ばりばりばりぃっ
雷が轟くのが、天界の中でも聞こえた。
「……派手にやってんな」
「ガブリエル様」
シャマインの水場にて、ガブリエルがミカエルとアスタロトを伴い、戻ってきたところに駆け寄るサドキエル。
雷とは神鳴り。神威の一つである。神の光の名を授かったウリエルの力ではない。ウリエルに与えられたのはあくまで神の炎である。
ではこの雷は何者が鳴らしたのか。
「サドキエル、ラファエルと連絡をつけてくれ。ミカエルは毒を食らっている。オレはこいつを牢獄にぶち込んでくる。そうだ、サリエルの所在はわかるか?」
「サリエルですか? サリエルならガブリエル様が向かわれる第五天マティにて断罪のお仕事をなさっているはずですが」
サドキエルの言葉を聞き終えると、ガブリエルは盛大に溜め息を吐いた。
怪訝そうにサドキエルが尋ねる。
「何かあったのですか?」
「……雷が人界に落ちたってことは、ラグエルのやつ、善処するとか言いつつ、早めに見切りをつけたな……」
頭痛が痛いと言いたくなるほどに困難な状況に陥っていることを噛みしめ、ガブリエルは幼い顔立ちに見合わぬ渋い顔をした。
「煉獄に番人も管理人も不在なのは事だろ? 至急、サリエルを帰還させる」
「え、じゃあ、まさか」
ガブリエルの言葉から察したサドキエルから、さあっと顔色が失われていく。それくらいの一大事だった。
ガブリエルは一つ頷く。
「ウリエルとラグエルが人界に落ちた」
神の喇叭。別名審判の喇叭というラグエルの持つ神器は、楽器という見た目にそぐわぬとんでもない力を秘めていた。
アモンとルシファーはラグエルが喇叭を長く吹かないことに対して、デメリットがあるからだろうと推測していたが、それは概ね外れである。少なくとも、ラグエル本人にはデメリットはない。それでも乱発しないのは、ラグエルが神器を預かる天使として、節度を持っているからである。
審判の喇叭は、長く吹けば、雷を起こす。雷とは神鳴りである。神威の一つの顕現。それは並大抵の天使には成せないことであり、四大天使ですら、神威を顕現するほどの力を出せる者はいない。天使時代最も神に近いと言われたルシファーでさえ、神威の顕現はできなかった。
堕天の烙印こそ押されたが、ラグエルは選ばれた天使なのである。
つまるところ、ラグエルとウリエルだけで魔界の最高戦力と言っていいルシファーとアモンを相手にするのは手が焼けるため、手っ取り早く雷で打ち落とし、天界から離れさせたのだ。強引な手ではあるが、この上なく速い解決が見込める手法である。
神威である雷には、ルシファーとて逆らえない。ルシファーは天魔戦争で勝ったわけではないのだから。
ルシファーが勝つということは、神が殺されるということである。神ヤーウェは第七天アラボトに顕在である。故に神威は失われない。
ラグエルは雷を落とした地に降り立った。パッと見ではあるが、人気のなさそうな山を狙った。それでも人的被害があれば後味が悪いので、生命体の存在を確認しつつ、ラグエルは山を歩く。頂のみであるが、禿山になってしまった。
これで悪魔二体が始末できていれば御の字だが、そう都合よくはいかない。ルシファーとアモンの気配が近くからしたため、ラグエルはわかりやすく顔をしかめた。
しゅう、と煙立つそれに声をかける。
「起きろ、三馬鹿」
ラグエルは容赦なく、積み重なった三人を蹴りつけた。起きろとは言ったが、そう簡単に目覚めることはないだろう。何せ、雷を直で受けたのだ。
蹴りつけて、一番上から転げ落ちたアモンの負傷が一番酷かった。ほとんど全身が焼け爛れている。よく消し炭にならなかったものだ、悪魔は体が頑丈だな、とラグエルは斜め上方向に感心した。人間なら、火傷痕が残るであろうレベルだが、悪魔はどうなのやら。
アモンの下にいたのはルシファーである。なるほど、長であり上官であるルシファーを守るためにアモンは盾になろうとしたのか、とラグエルは目をすがめた。だが、ルシファーもただでは済んでいない。アモンが盾になったことにより、直撃は避けられたものの、熱による火傷が綺麗だった白い肌に赤く浮き上がっている。水ぶくれを起こしているなら、つついて潰してやろうかな、などとラグエルの脳裏に考えがよぎるが、ルシファーは細いものの、息をしていた。
堕天使の長たるルシファー。こいつが三馬鹿を三馬鹿にしている。ルシファーを蹴り、避ければ、下敷きになっているのは無傷のウリエルである。悪魔であれば、ウリエルもただでは済まないのだが、堕天の烙印があるとはいえ、無罪を証明した天使の端くれである。神威の影響を受けない。また、雷によって生じる熱もウリエルの肌を爛れさせることはない。ウリエルは炎を授かった性質上、火傷は負わない体質なのだ。
そんなラグエルでも知っているようなことをウリエルと因縁浅からぬルシファーが知らぬはずもない。ウリエルを庇おうとしたのだが、全くの無駄な上に杞憂、その上唯一無二の部下を瀕死にさせるとは、馬鹿という罵倒だけでは足りないような脳みそをしている。
ガブリエルには雷を使わないよう善処する、と言ったが、善処するには善処ができなければならない。残念ながら、ラグエルの力ではルシファーにもアモンにも歯が立たず、喇叭の力で一時停止させられたところで、その場しのぎにしかならない。ウリエルに攻勢の機を与えうる一瞬ではあるが、ラグエルがそこに加勢できる程度の戦闘能力を持っていなければ、ただのいたちごっこである。無意味な時間を割いて、ウリエルを消耗させるのは得策ではなかった。
と、正論を説いたところで、あの少年天使は「そんなことわかってるわ!」と怒り狂うのみである。良くも悪くも叡知の天使なのだ。
「さて、と。これならさすがに私でもとどめを刺せるでしょう」
ラグエルは落ちていた先の鋭い木の枝を拾い、重傷のアモンの元へ向かう。闇討ちだ卑怯だと言われようと、天命を全うするには手段を選んでいられないのだ。
「さようなら」
ラグエルが枝を振り下ろす。