九月の十五日から日付が変わっての深夜。夜空に明るく輝く満月は、
俺は神職の見習いらしく
付け
すずさんはいつものように巫女装束である
俺の影の中には例によって例のごとく、二十一世紀から持ってきたスポーツバッグとナップサックが入ってある。
深夜おそらくは
土でできた堤防には桜が沢山植えられているものの、今の季節は晩秋であり、夏らしい緑の
ここは本所の北の果てに近く、人が住んでいる事を示す
周囲には田んぼが多く、稲を刈った後の田園が広がっている。
俺たち三人は、足元に注意しつつ月明かりの
近くには、昼間にはおそらくお茶屋を開いているのであろう小屋がある。
両脇に狐火を携え、炎の灯を空中に浮かばせているすずさんが、俺に伝える。
「こんな夜更けだし、茶屋には誰も人はいないようだね」
俺は返す。
「ええ、未来にある二十四時間営業のお店じゃなくて良かったです」
おあきちゃんはというと、すずさんの
「すず姉ぇ、
「そうだねぇ、何かはまだわからないけど、いるのは間違いないようだねぇ」
すずさんの言葉に、おあきちゃんは緋袴を掴んでいた手を離して俺に近寄り、その小さな両手で俺の右手をしかと握る。
「りょう兄ぃ、いつでもあたしが武具になるからね」
おあきちゃんに応えるように、俺も右手で手をぎゅっと握り返す。
すずさんが印を結び、何かの呪文を唱え妖怪を呼び寄せる。
そしてその妖怪は月明かりの下、闇の中からのそりのそりと這い出るように現れた。
その陰気な闇の中から現れた妖怪は、頭から尻までの大きさが2メートルはゆうにあろうかという、巨大な
すずさんが得心がいったような顔をする。
「ふむ、
そのすずさんの声が聞こえているのか聞こえていないのか、巨大な
すずさんが右の
ばひゅん! という音を立てて火球が撃ち出され、
「りょうぞう! 鉄砲で撃ってみな!」
そうすずさんが言ってすぐにおあきちゃんが変化して、俺の右手にはオートマチック
タタタン! という音がして弾丸が三発発射されたところ、その全弾が命中したようであった。
ボシュ! ボシュ! ボシュ!
しかし、弾丸は水の塊を通り抜けるかのごとく
「ぐえっ! ぐえっ!」
間髪を入れる
「おあきちゃん!」
俺は叫ぶ。
ズバリ!
瞬きもしないうちにすずさんの
すずさんに
「間抜け! なに
おあきちゃんが変化を解いて、元の女の子の姿に変わる。
「すず姉ぇ、あぶなかったね」
「りょうぞう! おあきを手放すんじゃないよ! あいつは音に応えて舌を伸ばすみたいだからさ!」
そしてすずさんは、
一歩、二歩、三歩、四歩と獲物を狙う猛獣のように
ずばり! と先ほどのような肉を切り裂くような音と共に
「げぇっ! げぇっ! げぇっ!」
大きな裂け目ができた
「がぼっ! がぼっ!」
すずさんは水の塊に顔を包まれ、口から大量のあぶくを吐き出している。
――まずい、窒息させられる。気を失ったら狐火も使えない。
その様子を見て、
緊急事態を察知した俺は、おあきちゃんに別の道具に変化してもらい、すずさんの下へ急いで駆け寄った。
「すずさん!」
すずさんに駆け寄った俺は、すずさんの顔を包んでいる水の塊に手を突っ込む。そして水で窒息しかかっている、すずさんの口に道具をふくませる。スキューバダイビングなどで使う弁付きのシュノーケルだ。
シュノーケルは充分に長いので、空気口は水の塊の外側まで届く。呼吸を確保したすずさんは、落ち着いて空にある月の明かりとは反対側に
「すずさん! 大丈夫ですか?」
俺が尋ねると、すずさんはシュノーケルを口から外して応える。
「ああ、平気さ」
シュノーケルがおあきちゃんの姿に戻る。そしてすずさんは言葉を続ける。
「だけどあの
そこで俺は考える。水の怪物を倒す場合には、凍らせてからというのが定石だ。
どこかの冷凍室へ連れて行って――
冷凍室なんかあるものか。
では、電気分解して水素と酸素に――
電力が確保できない。
俺が考えていると、すずさんが叫ぶかのように声を発する。
「ああいうのはね、沸かして湯気にしちまえばいいんだよ!」
なるほどそうか。しかしこんな川辺でどうやって沸騰させれば――
そこで、俺は以前テレビでやっていた湯を沸かす方法を思い出す。
「すずさん! 焼けた石ってすずさんの妖術で作れませんか!?」
「焼けた石ぃ!? そんなの、そこらにある石を炎で熱すれば
そう、宙を飛ぶ炎なら
15メートルほど離れたところにはあの
すずさんが立ったまま、足元に転がっている大きさ20センチメートルほどの石に上から手をかざすと、その石の周りを炎の渦が駆け巡り、みるみる灰色だった石の様子が熱を持った赤色に変わる。
「なるほどねぇ。こいつをあの
すずさんが舌をなめずる。
すると、
「げこっ! げこっ! げこっ!」
すずさんが叫ぶ。
「ちぃっ! これは、
その言葉が終わるが速いか、霧の中から飛んできた舌がすずさんの右腕に巻きつき、すずさんを引っ張る。
「すずさん!」
俺は、咄嗟に宙に浮いたすずさんの左腕を引っ張る。すると
すずさんが、どさりと地面に落ちて腰をつく。そして言葉を発する。
「二人一辺には食おうとしないみたいだね。一人ずつ寄せて片付けるつもりだね」
すずさんが
「すず姉ぇ! あたしが焼けた石になってわざと食べられるよ!」
その言葉に、すずさんがすぐさま否定する。
「おあき、胃袋に入っちまったら術が解けるかもしれないんだよ? そんな危ない目にはあわせられないよ」
「俺も同意見だよ、おあきちゃん。
すずさんと俺の言葉におあきちゃんはしぶしぶ
俺は作戦を考える。あの
そして、俺は思いついた作戦をすずさんに伝えた。
俺はすずさんの傍でおあきちゃんの化けた銃を構えていた。上空に銃口を向けて
タタタン! という軽快な炸裂音が夜霧の中に響く。
銃はここにあるぞ、武器はここにあるぞ、という
おまえは、おそらく音を出すこの銃を飲み込みたくて飲み込みたくてしょうがないのだろう。飲み込んでみろ、霧の中から舌を出して飲み込んでみろ!
霧の中から舌がひゅるりという風切り音と共に伸びてきて、銃に巻きつく。
かかった!
しかしここで飲み込むのは銃でない。スポーツバッグから取り出し、銃に巻きつけてあったハンドタオルだ。
銃をすっぽりと覆うように巻きつけてあったハンドタオルは、
おそらくあの
俺は隣にいるすずさんに叫ぶ。
「すずさん! 術を解除してください!」
「あいよ!」
すずさんは目をきっと睨ませる。
あのハンドタオルを飲み込んだのなら、仕込んであった罠が術の解除とともに発動するはずだ。
「ぐえぇぇぇぇぇ!」
夜霧の中から
8メートルほど離れた場所にいた
あの
すずさんが術を解除し、ハンドタオルの影からちりちりに熱せられた石が出てきて、
「ぐえぇぇぇ!」
最後の力を振り絞ったのか、
俺はおあきちゃんの手を取る。
「おあきちゃん! 変化して!」
「うん!」
おあきちゃんはそう言うが早いか、俺の思い描いた道具に
「すずさん! これをかぶってください!」
俺は、その道具を隣にいるすずさんの頭に取り付ける。
おあきちゃんの変化した道具は、体温を赤く表示してくれるサーモグラフィ機能のついた赤外線スコープだ。すずさんはスコープを頭にかぶり、口元をにやりと歪めたようであった。
「おうおう! こりゃ
すずさんはさっきまで
――そんなに近くに来ていたのか。
「傷口から炎を注いでやるよ!」
赤外線スコープをつけたすずさんは、
「ぐぁっ! ぐかっ! げげぇ!」
術が解けたのか霧も晴れ大気がクリアとなる。すずさんの持つ
そのまま一分くらい経っただろうか。
蛙の巨大な干物からは命の明滅が蒸発している。妖怪退治が完了したということだ。
すずさんが赤外線スコープを外すと、その道具はおあきちゃんの姿に戻る。
一際大きな光点、つまり
すずさんが口を開く。
「
この場所は数日前にお祓いを頼まれた場所であり、いずれ徳三郎さんがここに来てお祓いをする
そして、お足として
――俺も、少しぐらい権利を主張してもいいよな。
俺は、今度すずさんにお小遣いを要求してみようと思った。
せっかくの江戸時代だし、いつ帰れるかわからないから色々みて回りたい。
いつか未来で、何もかも話せる相手に思い出話ができるように――