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第二十五幕 贈り物は誰の手に


 真冬の青空が澄み渡った、十二月の二十三日の事だった。


 いつもの神職見習いとしての白衣びゃくえあい色のはかまを身に着けた俺は、おあきちゃんへのプレゼントを持って大鳥居の前にいた。


 大きさ七寸、つまり21センチメートルほどの柔らかいその贈り物は、深緑色の小さな風呂敷に包まれて、俺の手の中にある。


 このプレゼントは元々スポーツバッグの中に隠していたのだが、朝方トランプを借りるため部屋に飛び込んできたおあきちゃんに危うく見つかりそうになったため、こちらに持ってきたのであった。


――せっかくのクリスマスプレゼントなんだし、サプライズしたい。


 そう思って部屋から持ち出した俺だったのだが、竹箒を持って、更に布包みを持った俺は少しばかり逡巡しゅんじゅんする。


――こんな大きな布包みを持ったまま仕事をするのは、やはり少しやりにくい。


 そこで俺はこの布包みを、本殿の正面脇にある入り口近くにある棚に置いておくことにした。


――ここならおあきちゃんもそうそう見ることはないだろう。それにたった一日二日のことなので、誰かが持って行くこともないだろう。


 そう思っていたのが間違いだったということに気付いたのは、その日の午後のことであった。




 道路や建物の掃除をあらかた済ませた後、昼前に竹蔵さんのために屋台を組んで、お昼ご飯を皆と一緒に頂いて、午後に洗濯を済ませ、昼八つ[午後二時ごろ]の鐘が鳴る少し前くらいになった所で一息ついた。


 その昼八つの鐘が鳴ると、手習い所の子供達はちりぢりばらばらになって帰っていった。


 稲荷社いなりやしろの前にある竹蔵さんの屋台の前には、ひとつ八文の稲荷鮨いなりずしを買い食いしている男の子たちもいる。


 俺は稲荷鮨いなりずしを握っている竹蔵さんを脇目に、本殿脇の入口に入り、おあきちゃんに渡すはずの贈り物の存在を確認しようとする。


 すると、棚の真ん中あたりに置いていた、深緑色の布包みが消えていた。


「あれ?」


 俺は、目をしばたかせる。


 出入り口から出た俺は、すぐそばで屋台を営業している竹蔵さんに尋ねる。

「ねぇ、竹蔵さん? ここに置いてあった緑色の布包み知らない?」


 すると、酢飯を油揚げに入れて子供に提供している竹蔵さんが応える。

「いや? 知らねぇぜ?」


「あれ? おかしいな? 何でないんだろ?」


――確かにここに置いていたはずなのに。


 俺が疑問に思っていると、草履を持ったおあきちゃんが本殿の中から現れた。


「りょう兄ぃ? どうしたの? 何か探してるの? なくした物があるとか?」

「あ! いや! 何でもないよ! 捨てるつもりだったから!」


 おあきちゃんは、ふうん、といったお澄まし顔で土間に草履を置き、それを履く。

「まぁ、それならいいんだけどね」


 外に出たおあきちゃんは屋台に近づき、四文銭を二枚取り出して竹蔵さんに声をかける、

「竹蔵さん! あたしにも稲荷鮨いなりずしひとつ頂戴! 父さまにお金を貰ってきたから!」


「なんでぇ? 神主さまの娘さんならおだいなんか取らねぇぜ!?」

「それは父さまが、商いをする人へのけじめだって言ってた。はい、おしろ


 おあきちゃんはそう言うと、四文銭を二枚、八文を竹蔵さんの屋台に置き、稲荷寿司を受け取ってかぶりつく。


 俺はそんなおあきちゃんの近くで、布包みがなくなったことに戸惑っていた。


――あれぇ? おかしいな? スポーツバッグの中に置いたままだったかな?


 俺はそう考えると、西の庭に通じる通路から、俺が寝泊りさせて貰っている西の客間に移動する。


 そして、スポーツバッグの中身をひとつずつ畳の上に並べていく。


――おかしい、どこにもない。


 念のため、ナップサックの中も調べてみたが、深緑色の布包みはどこにもない。

「あれ? どこいったんだろ?」

 俺がそうつぶやくと、深紫色の着物を着たすずさんが縁側を伝ってきて障子しょうじを開けた。


「りょうぞう、買出しの手伝てづたいを……あれ? どうしたんだい? を畳に並べちまって?」


「ああ、すずさん。勿論もちろん手伝いはしますが、ちょっと訊いてもいいですか?」

「ああ、なんだい?」


 すずさんは、きょとんとして俺を見つめた。




 すずさんの言う買出しの手伝いとは、年末に向けてもちくためのもち米を運ぶというものだった。


 俺は、年の瀬の活気ある本所の町を、大きな風呂敷を背負ってすずさんと共に歩いていた。


 すずさんが、隣を歩く俺に対して言葉をかける。

「ふぅん? おあきにけに贈り物をしようとしてたのかい。中々粋なことすんじゃないかい」


 すずさんは、感心したような顔を見せるので、俺は応える。

「でも、そのプレゼントがどこにもないんですよ。せっかく、おいとさんに作ってもらったのに」


「『ぷれぜんと』? 未来では贈り物の事をそう言うのかい? まぁ、もう一度ひとたび棚を調べてみたらどうだい? ひょっとしたら、棚の隙間に落ちているとかかもしれないからさ」


「そうですね、もう一度調べてみます。すずさんも一緒に探してくれますか?」

「別にいいよ。でもさぁ、探し物でおあきの力を借りられないってのはわりかし苦しいね」


 そんなことを話しながら、稲荷社いなりやしろへ戻っていった。





 もち米を台所に置いた俺は、すずさんに協力してもらって本殿にて布包みをくまなく探した。しかし、深緑色の布包みはどこにも見つけることができなかった。


 念のため、本殿の隣り部屋である講堂も探した。しかし、布包みを見つけることはどうしてもできなかった。


 もうそろそろ夕七つ[午後四時ごろ]だろうか。いつもなら徳三郎さんとおあきちゃんと一緒に湯屋に行く時間だったが、今日はこんなすっきりしないまま風呂には浸かりたくなかった。


 すずさんが、口を開く。

「ひょっとするとさぁ、りょうぞう。これ、られたんじゃないかい?」

「え? られた? 誰にですか?」


「それは知らないけどさ。こんだけ探してないってことは、誰かが持って行ったって考えた方がいいよ。残念だけどさ」

「えぇ? じゃぁ、もう見つからないって事ですか!? クリスマスは明日なのに!?」


 俺の言葉に、すずさんが応える。

「『くりすます』ってのは知らないけどさ。だったら家捜しするよか、竹蔵にでも出入りした者がいたかどうか訊いた方がいいんじゃないかい?」


――そうか、あの棚のある出入り口の近くにはずっと竹蔵さんがいたんだった。


 すずさんは言葉を続ける。

「確かさ、午前うまのまえには父さまがずっと本殿で神事をしていたからさ。その間に誰かが忍び込んで包みを盗ったとは考えにくいよ。本殿に父さまがいたら、棚の前に誰か来たらまるわかりだからね」


 俺は返す。

「ってことは、そのあとに盗られたってことですかね?」


 すると、すずさんが応える。

「竹蔵が来たのと同じくらいに父さまが住処に引っ込んで、それから昼八つごろにりょうぞうが棚を見たら『ぷれぜんと』とやらが無かったんだからさ。竹蔵は入口から入って盗った奴の顔を見ているはずだよ」


「そうですね、じゃあさっそく訊いてみます」


 俺は講堂から外に出て、屋台をしている竹蔵さんに近寄る。中途半端な時間であるためか、客足は一時的に途切れている。


「竹蔵さん、ちょっといい?」

 俺が竹蔵さんに尋ねかけると、竹蔵さんは笑顔で振り向いた。

「おお、りょうの字。どうしたんでぇ?」


「今日、竹蔵さんがここに来てから、あの脇の入り口に入って何かを持ち出した怪しい人って見かけなかった?」

 俺がそう言うと、竹蔵さんは応える。

「んー? 怪しい奴? いや、別にいなかったなぁ。あ、でも覚えてんので一人しとりだけ入ったのがいたぜ」


「それって、どんな男!?」

 俺が勢い良く尋ねると、竹蔵さんはポカンとした顔をする。

「いや? 男じゃねぇぜ。手習い所に通っている女の子だよ。入口に入ったのはまばたきする間くれぇにしか過ぎなかったけどよ。何か入りそうな袋は持ってたけどよ、ほんまたたく間だけだぜ」


「そ、そう……で、他に誰か怪しい人とかいなかった?」

「そうだなぁ、覚える限り大人は近づかなかったようだけどなぁ。子供は何人か出入りしてたかもしれねぇけどよ。こっちも、二六時中にろくじちゅう脇見てる訳にもいかねぇしな。りょうの字、ひょっとしてさっき言ってた包みって大事なもんだったのかよ?」


「あ……ああ、実はおいとさんに作ってもらったおあきちゃんへの贈り物だったんだ」

 俺は、気まずそうに頬を指で掻く。


 すると、竹蔵さんが俺に伝える。

「じゃあよ、手習い所の餓鬼がきが中から持っていったんじゃねぇか? あの年頃の餓鬼がきは手癖がわりぃからな。建物の中から行けば、目に付くこともねぇしよ」


 竹蔵さんにそう言われて、俺は成程なるほどと思った。


 手習い所の講堂と本殿は、中で戸を挟んで繋がっている。すずさんが昼飯を食べに住処に戻っている間に誰かが持って行ったのかもしれないという予想は、望ましくないが的を得ているものだった。


 俺は講堂に入ると、おあきちゃんに秘密にしてもらいつつ子供達に探りを入れてもらうよう、状況を説明してすずさんにお願いした。




 翌日、十二月の二十四日。


 相変わらず冬の空は、地上の喧騒など気に存せずとでも言いたげに清々すがすがしく晴れ渡っていた。


 正午になって、すずさんが住処に戻ってきたところで俺を呼び出し、二人きりになったところで告げてくる。

「りょうぞう、子供たちにきちんと訊いてみたけどね、己が布包みを持ち去ったなんて誰も言わなかったよ」


「そうですか……子供の誰かが持っていったと思ってたんですけどね……」

 俺は気持ちが重くなってこうべを垂れる。すずさんが返す。

「でもさ、あたいの勘は誰かが持って行ったって告げてんだよね。一応、忍び込んで盗ることができた子供の話聞いてきたから、聞くかい?」


「ぜひお願いします!」

 俺が応えると、すずさんは子供から聞き取った情報を話してくれた。


 何でも、昼休みに本殿に入った子供は四人いるらしい。


 みんな数え年で十一歳の、文八ぶんぱちくん、久助きゅうすけくん、藤吉とうきちくんの三人。この三人はいつも三人で集まって遊んでるのだという。


 それから、竹蔵さんが見たという一瞬だけ正面脇の出入り口に入って棚に近づいた女の子は、数え年で十歳のおしちちゃんという女の子だったらしい。


 すずさんが聞き取りを行ったところによると、男の子三人は昨日、昼ごはんを食べに家に帰らず、竹蔵さんの屋台で稲荷寿司を食べて昼飯代わりにしたのだとか。同じように稲荷寿司で昼飯を済ませた子供も他に何人かいたらしい。


 その際、時間が余ったので本殿に入り、丸めた紙を使って三人で剣術ごっこをしていたらしい。なお、どうでもいい情報だが、この時代には『チャンバラごっこ』とは言わないらしい。


 三人の言い分を整理すると、次のようになる。


 文八くん、久助くん、藤吉くんは本殿に誰もいないのを見計らって本殿に入り、しばらくの間、剣術ごっこで遊んでいたらしい。


 しばらくすると、久助くんがもよおしたので、かわやに行くと言って場を離れた。そこまでは三人の証言は一致している。


 そこからの三人の言い分はこうだ。


 文八くん曰く「久助の奴が、小便しょんべんしに行くっつったんで、藤吉と二人で相撲ごっこをしていた。しばらくすると、藤吉もかわやに早足で向かってった。オレは暇だったんで、入口に背を向けて神社の神棚を見ながら、ぼけっと座ってた。しばらくすると、久助が一人で戻ってきて、またしばらく経って藤吉が戻ってきた」との事だ。


 神社の神棚とは、本殿の正面から見える神棚のことだ。そちらを向いて座ってたってことは、探している布包みの置いてあった棚は、見てなかったということだ。


 久助くん曰く「かわやに行って小便しょうべんをしたら、浅草紙あさくさがみが切れていたのに気付いたので、奥の方にいたやしろの女の子に、紙が切れているってことを伝えに行きました。女の子が浅草紙あさくさがみの束を取り出してくれたので、かわやの中にいた藤吉とうきちに渡して、おのれだけ手習い所から文八の待つ本殿に戻りました」との事だ。


 やしろの女の子とは、おあきちゃんの事だったらしい。すずさんは昨日確かに浅草紙あさくさがみ、つまりトイレットペーパーが切れてたので補充したことをおあきちゃんから聞いていたらしい。


 藤吉くん曰く「久助がかわやに行った後、おいらもかわやに行ったけど、いるはずの久助がどこにもいなかった。謎に思ったけど、我慢できなかったので、かわやに入ってクソをした。出した後に浅草紙あさくさがみが切れていることに気付いて、しばらく動けなかった。しばらくすると、戸の隙間から久助きゅうすけが紙を差し入れてくれたので、なんとかなった。そんで、二人の待つ本殿に戻った」


 そこまですずさんが伝えたところで、俺は口を開く。

「ってことは、三人のうち誰でも一人だった時があったってことですか?」


 すると、すずさんが答える。

「まぁそうだね。でもりょうぞう、勇み足をしちゃいけないよ。おしちの話も聞いてるからさ、そっちを聞いてからにしな


 俺はそう言われ、改めてすずさんの話を聞く。


 おしちちゃん曰く「あたしは、昼休みに家まで昼飯を食べに帰りました。家から手習い所に戻って来たところで、本殿の方から音がしたので、少しだけ覗いてみました。すると、文八、久助、藤吉の三人が本殿に向かい合って座ってたので、ちらりと見てから、すぐに習い場の方に上がりました」との事だ。


 おしちちゃんが一瞬だけ正面脇の入口から入って、すぐに出たというのは竹蔵さんの証言と一致している。更に、竹蔵さんの言うとおり、布包みを入れることのできそうな巾着袋も持っていたらしい。


 すずさんが、俺に語りかける。

「りょうぞうは、どう思う? 他の子供の話によるとさ、男の三人組は本殿に出入りしていたとき、手に袋も包みも何も持ってなかったんだとさ。剣の代わりに使った、紙を丸めたやつしか持ってなかったんだとさ」


 その言葉に、俺は考える。

「普通に考えれば、袋に物を入れる事ができた、おしちちゃんでしょうけどね……あれ? でも、そんなに一瞬で巾着袋に布包みを入れられるのかな? それに、竹蔵さんが傍にいるのに、しかも見られているのに布包みを盗ったりするのかな?」


 俺は江戸に来る前、平成の世の中では推理小説をよく読んでいたが、推理小説の名探偵のような頭脳は持ち合わせていないことは自分でも良くわかっている。


 すると、廊下の向こうの方からおあきちゃんが不機嫌そうな声と共に、とことことやってきた。

「もう! すずねぇ! お腹空いた! 二人で何してるの!?」


 すると、すずさんがきまりの悪そうな顔をして取り繕う。

「ああ、すまないねぇ。ちぃと、りょうぞうの相談に乗ってやったんだよ」

「りょう兄ぃの? どんなこと?」


「ちょっとした忘れ物の事だよ。りょうぞう、後はおのれで考えときな。己の物の在り処くらい、己で見つけときなよ」

 すずさんは、そう言うとおあきちゃんを連れて台所に向かって去っていった。


 一人残された俺は、腕を組んで難しい顔をする。

「……探偵役なんて、ガラじゃないんだよな」

 俺はそうつぶやくと、すずさんと一緒に昼飯の用意を手伝うため、廊下の板の上を伝った。




 それから二時間くらいが経っただろうか。白衣袴姿のままの俺は、本殿にて神棚に向かって胡坐あぐらをかいて座っていた。


 俺は、この二時間くらいで、四人の言い分を懸命に整理しようとしてた。


 まず気付いたことは、おしちちゃんは嘘をついている。


 男の子三人が、この本殿にて向かい合って座っていたのならば、正面脇口を入ったところで三人の誰かに見つかるはずだ。


 本殿からは、棚のある出入り口がまる見えなのだから。


 つまり、おしちちゃんがこの本殿を覗いたとき、おそらくは文八くんしかここにはいなかったはずだ。文八くんが一人で背を向けて座ってたのを見ただけで、後で講堂にて隣の部屋から出てきた三人の姿を見て、そのような嘘で取り繕ったのだろう。


 ということは、やはりおしちちゃんが布包みを持ち去ったのか。竹蔵さんの話によると、脇の出口に入ったのは一瞬だったので、その隙に素早く巾着袋に布包みを入れたのか。


 でも、年端もいかぬ女の子が戸惑いもせず一瞬で、バチが当たることも怖がらず、速やかに盗みを実行できるのか。


 ただでさえここは、神社なのだから。その神社で物を盗むなんて大それた真似が年端もいかない女の子にできるのか。


 久助くんと藤吉くんにしてもそうだ。いくらそれぞれ一人でいる機会があったとはいえ、竹蔵さんの目を盗んで出入り口に入り、こっそりと布包みを持ち去る真似ができたのか。


 文八くんはずっと本殿にいたとはいえ、講堂と本殿を行き来していたときには何も持っていなかったということが他の児童によって確認されている。


 それとも、男の子三人全員が示し合わせて嘘をついているのか。


 俺は考えがまとまらず、頭を掻く。


 あのプレゼントは、おあきちゃんに渡すために、おいとさんが丹精込めて作ってくれたものだ。そのろうを無駄にするのは、なんとも納得いかない。


 俺が頭を悩ませていると、徳三郎さんが本殿に入ってきた。


 神職の白衣袴姿ではない、正式には利休茶りきゅうちゃ色というらしい、いつもの濃い緑がかった茶色の着物姿であった。

亮哉りょうやくん? おすずに、知恵を貸してやれと頼まれたんだが、何があったか話してくれないか?」


 徳三郎さんの柔和な笑顔に、俺は若干安心する。


 そして、事のあらましを全て伝えた。


 徳三郎さんは、俺の説明を聞いている最中に何度も頷き、明朗な顔つきになる。


「なるほど。では亮哉りょうやくん、竹蔵くんにこう訊いてくれないかね? 『昨日、子供たちの手習いが終わって、亮哉りょうやくんの包みが無くなってから、かわやに行ったのか?』とな」


 俺はその言葉を聞き、神社のすぐ近くで稲荷寿司の屋台をしている竹蔵さんの元に赴き、尋ねた。


 どうやら確かに、あの布包みが無くなってから、竹蔵さんはかわやに行ったらしい。


 俺は、不思議がって徳三郎さんに尋ねる。

「何故、竹蔵さんがあの後にかわやに行ったことがわかったんですか?」


 すると、徳三郎さんは超然とした態度でこう答える。

「いやなに、思う所があってね。では次に、布包みがなくなった棚の一番上を見てくれないかね? 私の考えが正しければ、ほこりったあとがあるはずだ」


 その言葉に、俺は布包みが置いてあった棚に近づき、棚で体を支えつつジャンプする。


 棚の一番上、俺の背では普通は見えない高さに、確かにほこりを擦ったあとがあった。


――あ、これって、そういうことか。気付かなかった。


 俺は徳三郎さんに向き、告げる。


「俺がなくなったって思ったときは、まだ棚の上にあったんですね」


「そうだな。盗っていった者は、おそらくは当初は盗るつもりなどなかったのだろう。悪戯いたずら心で隠して、それから改めて竹蔵くんがいない隙に盗ったのだろう。おそらく亮哉りょうやくんが子供の前で、『いらないものだ』とでも言ったのではないかね?」


――あ、そういえばおあきちゃんが現れて『捨てるつもりだった』って言ってたな俺。あのとき稲荷寿司を食べてた子供達の耳に入ってたんだ。


「となると、それをすることができたのは一人しかいませんね」

 俺の言葉に、徳三郎さんが応える。

「そうだな、一人しかいない」


「文八くんですね」

 俺が伝えると、徳三郎さんはうなずいて肯定を示した。





 深川にある、とある長屋まで来た俺とすずさんは、大根を洗っている二十代後半くらいの女性に近づいた。この女性は文八くんのお母さんらしい。


 すずさんが、その女性に声をかける。

「こんにちは、おかみさん。文八ぶんぱちの奴、いるかい?」


 すると、大根を洗っていた文八くんのお母さんが、笑顔になる。

「あらあら、手習い所のお師匠さまではございませんか!? 文八なら、部屋にいますよ。今日は何の御用で?」


「ああ、ちょっと訊きたい事があるんだけどね。文八ぶんぱちだけど、昨日何か拾ってきたとか貰ってきたとかなかったかい?」


 すると、おかみさんは笑顔のまま答える。

「あー、はいはい。人形のようなものを拾ったようで。うちの下の娘がたいそう喜んでましたよ」


「実はさ、その人形だけどさ、落とし主が見つかったんで、返すよう言ってくれないかい?」

「あらあら、そうなのでございますか。少し待って下さいね、すぐ呼んで参りますから」


 おかみさんが長屋に戻ると、緑色の布包みを持った文八ぶんはちくんが、浮かない顔をして現れた。


 すずさんは、すぐさま文八くんの両肩を掴む。


「文八、ちょっとあたいと一緒に、やしろまで来てくれるかい?」

 すずさんが、腰を落として文八くんの眼前で微笑みかける。


――顔は笑っているけど、声は笑っていない。


 少なくとも俺には、そう聞こえた。




 結局、文八くんは稲荷社いなりやしろにて、すずさんの平手でお尻を二十回叩かれたところで解放された。


 この時代には体罰は折檻せっかんと呼ばれ、それがいけないものだという常識自体があまりない。歴史ある寺や格式高い学問所などでは禁じていたりもするらしいのだが、庶民の間では普通に折檻せっかんは行われている。


 それに、そこらへんを歩いている大人が悪戯いたずらをする悪餓鬼わるがきを殴ったり、叩いたりするのは当たり前のこととして受け入れられている。


 ましてや、手習い所のお師匠さまであるすずさんにとっては、悪い事をした子供を折檻せっかんしつけるのは、紛れも無い義務なのである。


 文八くんが稲荷社いなりやしろから帰っていったところで、俺とすずさんは講堂に二人残された。


 俺が、すずさんに告げる。

「でも、一つだけ謎が残ったんですけど」


 すずさんが返す。

「謎ってなんだい?」

「おしちちゃんは、何で嘘をついたんでしょうか?」


 すると、すずさんは大きく息を吐き、両手を頭の後ろに回す。

「そりゃあれだよ。惚れた男が何か棚でごそごそ悪戯いたずらしてて、翌日になったら盗人ぬすっとになってたんだ。まことのことなんて言えないさ」


――え?


「あ……じゃぁ、おしちちゃんが嘘をついた理由わけって……」

「ま、そういうことだよ」

 すずさんは、あっけらかんと事も無げに言う。


 俺は言葉を返す。

「それにしても、徳三郎さんって本当に聡明なんですね。俺がちょっと説明しただけで真相しんそうを瞬時に見抜くなんて」


――まるで、推理小説の名探偵みたいな推理力だった。


 すると、すずさんがどこか得意げな口調で返す。

ただなるひとであるととさまの、あやかしのごときもうひとつのすべさ。声色や立ち振る舞いで嘘かどうかを見抜くだけじゃなくってさ、色々と話を聞いてこと概略あらまし明察めいさつすることができるのさ」


 そして、言葉を続ける。

「それよりさ、おあきへの贈り物って人形だったのかい? あたいにも見せておくれよ」

「いいですけど、おあきちゃんには内緒ですよ。二十四日の夜に枕元にそっと置いて、翌朝にびっくりさせるつもりですから」


 俺は、深緑色の布包みをほどく。


 俺が包みを解いてすずさんの目の前に出したのは、黄色い布を使ってあつらえられた、きつねいぐるみであった。


 すずさんが、物珍しそうな表情でいぐるみを手に取る。

「へぇー、なんだいこれ? 這子ほうこみたいな布でできた人形だけど、随分と柔らかいねぇ? もしや中に綿わたが入っているのかい?」


「ええ、『いぐるみ』って言うんです。俺が買い取った布の端切れと綿わたを使って、お針子のおいとさんに頼んで作って貰いました。俺の時代では割と当たり前に子供たちが持っていますよ」


 すずさんが、感心したように口を開く。

「中に綿わたを詰めた布人形なんて始めて見たよ。これならおあきも喜ぶよ」


 すると、住処の方からおあきちゃんの声が響いた。

「すずぇ! りょうぃ! そこにいるの?」

 俺とすずさんは、慌てて狐のいぐるみを布包みに隠す。


 おあきちゃん戸を開けてが講堂に現れる直前に、いぐるみを緑色の布で包んだ。


「ああ、おあきちゃん、どうしたの?」

 俺の心臓がドキドキと鳴っている。


 すると、おあきちゃんが応える。

「雪降ってるよ! こんなに晴れているのに!」


 すると、すずさんは口を開く。

「へぇ、風花かざはなかい。珍しいこともあるもんだねぇ」


 風花かざはなとは、つまりお天気雪てんきゆきのことだ。すずさんの言葉に俺が住処の渡り廊下を見ると、確かに空は晴れているのに細々とした雪がちらりちらりと降っていた。


 俺は思わず、言葉を発する。

「ホワイトクリスマスだね」


 すると、おあきちゃんが興味津々といった風に尋ねる。

「未来では、風花かざはなのことを『ほわいとくりすます』って言うの?」

「あ……いや、そうじゃなくてね……」


 俺は、おあきちゃんに、今日の十二月二十四日は未来でどんな日と呼ばれているかを説明した。


 もちろん、西洋に伝わる伝承、寝ている良い子の元へ贈り物をしてくれる、サンタクロースの伝承と共に。


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