すずさんが俺に対して声を張り上げる。
「りょうぞう! 今あたいの影の中に入れば未来に帰れるかもよ! 入ってみるかい!?」
すずさんの言葉に、俺は反発して叫ぶ。
「いえ! すずさんと一緒に
すると、すずさんが語気を若干強める。
「よく言ったよ!」
すずさんがそう言い、
おあきちゃんは俺にすぐさま駆け寄って手をとる。そして
先ほどから俺たちの目の前にいる
月の白い光が地面に射している。
音もなく、その場から
「えっ!?」
俺が声を出した次の瞬間には、俺の拳銃を持っている右手が、手首で切断されていた。
足元の地面には
「ぐぅっ!」
手首をいきなり切断された俺は、足元にいた
ボカリ!
「りょうぞう! いい覚悟だよ!」
すずさんは
しかし、宙を舞う
「ちぃっ! また消えたよ! 去年と一緒だよ!」
すずさんが叫んで遠く離れた場所に視線を移す。
すると、10メートルくらい離れた場所にて、
地面に落ちた
俺はおあきちゃんの手を取り、叫ぶ。
「おあきちゃん!
「うん!」
すると瞬く間に、おあきちゃんの姿が自動小銃に変化した。俺はグリップを握り、
ガシャリ
コッキングレバーを引き、手前にある凹型の切れ目である
俺は
ダダダダダン! ダダダダダン! ダダダダダダン!
連続した鈍い反動が、銃身を通じて俺の全身を揺さぶる。十秒ほどで三十発くらいは浴びせた。普通の動物だったら、たとえトラやヒグマでも絶命するくらいの連弾だったはずだ。
しかし、満月の光の下でその
弾丸は全て、あの鋭い耳で
――マシンガンの
俺が驚いた所、
ボワァァァァァァ!
すると、
「ちぃっ! また消えたよ! どこだい!」
すずさんが叫ぶと即座に、傍から見ていた俺が叫ぶ。
「すずさん! 下です!」
「させっかぁぁぁぁぁぁ!」
すずさんが叫んで、
「グギャァァァァ!!」
――もう一度、撃ち抜く!
そう覚悟した俺は、宙を舞う
ダダダダダダン!
しかし、またもや
すずさんが叫ぶ。
「前戦った、
その言葉に、俺は返す。
「いえ! 最初に消えた
この時点で俺は、あの
いきなり消えて、攻撃を加えつつ離れた所に現れる。それは、二十一世紀の漫画やアニメによく登場する、ある能力の描写とそっくりであった。
すずさんが、俺に向かって叫ぶ。
「りょうぞう! おまいさんには、あの
平成にあった物語ではよくある能力なのだが、この江戸時代ではあまり馴染みがない能力である。すずさんが予想できないのも当然だ。
おそらくは
俺は離れた所にいるすずさんに、叫びかける。
「おそらく、『
その俺の言葉に、すずさんが険しい顔になる。
「
すずさんがそう叫んだところ、月の光が雲の中に隠れた。
「シャァァァァ!!」
「すずさん!」
俺が叫ぶ間に、すずさんは
すると、ジャンプした
――時を止めない!?
そう思った次の瞬間、
「ぐぅっ!」
すずさんが叫び、俺が声を上げる。
「おあきちゃん! 化けなおして!」
するとその声に、俺の手に持っていた自動小銃が、
ザクリ
俺は長く伸びた
――やったか!?
そう思うと、俺の体がフワリと宙に浮いていた。ジェットコースターで急降下しているような感覚が内臓から上ってくる。
それはまるで、重力を無くされたような感覚であった。
「ぐわっ!」
俺は叫び声を上げ、2メートルくらい浮かび上がったところで再び落ちて地面に叩きつけられた。
――こいつ、重力も操るのか!
俺が腰を地面についたところで、
「おあきちゃん! 化けなおして!」
すると、持っていた
バン!
飛び掛ってきた
俺は叫ぶ。
「すずさん! 炎を浴びせてください!」
俺が叫ぶと、すずさんが後ろから炎を吹き出させ、
すると今、雲から月が現れ、白い光が地面に射しこんだ。
即座に
「おあきちゃん! 刀に変化しなおして!」
俺がそう叫ぶと、すぐさま透明な防護シールドは日本刀に姿を変えた。
向こう側にいたすずさんの視線の先を見ると、少し離れたところには体から焼け焦げた煙を出している
そこで俺は気づく。
――
――そうか! あの宝石に月光が当たってないと時は止められないのか!
能力の正体に気づいた俺は、すずさんに伝える。
「すずさん!
その言葉に、すずさんは近くにあった木の下に急いで駆ける。俺もすずさんに追いつこうと木陰に向かってダッシュする。
すずさんが、こちらを見て叫ぶ。
「りょうぞう! 腕に噛み付いてるよ!」
俺がすぐ近くを見ると、時を止めて追いついたのであろう
「うぉぉぉぉぉ!」
俺は左腕に噛み付いていた
ガスッ!
切っ先で胴体を突かれた
「ギェェェェェ!」
血を流した
俺は、やっとのことで月の光の影になる木陰に到達した。
「りょうぞう! よくやったよ!」
すずさんが
「すずさん! あの
その言葉に、すずさんが返す。
「月明かりの下でしか時を止められないのはわかったよ! でも、月明かりの下でどうやって
すずさんが上を見上げるので、俺も上を見上げる。
もう空に雲はほとんど無く、雲が月光を
――どうする? どうすればいい!?
――何も思いつかない。
俺は叫ぶ。
「すずさん! 俺が突っ込んで
即座にすずさんが叫び返す。
「馬鹿言うなよ! そしたら首を
すずさんの言っていることは正しい。しかし、時を止められる化け物なんてどうやって
俺が戸惑っていると、俺の手に握られていた日本刀がしゅるりとおあきちゃんの姿に戻った。そして地面に降り立つと、木陰から出て
「おあきちゃん!」
「おあき! 戻りな!」
俺とすずさんが、ほぼ同時に叫ぶ。
おあきちゃんは駆けつつ、幼い背中を俺たちに見せて叫ぶ。
「あたしは、りょう
今、
次の瞬間には、
時を移さず、周囲に煙が満ち溢れた。
消火器の噴霧のような、催涙弾のスモークのような、月の光を通さないくらいの濃密なエアロゾルであった。おあきちゃんは、月の光を通さないような大量の煙に
「りょうぞう! 刀を持ちな!」
すずさんがそう叫び、
「はい!」
俺はすずさんに手渡された日本刀を握り、鞘から刀を抜いて
すずさんも、
空から月の光くらいしか射さない江戸時代の深夜の煙の中。そこは正に視界の
通常の人間ならば
闇の中に、
闇の中の煙の中にて、俺は日本刀を地面に向けて振り下ろす。
ガッキーン!
そこにいた
シュォォォォ
反対側から、すずさんが
ガッキーン!
玉兎は、もう一本の耳ですずさんの刃を受け止めた。俺は叫ぶ。
「すずさん!」
「わかってるよ!」
すずさんが俺の叫び声に応えると、柄から離した
ボワァァァァァァァ!
炎の塊が
しかし
「ちぃっ! やっぱり
すずさんがそう叫ぶや否や、すずさんの両足が地面から離れる。
その位置に思うところがあった俺は、即座に叫ぶ。
「すずさん! 下に炎を噴き出してください!」
俺が叫ぶと、すずさんは即座に下に炎の塊を打ち出す。すずさんは
「その位置です! うぉぉぉぉぉぉ!」
俺は叫びつつ、手に持った日本刀の刃を再び振り薙いだ。
ガッキーン!
日本刀は、再び
俺は両手で持っていた日本刀から、左手だけを離した。そして片手に持つ刀で、
俺は刀から離した左手を玉兎に対して向けつつ、煙舞う宙に構え叫ぶ。
「
その言葉に、いままで煙幕のように夜の闇を覆っていた煙が、すっと晴れた。そして月の光に照らされた俺の左手には、自動小銃が握られていた。
しかし、
宙に浮いていたすずさんが、
俺は、自動小銃のグリップを握り
そして叫ぶ。
「
――
ダダダダダン!!
ゼロ距離で小銃の連弾を浴びた
――やった!
――とうとう、俺をこの時代に連れてきた妖怪を
ドサリ
間もなく無重力状態から開放されたすずさんが、空から体全体で落ちてきて背から落ちつつ受身をとった。
そして笑顔で口を開く。
「
今、自動小銃に化けていたおあきちゃんが、しゅるりと元の女の子の姿に戻った。おあきちゃんの着物の肩の部分には
俺は焦って声をかける。
「おあきちゃん! 怪我してるよ!?」
すると、おあきちゃんは平気な顔をしながら片手をその怪我にかざす。
「こんなの、すぐ治せるよ」
瞬く間に、おあきちゃんの怪我は治った。俺は安心の息を漏らす。
すずさんが立ち上がり
大きな光点がしゅっと
「調伏、終わりだね」
すずさんはそう言いつつ、胸元から取り出した和紙で
そして、俺に向かって言う。
「こいつを
その言葉に、俺は笑顔になる。
「はい! 有難うございます!」
おあきちゃんも笑顔になる。
「良かったね! りょう兄ぃ!」
すずさんが上を見上げて口を開く。
「でも、こいつが時を止めることができたのは、満月の光の下だけでだったからさ。おそらくはあたいも満月の下でないといけないんだろうさね」
夜空には、
いきなり、どこから来たのか大量の雲が風の中を流れており、満月の顔ををしきりに隠していた。
ポツ……ポツ……ポツ……
最初はわずかな雨粒。そして崩れ落ちるように天候は急変する。
ドザァァァァァァァ!
雨が降ってきた。
「なんだよ! もうちょっと早く降ってくれてもいいじゃないかい!?」
すずさんが天に文句を言う。
「
俺も手を頭に回して焦る。
「すず姉ぇ! りょう兄ぃ! 木陰に行こうよ! 木陰!」
おあきちゃんの言葉に、俺たち三人は木陰に避難する。
ザァァァァァァァァ!!
絶え間なく落ち続ける水滴が地面にぶつかり、夜の境内を雨音が満たす。
すずさんが、口を開く。
「こりゃ、嵐になるかもしれないねぇ」
「ああ、そういえば、風か強くなってきましたね」
俺たちがそんな掛け合いをしていると、おあきちゃんがこんな事を言った。
「ねぇ、りょう兄ぃ。良かったね! これでりょう兄ぃは未来に帰れるね!」
俺はおあきちゃんの声に応える。
「ああ、噛まれてまで煙に化けてくれたおあきちゃんのおかげだよ。ありがとう」
「えへへ」
おあきちゃんがはにかむ。
おあきちゃんが去年の
しかし先ほどはその自己中心的な考えを脱して、俺が未来に帰るために、俺のために身を挺して妖怪へと向かっていってくれた。
おあきちゃんの考え方の変わり様が、その成長が、たまらなく
その様子に、すずさんもにかっと歯を見せて笑顔になる。
「ま、
俺も自然と口元が緩む。
――そうだ、帰れる。俺は江戸時代から二十一世紀に帰れるんだ。
――すずさんのおかげで、おあきちゃんのおかげで、徳三郎さんや江戸に住んでいる様々な町の人たちのおかげで。
――そして何より、葉月のおかげで。
――葉月があの日、俺に渡してくれた
――俺が未来に戻ったら、行方不明だったことを
――いや、そんなことはもうどうでもいい、俺は戻れるんだ。
――そしてまた
そんな俺の晴れやかな内面とは裏腹に、雨足はますますもって強さを増していた。
雨の強く降る深夜の本所は、更にその風を強めていた。
それから三日が経って、とんでもないことが江戸の町に起こっていた。
結局あの風雨はやはり台風から来る嵐だったらしく、三日三晩をかけて大風と大雨が江戸の町を襲い続けた。
そして、大川向こうの品川辺りの海沿いで風に吹かれて
その辺りにて妖怪の調伏を請け負っていた妖狐の夫婦が大怪我を負って、おあきちゃんに治療してもらうために命からがら名賀山稲荷社までやってきたのであった。
その妖狐の夫婦の衝撃的な話の内容。それは、その百人以上の人間を一晩で殺した凶悪な妖怪は、近いうちに本所にやってきて、調伏を請け負っている妖狐をことごとく襲い殺してしまうつもりであるとのことであった。