見てたとはどういうことなのかということを聞かれた。まさか、僕をストーカーだと思っているんじゃないだろうか。その疑問をぶつけずにはいられない。
「もしかして、僕、疑われてます?」
「いや、そういうことではないのですが」
「じゃあ、どういうことですか」
ドアが開いた。そこには別の警官がいて、僕に質問を何度も投げかけた警官がその警官と話す。僕は少しイラついたが、形式的なものだろうと思って自分を落ち着かせる。僕とずっと話していた警官はドアの向こうへと姿を消し、先程の警官と話していた警官が僕に話しかける。
「すみませんね。もう一度最初からお話聞かせていただけますか」
「それは必要なことなんですか。そもそもストーカーとどんな関係があって僕を拘束するんですか。冗談じゃない」
「でもこのままお返しするわけにもいかないんですよ。すみませんね」
全く悪びれもせず、本当に口だけで「すみません」と言う。さっきの警官の方がマシだ。
それから何度も同じことを繰り返しただろう。僕は心身共に疲れ、早く帰りたいと、そればかり願っていた。
「あー、ちょっと待っててください」
警官がドアを開ける。外には他の警官と、叶恵さんの姿が見えた。
僕は心が理解するよりも早く、体が動き、ドアを開けて叶恵さんの前に出た。
「叶恵さん!」
叶恵さんは悲鳴を上げた。何故だろう。
「落ち着け! 相澤!」
この際呼び捨てにされることはどうでもいい。それよりも叶恵さんだ。ストーカーなどいないということがわかっただろうか?
「叶恵さん! 叶恵さん!」
僕が叶恵さんを何度も呼ぶと叶恵さんは涙を流してその場に蹲った。
「早く彼女を」
警官が叶恵さんをどこかへ隠そうとする。僕は彼女の手を掴む。
「叶恵さん、ストーカーなんていなかったでしょう! ねえ!」
「あ、あ……」
叶恵さんは酷く怯えた様子だ。警官は僕達の手を離し、僕を取り押さえる。僕は何かの犯人か? ふざけたことをしやがって!
「ストーカーはお前だよ。相澤修一」
思考が真っ暗になって、停止した。
僕が、ストーカー?
「彼女をずっとつけ回していただろう」
全てが、解った。どうして彼女が変な顔をしたのかも、どうして酷く怯えているのかも。
そうか。そうだったんだ。
「僕は、ただ、彼女を守りたくて」
「それがっ、それが迷惑だったのよ! 怖かったの!」
叶恵さんがそう叫び、少しして嗚咽が響く。
僕は落胆のような、絶望感に襲われる。
「僕は、別にストーカーしたかったわけじゃなくて……」
「早く彼女を」
警官が僕達を引き裂く。でも、これだけは伝えなくては。
「僕はただ叶恵さんの優しさが嬉しくて、それを守ろうとしただけなんです! ねえ、叶恵さん! わかってくれますよね!」
きっと、優しい彼女ならわかってくれるはず。そう思っていた。だが、返ってきたのはそんな言葉じゃなくて、とても冷たいものだった。
「……気持ち悪いっ!」
それは彼女が僕にくれた最後の言葉だった。
遠くなっていく彼女に、僕は手を伸ばす。もう会えないんだろうなという虚しさと、まだ僕を見てくれるんじゃないかという期待と、どうしようもなく悲しい気持ちが入り混じった。
僕は情けなく大声で泣いた。警官は誰一人としてそれを理解してくれなかったし、理解してほしいとも思わなかった。
ただ、このまま逮捕されるのならば、家の金魚がどうなるのか、それだけが気がかりだった。
硝子越しに見ていた金魚は、いつの間にか尾鰭をぼろぼろにして泳いでいた。それを掬い上げる人の手で、金魚は火傷をし、急激な温度変化に付いて行けず、びたびたと跳ねて手から飛び出して床に落ちた。そして気がつく。自分が人間ではなく、金魚であることに。
硝子越しに見ていた金魚を見ていたのは人間になったつもりの、同じただの金魚だったのだ。自分が金魚だと言うことも忘れて、別々の水槽に入れられた金魚を見て恋をしてしまったのだ。
だが、金魚はもう、愛しい金魚を硝子越しに見ることは出来ない。
金魚は既に床に落ちてしまった。人間はその落ちた金魚への興味など、もうないのだ。
二度とあの水槽に戻されることはない。
そして金魚は、息絶えた。