江戸時代では、夜の明るさは月の満ち欠けに大きく依存する。月が出ていない夜なぞ、
もう少し経てば、
とにかく江戸の夜は星が綺麗であり、未来ではモニターの向こうや図鑑の写真でしか見れなかったものとまったく同じ形の銀河が、夜空にくっきりと現れるのである。
江戸に来てその無数の
電気による
俺がそちらの方を向くと、土手の下のほうに血気盛んそうな男が二人、殴り合い掴み合いの喧嘩をしているのがわかった。周囲には当然のごとく人だかりができている。
「すず姉ぇ! あれ!」
おあきちゃんが、喧嘩をしている二人を指差す。すずさんも応える。
「ああ、ありゃぁ
すずさんが喧嘩する二人を見ながらそんなことを言うので、俺は尋ねる。
「あれ、ただの喧嘩じゃないんですか?」
俺がそう言うとすずさんは
すずさんは
「りょうぞう、ちぃとばかり目を
すずさんにそう言われて俺は目を
「よし、目を開けていいよ」
すずさんが言ったので、俺は半分期待を混ぜた感情で恐る恐る目を開ける。
すると、今まであった光景とは明らかに異なった、幻想的な光景が川べりに広がっていた。
川の方に視線を向けると、河原にはお盆の
両親と一緒に歩いている幼い男の子の上には、優しそうなお婆さんの姿が見える。しかしそのお婆さんは半透明で宙に浮き、足が無かった。
酔っ払ったような足取りで歩いているさらしを巻いた任侠者風の中年男は、宵の口だというのに月の影がはっきりくっきりとどす黒く地面に現れている。そのどす黒い影から、骸骨になってしまった腕が伸び、苦しんでいるかのように動いている。
若い男と
見えるべきでない幻想的なものがありとあらゆる所に見える。明らかに、ただの人間である一介の高校生が
俺はすずさんに向き直る。すずさんの
俺はすずさんに問いかける。
「すずさん!? これは何ですか!?」
すると、いかにも妖狐らしい見た目になったすずさんが、赤くなった瞳を俺に向け、口からやはり実体のない牙を見せながら答える。
「りょうぞうの目を少しの間だけ
――なるほど、これもまた妖怪の術か。
俺は率直な疑問を返す。
「でも、こないだの鶏の妖怪の時は俺の目にも見えましたし、
「ああ、
すずさんの話に、俺はなるほどと
「りょう兄ぃ! あそこ! 喧嘩してる人たちの上を見て!」
すずさんと同じく、実体のない
殴り合っていた男達は、互いに血を流してめちゃくちゃな取っ組み合いをしていた。
喧嘩をしている男達の上には、頭に黒い紋のようなものがある巨大な
取っ組み合いの喧嘩をしている二人に岡っ引きが駆け寄り、喧嘩の仲裁をする。二人とも互いに殴りあったので、顔はぼこぼこになっている。おそらく歯も何本か抜けているだろう。
すずさんが口を開く。
「りょうぞう、兎の
狐耳が生えたすずさんは、怒っているのか楽しんでいるのか、狐のような笑顔で瞳孔を細めて舌なめずりした。
夜がふけて深夜になり、俺たち三人は再び河原に来ていた。
俺は上に半纏を羽織りシャツにジーンズにスニーカー、おあきちゃんはいつもの赤茶色の振袖着物、すずさんは巫女装束である。
満月は既に真南を越えて西に傾き始めようとしていた。この前のように、俺の影の中にはスポーツバッグとナップサックが隠されている。
土手にある無人のはずの屋台から大きくいびきが聞こえているので覗いてみた。酒が入っているのであろう
俺はその酔っ払いが凍死しないように、着ていた半纏を被せてやる。
すると、すずさんが話しかけてくる。
「りょうぞうはおせっかいだねぇ、まだ
そう言われたものの気になるのだからしょうがない。江戸の地面はアスファルトなぞで覆われていないので、残暑の時期でも日が沈んだらすぐに気温が下がるのである。
俺たち三人は、浮遊しているすずさんの狐火に照らされて、注意しつつ土手の坂を下りる。人はもう見当たらなかった。深夜の涼しい風が河原を撫でる。
すずさんが、おあきちゃんに何かを伝えると、おあきちゃんは瞬く間に柴犬に変身した。
「わんっ!」
おあきちゃんが化けた柴犬が吠える。
――まったくもって本物の柴犬にしか見えない。
すずさんが、柴犬に化けたおあきちゃんに話しかける。
「じゃあさ、おあき。あの兎の匂いを追っておくれ」
「わんっ!」
柴犬が元気に声を出し、満月の明かりに照らされた地面に鼻をつける。
しばらくそこかしこを嗅ぎ回っていたが、ある場所にて大きく首を上げる。
「わんっ!」
「おっと、兎の
「わんっ!」
おあきちゃんが化けた犬は、そうだと言わんばかりに尻尾を振って、匂いの後を
俺たち二人が蛇行しながら柴犬の後をついていくと、川べりにて柴犬になったおあきちゃんが申し訳なさそうに「わふう」と
「あー、こりゃまいったねぇ。おあき、戻っていいよ」
そうすずさんが言うと、柴犬の姿がしゅるりとおあきちゃんの姿に戻る。
「おあきちゃん、どうしたの?」
俺の問いかけに、おあきちゃんがしょんぼりした様子で口を開く。
「川で
「どういうこと?」
俺がおあきちゃんに尋ねると、すずさんが解説を入れる。
「
つまり、あの兎の妖怪はもうここに現れないということだ。
「そんな! じゃあ俺もう帰れないんですか!」
俺はつい、悲痛に叫んでしまった。
すると、おあきちゃんがますますしょんぼりする。目には涙まで浮かんでいる。
「ごめん、ごめんね、りょう兄ぃ。あたしがりょう兄ぃを連れて来なければ、未来に行ったときに道に出なければ、そしたらりょう兄ぃを
おあきちゃんの声が涙声になったので、良くない叫び声を上げてしまったと思った俺は、目の前の幼い女の子に柔和な口調で伝える。
「違うよ、おあきちゃんのせいじゃないよ。俺はおあきちゃんじゃなくて、あの兎にこの時代に連れてこられたんだからさ。あの兎を退治すれば済むことだろ? おあきちゃんを責めてなんかいないよ」
「だって……だって……あたし、悔しくって……あの時もう少し考えて動けばって……」
おあきちゃんが、ぐすっぐすっと泣き始めている。
俺は軽率に叫んだ自分を叱責したい気分になった。おあきちゃんは言葉には出さなかったけど、本当はずっと苦しんでいたのだということに気付いた。
俺は、これはいけないと思って言葉を選び、優しく話しかける。
「ううん、違うよ。俺はこの江戸に来て良かったこともいっぱいあったんだ」
「
おあきちゃんの涙が止まる。
「本当だよ。俺は江戸に来てすずさんや徳三郎さん、屋次郎さんや竹蔵さん、お梅さんとか普通に生きていたら絶対に会えない昔の人と話ができたんだ。それに、この時代でしか見れないものも沢山見たし、とても貴重な経験だったよ。それに較べたら、しばらく帰れない事なんて気にしてないよ」
俺はそこで言葉を区切る。すずさんは隣で、黙って聞いている。
そして、俺はおあきちゃんの手をとる。
「それに何より、俺の事をそんなに考えてくれている、おあきちゃんにも会えたしさ。だから自分を責めないでね」
すると、おあきちゃんは気分を取り直したように、涙目のままにこりと笑った。
「ありがとう! りょう兄ぃって優しいんだね!」
おあきちゃんが笑顔になったところで、すずさんが口を開く。
「まあ、あの兎の
その言葉に、俺は応える。
「誰かって、他に仲間がいるんですか?」
「まあ、表にも裏にも色々ね。巫女なり妖狐なりの
すずさんが、そこまで言ったところで、俺の背筋を貫くかのような激情が襲った。
「うわっ!」
「どうした!? りょうぞう!?」
「な、なんだか! 気分が昂ぶって! 怒りが!」
俺の腹の底から、マグマのような怒りの感情がこみ上げてくる。誰に対するものでもない、
するとすずさんは、速やかに例の
「りょうぞう、落ち着いたかい?」
すずさんの言うとおり、俺の気分は嘘のように即座に沈静化した。
俺は尋ねる。
「あ、はい。なんだったんでしょうか?」
おあきちゃんが上空を見上げ、指差した。
「あれ! あの雀があんな高いところにいる!」
その言葉に、俺もすずさんも上空を見上げる。30メートルくらい上空だろうか、あの大きな雀が上空を月の光を受けて旋回していた。
すずさんが口を開く。
「ありゃ、
「ということは、あの薬を塗れば俺が他の妖怪の妖術にかからないようする事もできるって事ですか?」
俺がそう尋ねると、すずさんが返す。
「
あの
「おあき、
「うん!」
おあきちゃんはそう応えると、すぐさま
――弓矢だけでなく鉄砲にもなれるのか、火薬とか弾丸にもなれるなんて凄いな。
すずさんは上空を見上げつつ、隣に狐火を浮かせたまま火縄のついた鉄砲を水平に構え、何やら呪文を
「ちっちちっちと鳴く鳥は、しちぎの棒が恋しいか。恋しくんば、ぱんと一撃ち。ちっちちっちと鳴く鳥を、はよ吹きたまえ伊勢の神風」
すぐ近くだったので、はっきりと呪文を聞き取ることができた。そして、上空を旋回している
浮かべた狐火で銃の火縄に着火したすずさんが銃身の仰角を上げ、にやりと口角を上げて叫ぶ。
「恋しくんば、ぱんと一撃ち!」
ぱぁん!
すずさんが引き金を引くと、火縄銃から威勢よく煙が上がる。満月の光を受けて遠くを飛んでいた夜雀は、その場から下に落ちた。
俺は声を上げる。
「やった!?」
あまりにもあっけないと俺は思った。雀は屋台の辺りに落ちていった。
すずさんが嬉しそうな声を出す。
「よし!
すずさんはおあきちゃんの化けた鉄砲を持ったまま、川べりから土手の上にある屋台に向かって走る。俺も後をついていく。土手の坂を登ったところで、すずさんがいくつも並んでいる屋台の一つを覗き込む。
「あれぇ? おかしいねぇ? この辺りだと思ったんだけどさ?」
「本当にこの辺りなんですか?」
俺がすずさんにそう尋ねた直後だった。
隣にあった屋台の陰から飛び出してきた男にタックルされ、俺は地面に叩きつけられた。
「ぐはっ!」
背中を打った俺が声を出す。
「りょうぞう!」
すずさんが叫び、火縄銃の照準を男に定め構える。俺に組み付いている男は叫ぶ。
「てめぇこの
手首には
「りょうぞう!
すずさんが火縄銃の火縄に狐火をつけ、引き金に指をかける。
――男を撃ち殺すつもりだ。
男にのしかかられた俺は叫ぶ。
「待って! 撃たないでください!」
その声に、すずさんは引き金から指を離す。俺には何の落ち度も無い人間の命を奪う事なんてできない。
すずさんが焦ったように叫ぶ。
「でも、そう
薬が使えないという事を聞き、俺は必死になって考える。そして案を思いつく。
「おあきちゃん! こっちに来て! 俺の思ったものに化けて!」
俺が叫ぶと、火縄銃に化けていたおあきちゃんが女の子の姿になり、組み伏せられている俺に駆け寄ってくる。
俺が男の腕から片手だけを離すと、即座に自由になった男の片手が俺の首を絞めた。
「りょう兄ぃ! すぐ化けるから!」
俺は外した方の手を伸ばし、おあきちゃんの手を取る。
――鉄砲に化けられるのだったら、他の道具にも化けられるはずだ。
俺は頭の中で電撃を放つスタンガンを思い浮かべる。
次の瞬間、俺の手にはスタンガンが握られていた。スイッチを入れるとバチバチと電撃の火花が飛ぶ。
俺は、男が死なないように注意して、首筋にスタンガンの電撃を押し付けた。
男の体がびくんと痙攣したと思ったら、そのまま俺の横に倒れ鼻提灯を膨らました。呼吸をしているので、生きてはいるようだった。
俺が男を脇によけ、立ち上がる。すると、倒れた男の
雀は弾丸を食らって血を流している。本当にとり憑いていたようであった。
おあきちゃんがスタンガンから変化を解き、すずさんが月光の下で険しい顔をして近づく。
「さぁて、大人しく調伏させてもらおうかい」
その言葉に反応したのか、夜雀は鳴き声を出すわけでもなく大きく翼を広げた。
すると、異常事態が起こった。
まるで、明るさを感じる感覚神経を殆ど残らないほど麻痺させられたような状態だ。
闇の中から声がする。
「すず姉ぇ! りょう兄ぃ! どこにいるの!?」
「ちっ! これは夜雀の本来の
すずさんの声がそこまでしたところで、悲痛な叫び声を上げる。
「あぁぁぁぁ! 片目を食われた! おあき! りょうぞう! 目を守れ!」
すずさんがどうやら片目を食われたようだった。夜雀は俺たちを夜目が利かないようにしてからゆっくりと料理する気だ。俺は両目を片腕で守りながら叫ぶ。
「おあきちゃん! 自分の目を守りながらすずさんを治して! それからすずさん! 俺の
「どうする気だい!?」
「いいから出してください!」
今、あの夜雀はどこにいるのだろうか。俺が目の前から腕を離したらすぐさま俺の目を
――確か、救急箱の近くに置いたはずだ。
記憶を頼りにスポーツバッグの荷物を掻き分ける。そして、お目当てのものを見つける。
――あった、間違いない。
そして俺は、近くに寝転んでいた男をこれまた手で探り当て、手に結び付けてあった
――来やがれ、雀野郎!
俺は目の前から腕を除け、目を見開く。あの妖怪が目を
ざくり。
「がぁぁぁぁぁぁ!」
目に激痛が走る。しかし、その代わりに目の前に来た夜雀をしっかりと掴んでやった。俺は力を込めて夜雀を握り潰そうとする。
「
俺は雀の
雀が鳴き、自信たっぷりに羽ばたく。鳥が上へと舞い上がるような感覚と共に、俺の両手は質量を失った。
「りょう兄ぃ! 大事ない!? 今治すから! どこにいるの!」
おあきちゃんの声が聞こえたので、そちらの方向へゆっくり足を運ぶ。二、三歩歩いた所でおあきちゃんの体にぶつかった。
「大丈夫、ここにいるよ」
俺は眼窩から流れているであろう血をおあきちゃんの着物につけないように注意しつつ腰をかがめ、おあきちゃんの手を握り自分の眼前に誘導する。ただ、激痛は絶え間なく続いている。
「治してくれる?」
「うん!」
おあきちゃんの声と共に、目が温かく癒されるのを感じる。無くなったはずの片目にそっと
すずさんの声が響く。
「りょうぞう! ありゃなんだい!? きらきら光るものが空を飛んでいるよ!」
俺もその方向を見ると、月の光を受けてきらきら
「ランニング用の蛍光タスキですよ! 男が手に持っていた
練ったご飯粒を羽毛としっかり絡めてやったので、そうそう落ちはしないだろう。
俺がそう叫ぶと、すずさんが明るく声を出す。
「そうかい! よくわからないけど、あの光る奴が
「うん!」
闇の中でおあきちゃんは、即座に先ほどの火縄銃に変わったのだろう。鳥目の術のせいで光を見づらいが、弱弱しい狐火の光が火縄に着火したようにぼうっと
ぱぁん!
闇の中に銃声が響く。しかし遠くを旋回する光るタスキは落ちず、東の川向こうの森の方向へ帰ろうと向きを定める。すずさんが叫ぶ。
「ちいっ!
すずさんの悲痛な叫び声が聞こえ、俺はすずさんに近寄り肩を掴む。
「すずさん! おあきちゃんに、今から俺が思い描くものに化けなおさせてください!」
そして俺は、すずさんが構えるおあきちゃんの化けた火縄銃に手を伸ばす。
すずさんが声を響かせる。
「おあき! 聞いたか!? りょうぞうの思ったものに化けな!」
その言葉と共に俺は火縄銃に触れつつ、動画サイトや海外のニュースでしか見たことの無い飛び道具を心に思い浮かべる。
この前に、モニターの向こう側でしか知らない有名な俳優に演技力もコピーして化けられたのだから、画面の向こうにしか見たことの無い武器にも性能を再現して化けることもできるはずだ。
化け直しが完了したのか、すずさんが闇の中から声を響かせる。
「りょうぞう! こりゃなんだい!? 鉄砲みたいだけどさ!?」
「
俺の言葉に、すずさんは威勢の良い声を返す。
「わかったよ! 少し離れな!」
俺がすずさんから一歩引くと、すずさんは東の川向こうに飛び去りつつある蛍光タスキの輝きに向かって、ショットガンを放つ。
バァン!!
閃光で一瞬だけ見えた爆音を背景に銃を構えるすずさんは、切れ上がった両目を見開き、実に嬉しそうに笑っていた。
と、同時に周囲が明るくなる。満月の光は
――満月の光って、こんなに明るかったのか。
俺は、
撃ち落とされた
すずさんがにじり寄りつつ口を開く。
「観念しな」
その言葉と共に、
夜いきなり顔に自動車のハイビームを受けたような感覚に襲われた。
周囲の光が
すずさんも同じようになっているのだろう、俺に向かって叫ぶ。
「くぅっ! こいつの
すずさんはどこにいるのか、俺は手を振り回す。いきなり真昼間の砂漠に連れてこられたように目が
すずさんと右手が触れ合った俺は、すずさんがその手に持っている
「おあきちゃん! 今から俺の思ったものに化けて!」
その言葉を発してすぐ、俺の右手にはこの事態を解決する装身具が握られていた。
◇
ふと、気配を感じ首を回し後ろを見上げる。月光の中に大きな石を両手で持って立つ男の姿があった。目に何かを着けている。狸の模様みたいに黒い
その男は、真っ直ぐこちらに向かい、己を石で潰そうとしている。あの男はこちらの姿が見えている。光を敏感に感じるようにしたのに何故? 目が
◇
俺が
すずさんが駆け寄る。
「りょうぞう! やったか!?」
「はい、なんとか」
「その、おあきが化けた
「これは、『
俺は、溶接の際に顔に着けるような
「ふぅ、
おあきちゃんの言葉に、俺は石を
すずさんが、
雀の体は、すっと消えた。
光る和紙包みを懐に閉まったすずさんが、俺に向き直ってこんなことを言う。
「りょうぞう、おまいさんが未来に帰るまでの間だけど、あたいらと共に
その言葉に、俺は戸惑う。
「え? どうしてですか?」
「さっきから見せてくれた、
そこまですずさんが言ったところで、おあきちゃんも言葉をかけてくる。
「りょう兄ぃは、嫌? 嫌ならいいんだよ?」
俺の感情が動く。以前感じたちくりと刺された心の傷を洗い流す為には、俺も覚悟しなければならない。
「いえ、俺もすずさんとおあきちゃんの力になります」
そう、俺はおあきちゃんのような子供でも、お稲荷さまの使いとして隠れて妖怪を退治している事実に力になれない後ろめたさを感じていた。すずさんと、おあきちゃんと一緒に、俺が協力できることがあるのならば戦うべきだ。
「そうかい。じゃあさりょうぞう、これからおまいさんが未来に帰るまでの
すずさんが笑顔になる。
「怪我したらすぐあたしが治すからね」
おあきちゃんは真剣な表情でそんなことを言ってくれる。
「はい!」
ごく自然に、俺も口元を
俺の心のわだかまりを流すかのように、荒川の流れはさらさらと音を立てて、月光の優しい光の中を流れていた。