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ヒーローになる時 ①

 ――その後、僕は絢乃さんと里歩さんと三人で、部活の話題で大いに盛り上がった。


 里歩さんは中等部に上がってからずっとバレーボール部に所属されていて、中等部でもキャプテンを任され、その当時もキャプテンとしてチームを引っ張る立場におられたらしい。……ただ、茗桜女子は強豪校ではないため、あくまで「バレーボールは楽しくプレイできればいい」というスタンスでいたそうだ。

 そのうえ、ポジションも花形のウィングだったというから、僕にしてみれば華やかすぎて(?)羨ましい限りである。やっぱり、目立つ絢乃さんには同じくらい目立つ里歩さんのような友人ができるのだろうか。……ん? ちょっと違うか。

 彼女が長身でスタイルもいいので、思わず口に出して褒めたところ、絢乃さんから「それ、セクハラだよ」とお咎めを受けた。――里歩さんは笑いながら「ありがとうございます」と軽く流されただけだったが。


「――ねえ、桐島さんは何か部活やってたんですか?」


 逆に里歩さんから質問を受け、「わたしも聞いたことなかったな」と絢乃さんにまで乗っかられて、僕はたじろいだ。

 中高の六年間、ずっと帰宅部だったなんて答えたら、このお二人はガッカリするだろうか。……特に絢乃さんが。

 僕はけっこう身長が高い方で、しかもほどほどに筋肉もついているのでスポーツをやっていたのでは、と誤解されがちなのだが、実はかなりの運動オンチだ。筋肉がついたのは社会人になってから、総務課でこき使われていたためだ。


「…………いえ、何にも。中学高校とずっと帰宅部だったので」


 とはいえ、ウソをつくのがキライな性分なので正直に白状すると、絢乃さんにガッカリされている様子はなかった。


「なぁんだ。じゃあわたしと同じだね。ちょっと……嬉しいな」


 むしろ、僕とご自身の間に共通点を見つけられて嬉しそうにはにかんでいた。

 でも、同じ帰宅部でも多分、僕と彼女とでは事情や理由が違っていたはずだ。

 絢乃さんは放課後も習いごとやら何やらでお忙しかったから、部活になんて入っている余裕がなかったのだろうが、僕はただ単に先輩後輩の関係に煩わされるのが面倒で入りたくなかっただけなのだ。

 それに、元々僕は平和主義者なので、部活内での揉め事なんかゴメンだったし。……これは運動部・文化部問わず、どちらにも言えることだ。


「え~っ!? なんか意外~!」


 対して、里歩さんのリアクションはなかなかにオーバーだった気がする。この人も僕が帰宅部だったことが意外だと思っていたクチか。



   * * * *



 ――午後八時少し前にパーティーはお開きとなり、源一会長は「疲れたから先に休む」とおっしゃって、加奈子さんに車いすを押されて寝室にお戻りになった。

 そして加奈子さんがリビングに戻ってこられると、お手伝いさん(お名前はやすふみさんとおっしゃるそうだ)も含めた僕たち五人で後片付けをし(「男手があって助かる」と絢乃さんや加奈子さんからものすごく感謝された)、それがすっかり済んだ八時半ごろ、里歩さんが帰られた。外は粉雪が舞っていて、ミニスカート姿だった里歩さんはちょっと寒そうに見えた。


 加奈子さんは会長の様子を見に寝室へ行かれており、安田さんも何やら別の用でリビングからいなくなっていて、気がつくとそこには僕と絢乃さんの二人きり。――秘書室に異動したことを彼女に打ち明けるなら今しかない! 僕は腹を括った。


「――あの、絢乃さん。僕もそろそろ失礼しようかと思ってるんですが、よかったら今から僕の新車、ご覧になりますか?」


「えっ?」


 僕は明らかに、この話題の導入部分をミスった。これじゃ口説こうとして言ったみたいじゃないか!


「先ほど、『お見せしたいものがある』と言ったでしょう?」


「あ……」


 絢乃さんは戸惑っておられたが、プレゼント交換の時に僕が言ったことを口実に使うとすぐにピンときたようだった。やっぱり、絢乃さんは頭の回転が速い人なのだ。


「やっと納車されたので、今日乗ってきたんです。絢乃さんに真っ先にお披露目するとお約束していたもので」


「そういえば……、そうだったね。じゃあちょっと待ってて。部屋からコート取ってくるから」


 確かに、絢乃さんの服装では寒そうだったので、彼女がリビングを出ようとしているところへタイミングよく、彼女のダッフルコートを手にした安田さんがやってきた。……もしや、僕と絢乃さんの会話をどこかに隠れて聞いていたのだろうか?


「ありがとう、史子さん。じゃあ、ちょっと出てきます」


「今日はお世話になりました。楽しかったです。それじゃ、僕はこれで失礼致します」


 絢乃さんがお手伝いさんに手を振ると、僕も彼女に丁寧なお礼を述べ、バッグと新車のキーを掴んで絢乃さんをカーポートまでお連れした。絢乃さんは、茶色のロングブーツ――これも多分、安田さんがシューズクローゼットから出しておいて下さっていたのだろう――を履いて。

 玄関からカーポートまではそれほど離れていない。歩幅は明らかに僕の方が広いが、絢乃さんの歩幅に合わせてゆっくりめに歩いた。彼女がちゃんとついてこられるように。



「――これが僕の新車です」


「わぁ、カッコいい! これってけっこう高いヤツだよね?」


 僕の新車を紹介すると、絢乃さんはそれがすぐにお父さまの愛車と同じメーカーのものだと分かって下さった。それと同時に、「これなら四百万くらいかかっても当然だ」と理解して下さっただろうか。


 僕が新車として購入し、今も愛車となっている〈L〉はいわば高級車の部類に入る。絢乃さんに乗って頂くならせめてこれくらいのグレードでないと、と選んだのだが、かえって気を遣わせてしまっただろうか?


「はい。内装も、絢乃さんに乗って頂くことを考えてこの色を選びました。どうですか?」


「うん、すごくステキだし、乗り心地もよさそう。でも、どうしてわたしのためにそこまで?」


 彼女はすぐに、僕の言葉の裏にある事情を汲んで下さったらしい。――僕がこのクルマを購入したのがご自身のためである、と。だとしたら、そういう決断をした理由を僕もキチンと打ち明けなくては。


「実は……ですね、こうしたのは僕の異動先にも関係があって……。もう、絢乃さんには申し上げた方がいいかもしれませんね。僕の異動先というのは、人事部・秘書室なんです」


「秘書……?」


 絢乃さんは僕の言葉に瞬いた。ご自身がお父さまの正式な後継者となっていること――ひいては次期会長候補であることを、彼女はまだご存じないはずだった。が、首を傾げずに瞬いたということは、きっとそのことにも気づかれているはずだと僕は思った。

 ただ、やっぱりこのタイミングまで引っ張ったのは失敗だったかな、と僕は内心自分に舌打ちした。もしかしたら、彼女は僕が意図的にこのタイミングを狙っていたと気を悪くされたかもしれないのだ。


「はい。こういう言い方は誤解を招きそうですが、お父さまの跡を継がれるのは十中八九あなたでしょう。僕は万が一そうなってしまった時のために、異動や新車購入を考えていたんです。あなたを支えるため、あなたのお力になるために」


 僕は少々言い訳がましくなったが、慎重に言葉を選んでその経緯を彼女に打ち明けた。彼女を傷付けてしまったらどうしよう、という思いで指先が冷えていくのを自分でも感じていた。

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