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第16話 ああ、暁に燃ゆ

 誰も認めはしないけれど、ウリエルは罪人だった。堕天されなくとも、神罰を降されなくとも、その罪はウリエルの中に重く重く残り続ける。

 だからウリエルは罪人を捌くのに、命を賭すことを厭わない。


 ごおっとウリエルがルシファーを巻き込んで燃え上がるのを見ながら、ミカエルはアスタロトを捕獲した。

「ウリエル!」

 やめろ、と叫ぼうとしたところで、ちゃき、と槍の穂先が首筋に当たった。ミカエルは硬直する。それがウリエルの槍ではなかったからだ。

「俺が神の炎に対策をしていないとでも思ったか? 無能」

 嘲るような声。ミカエルの中に絶望が走る。

 ウリエルがルシファーを巻き込んで燃えたのは捨て身の特攻とも言える行いだ。それをルシファーは易々とかわしたということになる。

「まあ、髪と耳はちと焼けたが、箔がつくというものよ」

「なら、次はどんな箔がいい?」

 斬、とルシファーの胴を薙ぐ者があった。ルシファーはそれに素早く反応し、槍の柄で受ける。かん、と軽い音が鳴り、瞬間、槍に炎が走った。それを見てルシファーは後方に飛ぶ。

 ミカエルは前後不覚だが、それでも戦闘の邪魔にならないようにと戦いの場から離れていく。

「おいおい、お仲間を見捨てるのか? 天使の頂点の大天使サマがよぉ」

 ルシファーの安い挑発は、炎の壁が遮ってくれた。ミカエルは真っ直ぐ、天界の入り口を目指す。

 が。

「想定内だからいいけどよ、オレを連れて来るなよな。オマエと違ってウリエルには会いたくねえんだよ、ルシファー」

 ぶつくさ文句を言いながら、ミカエルの頭を殴り付ける存在。堕天使の王たるルシファーにこんなに気軽な口を叩けるのはただ一人。

 ミカエルが顔を確認しようとするが、ものすごい勢いで頭を戻され、顔面に膝を叩きつけられる。鼻が折れた感触がした。

「ルシファー、このボロ雑巾どうする?」

「捨てておけ。放っておいても死なんだろ。どうせ天使たちが助けに来る」

「そーか」

 んじゃ、と声は気軽な声を出し、ミカエルの体を片手で持ち上げた。まるでただ投球するかのように、振りかぶる。短く雑多に切られた髪が靡いた。

 気を失ったミカエルを闖入者は容赦なく投げる。遠い遠い地面へとミカエルが落ちていく。

「ミカエ」

「行かせねえよ」

 ウリエルの胸元にとん、と槍の柄が当たる。ウリエルはきっとルシファーを睨み、下向きにしていた槍をくるりと返す。かん、とルシファーの槍が弾かれるが、ルシファーはのけ反ってウリエルの槍を避けていた。

「自身の右腕を連れて来るとはな。シャムシェルとの契約はよほど大事だったらしいな」

 ウリエルは突きを放つ。心臓、臍、肩。急所めがけて繰り出される槍を、ルシファーは弾いていなす。

 弾かれた槍を握り直し、ウリエルはルシファーの首めがけて槍を振るう。ルシファーは不敵に笑い、ウリエルの槍に自分の腕を当てた。ばしりと肉が叩かれる嫌な音がする。

 そのままルシファーは腕をくるりと回してウリエルの槍をいなし、がしりと掴む。盗りに来たか、とウリエルは察したが、そのまま槍を軸にルシファーの背面へ飛ぶ。ミカエルの援護に。

 ルシファーの背中を蹴って突撃した先で、闖入者と目が合う。

 少し跳ねた黒髪。かち合うのは同じ琥珀色。相手の方が赤みを帯びている。眉目秀麗なのはウリエルと同じ。堕天した者だが、神罰を受けていない。

 くつ、とウリエルと同じ顔が好戦的に片方の口端を吊り上げる。

「いつ見ても忌々しいな」

 ルシファーの右腕とされる堕天使、アモン。炎の悪魔としてその名を轟かせている彼にとって、ウリエルと同じ顔であることこそが神罰と同じ意味を持つほどに重い現実であるからかもしれない。神罰が降されないのは。

 炎の悪魔アモンはルシファーが神に反旗を翻したとき、真っ先にルシファーに加勢した堕天使だ。炎の力を使うというだけで、取り立てて反意も見られなかったアモンが、ルシファーと共に神に立ち向かう道を選んだと聞いたとき、誰もが驚いた。それくらいアモンは天使の手本となるような模範生だったのだ。

 なるほどな、とウリエルは得心する。アモンの炎は神の炎ではないものの、ウリエルに対策するにはうってつけである。ウリエルと戦うことを前提としていたなら、アモンがルシファーと共にいることに何ら不思議なことはない。

 ただ、顔立ちはウリエルと同じであるが、他が全て同じわけではない。飛んできたウリエルに対し、素早く反応し、顔面めがけて繰り出された拳は雄々しく、筋骨隆々とまではいかないまでも、男らしさを感じさせる体躯をしていた。

 ウリエルはその拳を半分ほどの厚みしかない手で受け止めるが、アモンのパワーが勝り、ぐん、と押し返され、体勢を崩す。アモンはそんなウリエルの鳩尾に爪先を蹴り入れる。

 くはっと空気の塊を吐きながら飛ばされたウリエルを抱き止めたのはルシファーだった。愛しげに、花でも愛でるかのようにウリエルの髪を撫でるルシファー。ウリエルは咳き込んで、それどころではない。

「あまり無体をはたらくなよ、アモン。ウリエルに痛みや苦しみを与えていいのは」

「へいへい、わかってるよ。そりゃオマエだけだ、ルシファー。こんくらいで妬くんじゃねえよ。ちょっと撫でただけじゃねえか。はー、やだやだ。男の嫉妬は見苦しいねえ。まあ、抱くなら蛇異形より、儚げな美人のがいいってのはわかるけどさ」

 よいしょ、と放置されていたアスタロトを担ぐアモン。ここまでルシファーと対等に軽口を叩けるのはアモンしかいない。天魔戦争を始めた二人だ。それだけ信頼が深いのだろう。

「儚げといえばシャムシェル懐かしいな。久しぶりに会ってみたかったぜ」

「好みなのか?」

「性癖ど真ん中ではねえけど、守備範囲内だな。さて、帰りますか」

 戯れに喋りながら、アスタロトとウリエルの無力化を確認し、アモンとルシファーは魔界へ戻ることにした。自分たちの目的とシャムシェルからの依頼を達成するために。

 ぱーーーーーーーーんっ!

 が、立ち去りかけた二人の鼓膜を破ろうかというほどの鋭い破裂音が天空に鳴り響いた。

「ほーーーーーら、やっぱり厄介なことになっているじゃないですか! 私が足止めしておきますから、ガブリエル殿は援軍をさっさと呼んできてくださいよ」

「四大天使を顎で使うのお前くらいだよ……」

 上昇してきたのは子ども姿の天使と天使というには醜い見た目をしている喇叭を持った天使。ガブリエルとラグエルだ。

 ガブリエルの腕の中には先程アモンが投げたミカエルが。悪運の強いやつめ、とルシファーが忌々しげな顔をする。

 と、いつの間に、ラグエルはルシファーの至近まで寄り、ウリエルの頬をぺちぺちと叩いていた。

「ウリエル殿、寝てる場合じゃないですよ。確実極刑の二人組を裁かないなんて、炎の断罪者の名が泣き」

 ぶん、と音を立てて振るわれた拳を、ラグエルは屈んで避ける。アモンが軽く舌打ちをした。

「はあー……この四大天使バケモンは一対多でもいいでしょうけどねえ……私は嫌ですよ! 化け物二匹の相手を一人でなんて」

「そうだな」

 ラグエルに応えたウリエルは、ルシファーに裏拳を食らわせていた。

「加勢、感謝する」

「あんまり私に力使わせないでくださいよ」

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