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第三十七幕 あばた顔のすり師


 そろそろ梅雨に入るかという、生暖かい風が吹く季節になっていた。暦の上では、文政六年四月二十四日のことであった。



 江戸時代の日本には、三種類の通貨が流通している。


 まずは銅でできたぜにであり、最小単位の『一文いちもん』で二十五円くらいの価値である。そして、四文銭しもんせんがだいたい百円玉のような感覚で使われている。


 大金を扱う時はきんが使われ、一両いちりょうが五万円くらいの価値である。そして、一両の四分の一が一分いちぶでだいたい一万二千円くらいの価値。一分いちぶの四分の一が一朱いっしゅで三千円くらいの価値である。金は主に江戸のような関東方面で多く流通しており、江戸の商人は金で決済されることを望む。


 そして、江戸ではあまり見かけないのだが、上方かみがたすなわち関西かんさいではぎんもまた広く流通しているとのことだ。銀はだいたい六十もんめ[約225グラム]くらいで一両と同価値とみなされているらしい。


 やっかいなことに、金、銀、銭の交換レート、つまり為替かわせは日々変動していて、交換をするためには両替屋に手数料を払って交換してもらわなくてはならないのだという。





 俺は、すずさんが手習いで徴収したぜにたばや、徳三郎さんが仕事で得たおしろの一朱金、二朱金、一分金など、そしてお賽銭箱に入れられたぜになどを換金するために、竹で編まれた行李こうりを背負い、大川に架かる橋を渡って日本橋までやってきていた。


 竹で編まれた行李こうりの中には、様々な種類のお金が入っていて、盗られないように固く風呂敷で縛って背負っている。


 日本橋には両替商が多くあって、大勢の商人がこの界隈にて日々の稼ぎをかさばらないように小判に換えて貰うのだという。


 日本橋に来た俺は、すずさんに言われていた両替商を探す。


 しばらく歩き回って、その両替商を見つけることができた。看板の形は、小学生のときに習った『銀行』を表す地図記号のマークの形であった。


 両替商に入った俺は、自分が名賀山みょうがやま稲荷社いなりやしろの使いの者であることを説明して、行李こうりを手代さんに渡す。この両替商は稲荷社とは長い付き合いらしく、懇切丁寧に対応してくれた。


 手代さんが算盤そろばんを弾いている間、しばらく待たされた。


 そして、計算が済んだところで手代さんに、手数料を引いた両替金を提示された。どうやら、きんで四両と二朱にしゅになるらしい。平成の物価でいうところの、二十万六千円くらいだ。


 俺は了承し、四両と二朱を確認して受け取った。


 そして、両替してもらった小判四枚と二朱金一枚を、すずさんから預かった財布に入れて両替屋を出た。たもとに財布を入れて、空になった行李こうりを背負って町を往く。


 日中の日本橋は本当に多くの人が行き交い、賑わっていた。


 すずさんが手習いにおいて受け取るお金は定額ではなく、親の財政状況などを考慮し、余裕のある親からは多く、余裕のない親からは少なく取る格好となっている。


 別に、すずさんが特別に寛大なのではない。この時代の手習い所や寺子屋というのは日本全国津々つつ浦々うらうらでそんな風になっているらしい。


 金持ちは教育費が高くなり、貧乏な人は安く教育を受けられる。これは、江戸時代における教育の合理性なのだとか。


 そんなことを考えながら歩いていると、ちょっと小太りのあばた顔の男が俺にぶつかった。


「おっと、ごめんよぉ!」

 男はそう言って、俺とすれ違い去っていく。


 上空を、鳥が暢気のんきな鳴き声を出して旋回している。あれはトンビだろうか。もう春も過ぎて、そろそろ夏の季節になる梅雨の前の季節だからか。


 俺はそんなことを考えながら町を歩く。


 大川にかかる橋のほとりに来たあたりで、俺は財布を確認しようとたもとに手を入れた。


「あれ?」


 俺はたもとをまさぐるも、あるはずの感触がどこにもなかった。


 財布は影も形もなく、消えていた。


「……やられた!」

 そう、俺はスリの被害にあったのであった。


 俺は落胆し、とぼとぼと橋を渡った。





 その日の晩、俺はいつもの三人と一緒に、座敷にて正座して夕飯を食べようとしていた。


 徳三郎さんが、口を開く。

「今日は、鰹節飯かつおぶしめしかね? 珍しいな」


 すると、すずさんが呆れ口調で伝える。

「りょうぞうが、財布をすられたんだよ。四両二朱なんて大金が入っていた財布をさ」


 俺は申し訳ない気持ちで、お椀を手に取る。ご飯の上には削られた鰹節かつおぶしが盛られていて、その上から醤油がかけられている。江戸時代において鰹節飯かつおぶしめしというのは、お金がない下級武士などが質素倹約のために食べるジャンクフードであるらしい。


「何かもう、色々とすいません」


 すると、おあきちゃんがフォローを入れてくれた。

「あたしは、鰹節飯かつおぶしめし好きだけど?」


 こんな幼い子にフォローさせるなんて、俺は自分で自分が情けなくなった。

「本当にごめんね、おあきちゃん」


 すると、徳三郎さんが俺に伝える。

「まぁ、気に病むことはない。生きてればそんなこともあるものだ」

 そう言って、徳三郎さんは鰹節飯かつおぶしめしを食べ始める。


 すると、すずさんが俺に尋ねる。

「りょうぞう、すった奴の顔とかは見てないのかい?」


 俺は応える。

「顔はよく覚えています。ちょっと小太りで、顔は白くて、あばた顔でした。あと、目がわりと小さくて、ぱっと見ただけなら柔和な感じでしたね」


 すると、すずさんが応える。

「ならさぁ、明日にでも橋超えた所で探して取り返さなきゃねぇ。まぁ、一日潰れるけどさ、四両二朱の大金を取り返すためだし、しょうがないよ」


 すずさんの言葉に、俺は尋ねる。

「でも、どうやって探すんですか?」


「そりゃぁりょうぞう、おまいさんが考えな。おのれの尻拭いは、おのれでするべしってのが世のことわりだからさ」

 すずさんの言葉に、俺は渋い顔をする。


 聡明な徳三郎さんに協力してもらえば、あの男を捜すのなぞ容易いだろう。


 しかし、すられたのは俺だから、俺が責任をもって作戦を考えなければならない。


 俺はそんな事を思いながら、節約飯の代表選手である、鰹節飯かつおぶしめしを食べ始めた。



 ◇



 その男は、すりの腕には自信があった。つい昨日にも、ぼけっと日本橋の通りを歩いていた背が高い青瓢箪あおびょうたんの兄ちゃんから、四両二朱の入った財布をすってやったところだった。


 男は、元々はとびというほまれ高い仕事をしていたが、そのあまりの素行そこうの悪さに、二年前に父親から勘当かんどうされ、とび仲間から追い出されてしまっていた。


 それ以来、男はすりや泥棒どろぼうをして生計を立てていた。男には、生まれつきの手先の器用さがあり、ぼけっとしている者のたもとに素早く手を入れて、財布を抜き取るという動作はお手の物であった。


 しかも幸いなことに、文政六年によわい二十七になるこの男は、いかにも人当たりの良さそうな善人顔であった。髪は薄く、小太りで、あばたがあって、目が小さく、柔和な職人風の男。ちょっと見ただけでは人畜無害な醜男にしか見えない得する顔形、それがこの男の取り柄であった。


 今、男は人並みでごったがえす日本橋近くの大通りを歩いていた。


 上空では、とんびが鳴きながら旋回している。男の丁度ちょうど頭上あたりを旋回しているようであった。


 今、背筋の伸びた初老の男が、彼の目に入った。


 すり師の男は、その初老の男が膨らんだ財布を右のたもとに入れたところを見逃さなかった。しかも好都合なことに、その白髪で総髪の初老の男はすり師の男の方に近づいてくるのが見えた。


 すり師の男は、心の底からふつふつと情動が湧き上がる。


「盗りたい」という欲望であった。


 すり師の男は、総髪の初老男性に導かれるように近寄っていき、軽く肩をぶつけた。


「おっと! ごめんよぉ!」

 すり師の男は、そう言いつつ早足で初老の男から遠ざかる。


 上手く盗ってやった、すってやったという無上の喜びがすり師の男の頭を駆け巡る。


 そして、すり師の男はすった財布が膨らんでいるのを確認しつつ、自分の住んでいる長屋に帰ってきた。


 いくら入っているのか、何に使ってやろうか、とすりの男は考えた。


 何に使うかなんて決まっている。博打ばくちだ。先日すった四両二朱のかねは、博打ばくちで綺麗さっぱりすってしまった。もう一度賭場とばに行って、今度こそ大儲けだ、と考えた。


 そんな期待と共に財布を開いたが、中には風呂敷が一枚折りたたまれて入っているだけであった。


「なんでぇ! クソが!」


 すり師の男は、ののしりの言葉と共に、財布と風呂敷を土間に投げつける。


「けっ! 今日は厄日やくびだぜ!」

 すり師の男は、自分がやったことなぞ気にもせず、土間に背を向けて寝転ぶ。


 しかし、あの初老の男は、何故財布に風呂敷なぞ入れて持ってたのか。


 そう思い、なんとなく寝転んだ体を返した。すると土間には、深紫色の着物を着た目付きの鋭い女と、紺色の着物を着た見覚えのある男が立っていた。



 ◇



 俺たちは、すられたお金を取り返す為に、翌日の四月の二十五日に作戦を決行した。


 財布をすられたものの、男の顔を覚えていた俺が立てた作戦は以下の通りだった。


 まず、俺がすりの男の姿を心に思い浮かべて、おあきちゃんに化けてもらう。


 おあきちゃんは、その姿を鏡で見て、顔を覚えてもらう。


 次に、おあきちゃんに目が良いトンビに化けてもらって、日本橋あたりを飛び回ってもらい、すり師の男を探してもらう。


 見つけたら、その男の上空で鳴きながら旋回してもらい、ここにいるということを教えてもらう。


 次に、徳三郎さんがその男の目の前で財布をわざとらしくたもとに入れて、すり師の男に近づく。


 この財布の中には折りたたまれた風呂敷が入っていて、その風呂敷の影の中には男を取り押さえるために俺とすずさんが隠れている。


 そして、すり師の男が家にて財布を開いた際に風呂敷の影の中から現われ、すり師を取り押えるという算段であった。


 幸いにも、その作戦は上手くいったようであった。


 俺とすずさんは、すりの男が住んでいる長屋部屋の土間に立っていた。


 すずさんが、その履いている草鞋わらじも脱がず、ずかずかと土間段を上がり、寝転んでいた男の手を思いっきり踏みつけた。


「いでででででぇ!!」

 叫ぶ男の手を足で踏みつけているすずさんが、すりの男の胸倉を掴む。

「さぁて、すり師さん? 昨日すった四両と二朱、返してもらおうかねぇ?」


 すると、男は叫ぶ。

「けっ! 誰が女の言うことなんざ聞くか!」


 ボカッ!


 間を置かず、男の胸倉を掴んだままのすずさんがグーで男のはなつらをぶん殴った。


 すり師の男は目をつぶり、「うえぇぇぇぇ!」と悲痛な嗚咽おえつを出す。すずさんが口を開く。

「ふざけたこと言ってると、もう一発いくよ? 四両と二朱、返してくれるね?」


 すると、すずさんに着物を掴まれたままのすり師の男は喉の奥から声を絞り出す。

「ね、ねぇ! もう持ってねぇ! 賭場とばで全部すっちまった!」


 ボカッ!

「ぐあぁっ!」


 再びすずさんが躊躇ちゅうちょなく、男の鼻っ柱を思いっきりぶん殴った。今度は鈍い音が若干大きかった。


 すずさんが手を離すと、男はその場に倒れこみ、ぼとぼとと畳の上に鼻血を落とした。すり師の男は、苦悶くもんの表情を見せてうめいている。


 すずさんが、呆れたように声を出す。

素寒貧すかんぴんかい、どうしてくれようかねぇ」


 俺は、すずさんに声をかける。

「まぁ、奉行所ぶぎょうしょに突き出したらいいんじゃないですか? まだまだ余罪とかありそうですし」


 すると、すり師の男がすずさんにすがる。

「おねげぇしやす! どうか、どうか奉行所ぶぎょうじょだけは! この次郎吉じろきち今生こんじょうのおねげぇでございやす!」


 すると、すずさんが冷ややかな目で次郎吉じろきちと名乗ったすり師の男を見下ろす。


「なるほどねぇ。どっかで十両以上盗んだことがあるんだね? 江戸では十両以上盗んだら死罪だからさ、そりゃぁ奉行所に突き出されたくはないよねぇ」


 すずさんは、侮蔑ぶべつの表情ですり師の男を見下ろし、言葉を続ける。

「それにしても情けないねぇ。すりをして、すりをした傍から博打ですっちまうなんて男の風上にも置けないよ。昔は稲葉いなば小僧こぞうとか、田舎いなか小僧こぞうとか、大名屋敷ばかり狙う骨のある大泥棒おおどろぼうがいたんだけどねぇ」


 すずさんの話した内容に、俺は反応する。

「大名屋敷ばかり狙う泥棒ですか? 俺は鼠小僧ねずみこぞうくらいしか知りませんね」


 すると、すずさんが返す。

「ふぅん? あたいはその、鼠小僧ねずみこぞうってのは知らないけどさ。大名屋敷は守りの手が少ないからさ、商家に比べてわりと容易たやすく盗み取ることができるって聞いたことあるねぇ」


 そんな事を話していると、次郎吉じろきちと名乗ったすりの男が、こそこそとつくばって窓から逃げようと試みていた。


「待ちな?」

 すずさんは、背中から男の襟を掴む。


「どこへ行く気だい? もう、おまいさんの顔は覚えたから、どこへ行こうと逃げられないよ?」


「ひ、ひぃぃぃぃ!」

 すり師の男が、悲痛に叫ぶ。


 俺は、すずさんに伝える。

「まぁ、待ってあげたらどうですか? 真面目に働いてくれたら、そのうち返してくれるかもしれませんし」


 俺の言葉に、すずさんが手で掴んでいる男の襟を引き寄せて、凄む。

「いいかい? あたいらは本所ほんじょにある稲荷社いなりやしろのものさ。どこに住もうが、稲荷社いなりやしろなんて日本ひのもとの至る所にあるから逃げられやしないよ? もしこのまま、すった金を返さないなんてことがあったら、仲間と共に押しかけて奉行所ぶぎょうじょに突き出してやるからさ? 覚悟しときなよ?」


 すずさんが氷のように冷徹な表情で凄み、手を離すと、次郎吉じろきちと名乗った男はひれ伏し「どうか、どうか、それだけはご勘弁をぉ!」と叫んでいた。





 それから三日が過ぎて、四月の二十八日のことであった。そろそろ梅雨が始まるかというような、じめじめした日の事であった。


 町では、本所に現われた泥棒どろぼうの噂で持ちきりであった。


 なんでも、大名屋敷に泥棒どろぼうが忍び込み、夜中に百両以上もの大金を盗み取ったらしい。この時代には瓦版かわらばんではなく読売よみうりと呼ばれているゴシップペーパーにも、大名屋敷を狙った泥棒どろぼうのことが書かれているとのことだ。


 俺は夕方に、いつものようにお賽銭さいせんを確かめるため、お賽銭箱さいせんばこを開けた。するとそこには、普通なら到底考えられないような大金が入っていた。


「すずさん! すずさん!」


 俺は叫んで、すずさんを呼ぶ。講堂にいたすずさんは、草履を履いてすぐに俺の元に近寄ってきた。


 すずさんが、俺に声をかける。

「どうしたんだい? 大きな声出しちゃってさ?」


 俺は応える。

賽銭箱さいせんばこに、七両もお金が入ってます!」


 すずさんが、近くにある賽銭箱さいせんばこの中身を見て、目を輝かせる。


 賽銭箱さいせんばこの中には小判が七枚入っていた。そして、その近くには『ねずみ小僧』と書かれた紙が落ちていた。


 すずさんが、口を開く。

「この『鼠小僧ねずみこぞう』ってのは、りょうぞうが次郎吉じろきちの前で言っていた泥棒どろぼうの名じゃないかい。こりゃぁ、次郎吉じろきちの奴が入れたかねみたいだねぇ」


 すずさんは、ホクホク顔で七両のお金を手に取る。


 俺は、あの次郎吉じろきちとかいうすり師の男がすずさんに勘弁してもらいたくて、稲荷社にある賽銭箱さいせんばこに七両ものお金を入れたことを理解する。


 すり師の男が「自分が七両を入れた」という意図を俺たちに伝えるために、あの場で話した『鼠小僧ねずみこぞう』という言葉を書いた紙を同時に入れておいたのだろう。


――おそらくは、よっぽどすずさんが怖かったのだろう。しかし、こんなお金をどうやって手に入れて……


 俺がそこまで考えた所で、読売よみうりを売り歩いている男の口上が耳に入る。


「……さぁさぁ! 皆の衆! 本所中の稲荷社いなりやしろに大金を入れた者はさぁ! 大名屋敷から金を盗んでさぁ! 庶民に分け与える義賊ぎぞくか否か!? さぁさぁ、知りたい者はこの紙を……」


 どうやらあの男は、本所一帯の稲荷神社にて、同じようなことを行ったようであった。神社の名前まで言ってなかったので、本所にある稲荷社という稲荷社に小判を入れたのであろう。


 そして、もっとも重要な情報である「お金の出所」は、どうやら大名屋敷から盗んだお金であるようだった。


 そこまで考えた所で、俺は二十一世紀に放送されていた時代劇を思い出す。


――鼠小僧ねずみこぞう次郎吉じろきち


「あぁっ!!」

 俺は思わず叫ぶ。


 まさに、その名前こそが鼠小僧ねずみこぞうの名前だったからだ。


 時代劇や時代小説などで大活躍する精悍せいかん色男いろおとこ義賊ぎぞくにして大泥棒おおどろぼう鼠小僧ねずみこぞう次郎吉じろきち


 その正体が、悪を討ち正義のために盗みをはたらく精悍せいかんな顔つきの色男いろおとこなどではなく、小太りであばた顔の博打ばくち好きな小悪党だと知ったら、平成の人たちはどういう顔を見せるのか。


 おそらく、あの次郎吉じろきちこと鼠小僧ねずみこぞうは、これからも警備が手薄な大名屋敷を狙って泥棒をするのだろう。そして博打ばくちですっては、また泥棒を繰り返すのだろう。


 町の人は大名屋敷ばかり狙う鼠小僧ねずみこぞうを、自分たちに被害がないからと義賊ぎぞくに祭り上げて、英雄に仕立て上げるのだろう。どこかの時点で捕まって死刑になれば、英雄化が加速されるのは尚更なおさらだ。


 そして、こころざし半ばにて死んだ義賊ぎぞくは伝説となり、色々な芝居で演じられるのであろう。


 隣では、すずさんが七枚の小判を手に満面の笑みを見せている。


 そんなすずさんの近くにて、俺は自分の顔に手を当ててつぶやく。

「あ……ははは……歴史って……歴史って……」


 乾いた笑い声が、口から自然と漏れる。


――歴史って、なんていいかげんなんだ。


 時代劇を鵜呑うのみにしてはいけないと、骨身にしみた一件であった。



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