この数日で僕はいろいろと知った。叶恵さんが一人暮らしであること。出勤時間、退勤時間。会社までの道。よく物を買う店。会社でどういう人と付き合いがあるのか。……恋人はいないようで、僕は少し安心した。だが、ストーカーについては何もわからなかった。僕が仕事の前や、仕事の後に、それこそ叶恵さんに張りつくようにして見てきたが、ストーカーらしき人物は誰一人いないのだ。どういうことだろう。叶恵さんの妄想なのだろうか。もし、そうだとするならば、僕が出て安心してと言えば彼女は落ち着くのだろうか。
そんなことを考えながら僕は彼女の退勤時間まで暇を潰していたが、自転車に乗った警官が僕を眩しい懐中電灯で照らす。
「すみません。ここ最近ストーカーやら覗きやらが多発していて、ちょっとご協力願えませんかね」
「はあ、良いですよ」
これが世に聞く職務質問というものだろうか。名前、職業、年齢などを聞かれると、警官は「ご協力ありがとうございました」と言って去って行こうとするが、僕がそれを引き留める。
「ストーカーってどういう人なんですか?」
「いやね、丁度貴方くらいの背丈で、ある女性を狙ってるらしいんですよ」
「はあ、大変ですね」
「女性からしたら毎日怖いですし、こちらとしても早く捕まえたいんですが、どうにも」
そこへ叶恵さんが会社から出て来た。
「叶恵さん」
彼女は小さく息を飲むのを僕は見逃さなかった。
「……相澤さん」
どうしたのだろう。いつもより、ぎこちない笑顔だ。
「安達さん、先日はどうも」
警官が叶恵さんに挨拶をする。なるほど。相談者というのは叶恵さんのことか。ならば、僕が安心させてあげよう。
「叶恵さん」
「どうしたんですか?」
「ストーカーはいませんから、大丈夫ですよ」
叶恵さんと警官は二人して変な顔をした。
「それは、どういうことですか」
叶恵さんが怖い顔をして僕に聞く。
「叶恵さんのこと、ずっと見てましたけど、ストーカーらしき人はいませんでしたよ。もしかしたら、僕に気がついて付き纏うのをやめたのかもしれない」
「ずっと、見てた……? じゃあ、私が最近感じていた視線は、やっぱり」
やっぱり? やっぱりとは、どういうことだろう。どうにも状況が飲み込めないでいると、今度は警官が怖い顔をして僕を見る。
「ちょっと署までご同行願えますか。詳しいお話を聞かせてください」
「別に良いですけど、叶恵さんを家まで送らなくちゃ」
「それは別の者にさせますので大丈夫ですよ」
そうか。警察がやってくれるのなら、大丈夫だろう。いや、でも、僕の役目を奪われたみたいで嫌だな。
「僕の叶恵さんは、僕が送りたいんですけど」
「嫌だ……」
叶恵さんが小声でそう言った。嫌? 嫌って、何が?
「仕方ない。安達さん、一緒に来ていただけますか? 別室にご案内しますので」
「……わかりました」
僕達は警察署まで向かう。だが、ここで僕はあることを思い出す。
「あ、すみません。金魚に餌やらなきゃいけないんで、ちょっと家に戻って良いですか?」
「ちょっとくらい大丈夫ですよ。それにすぐ帰れますから」
警官にこう言われ、僕は納得できないがとりあえずそれに従うことにした。