シャムシェルに第二極刑を言い渡した断罪者の目は炎を映して赤色に燃え上がる。苛烈な神の炎がシャムシェルの顔面を食らう。
が、ぱぁん、と炎が弾けた。水気を孕んだ髪をふるふると揺らし、シャムシェルは何事もなかったかのように微笑む。
「お喋りは嫌いですか? ウリエル様」
朗々とシャムシェルは語る。
「第二極刑……永劫刑と呼ばれる拷問処刑の目的は一つです。徒に苦しめるだけではなく、頑なな堕ちた者に罪を認めさせ、懺悔の言葉を血反吐を吐きながら言わせ続けるため。だから罪人は手足の末端から焼かれ、死なない程度に炙られてなぶられる。それとは別に、ちゃあんと言葉を話せるように、顔と喉だけは潰さない、という掟がありますでしょう?」
シャムシェルの言う通り、第二極刑の目的は懺悔させ、悔い改めさせるというところにある。いくら悔い改めても責め苦が終わることはないが。
シャムシェルの顔を焼いたウリエルの行動は第二極刑としては悪手に他ならない。
無論、四大天使に名を連ね、炎の他にも知識の象徴である本と共に描かれるようなウリエルがただそんな愚を犯すわけがない。
顔色一つ変えず、さらりと返す。
「戯れだ。副官がお喋り好きなことを忘れるほど耄碌していない」
「ふふっ、嬉しいです」
「おい、ウリエル!」
ガブリエルが氷壁の中から難色を示す。
「元副官に情を抱くのは結構だが、遊んでいる場合じゃないぞ」
「承知している」
「いいじゃないですか、そう堅くならず、ガブリエル様もお話ししましょうよ」
ガブリエルはきっとシャムシェルを睨む。
「……時間稼ぎだろう?」
ガブリエルの一言に、シャムシェルの顔から笑みが少しだけ引いていく。
「アスタロトの気配が天界にない。お前、アスタロトを天界から出すためにわざと派手に魔術を使っていたんだな? 抜け目ないやつめ。別に仲がよかったわけでもなかろう」
四大天使の一人、ガブリエルは神の眸を授かっている。それはありとあらゆる事象を見抜く千里眼と言われ、様々な預言をもたらした。
けれど、見事見抜かれても、シャムシェルは動揺する気配など一切見せない。少し変わった風が吹いただけであるように、静かに微笑んでいる。
にこ、と笑うと、シャムシェルの口から一言。
「わかっておいでで見逃したのですよね?」
その一言に、ガブリエルはさあ、と顔を青くした。
「ボクの思惑をそこまで見抜いていたのなら、アスタロトさんがもう外に出られたのは、ガブリエル様のご厚意ということでございましょう? まさか、四大天使ともあろうお方が、わかっていて力及ばず、なんてこと、あり得ませんものね」
顔は穏やかに笑っているのに、明らかに嘲りを含んだ挑発の言葉。ガブリエルは言い返せずに歯噛みする。
力及ばず。そんなのは、ウリエルを天界に呼び出している時点でそうなのだ。ウリエルがいなければ、罪人一人にすら手こずる始末。
「アスタロトさんはもう外ですよ。義理難い方で、ボクが囮になることを最後まで渋っていましたけれど」
「さっきの戦闘の隙に……!」
だからわざわざシャムシェルは水場の水を使っていたのだ。水場を抜けなければ外に出られない。水場は邪悪なものを通さない。だからこそ派手に水場の水を消費し、移動させることで、堕天使一人が掻い潜る隙を作った。
ウリエルと戦闘をしながら、そんな器用なことをやってのけるなんて、とガブリエルは渋面を浮かべる。
「お前を始末して、さっさとアスタロトも始末すれば良いだけのこと」
ウリエルは槍の穂先をシャムシェルの首に突きつける。シャムシェルは意に介した様子がない。
シャムシェルははっきり言って異常だった。この堕天使は永劫刑を恐れていない。ウリエルと会うことが目的で、罰されてもいいとさえ思っている。普通の思考じゃない。
「シャムシェル」
サドキエルが意を決したように、氷壁の向こうのシャムシェルに声をかける。シャムシェルは穏やかな声で、なんですか、と応じた。
それでも尚、言うのを憚っているらしいサドキエル。俯きながら、憂いを帯びた眼差しで、シャムシェルに問う。
「あなたが堕天の法を犯した理由に関して、様々な憶測が飛び交っています。その中でも、法を犯したのに、神罰を受けないことに関する考察の一説が、まことしやかに囁かれています。
シャムシェル、あなたは、人間と故意に性交渉をしたのではなく、襲われたのではないですか?」
それを今聞くのか、とガブリエルはサドキエルを見る。サドキエルの目は真剣そのもので、当然ながら冗談を言っている雰囲気もなかった。
「私はこう考えます。あなたは天魔戦争でウリエル様の副官として、多大な功績を持っていますが、人間にその話は有名ではありません。あなたの肖像も人間の間には広まっていない。翼を持たずして飛べる天使が、人界にひっそりと降り立って、粗暴な輩と出会ったら。人間があなたを天使だと知らず、ただ見目のいい異性だと思ったなら。あなたは無体をはたらかれてもおかしくはない。更に我々天使は神より人間を庇護する役目を授かる身。抵抗して、人間を傷つけてはいけない、と思ったのではないですか?」
それがヤーウェの情状酌量として神罰を降さない理由なのではないですか、とサドキエルは問いかける。とても悲しそうに。
これにどんな答えを示したところで、シャムシェルは既に脱獄や脱獄の手引き、天界の混乱を招いた重罪人だ。どんな理由があろうと、ウリエルはシャムシェルを許さないだろう。断罪者の名を負う誇りにかけて。
サドキエルがじっと見ていると、シャムシェルはここに来て初めて、表情を失った。サドキエルが安易に聞くべきことではなかったか、と悔いたのも束の間、シャムシェルは元のにこにこ笑顔に戻る。
「あはは、そんな風に言われてるんですね」
不本意とか、屈辱とか、そういった感情はない。言葉そのままのことしか思っていないのが表情から読み取れる。
サドキエルはそれで察してしまった。シャムシェルにとって、シャムシェル自身はあまり大事ではないのだ。
「ボクの見目をあの神なんかがどうこうできるわけないじゃないですか」
「シャムシェル、それ以上は言わなくていいです」
「いいえ。ボクは言います」
サドキエルの切ない声を押し退けて、シャムシェルは高らかに宣告をした。
「ボクにとっての神様はウリエル様だけですから」
夢見心地のような甘い菫色の瞳が輝き、次の瞬間にはぼて、と無造作に地面に落ちた。
ウリエルが槍を振り抜いていた。