前回のあらすじ:マーロイ様、また浮気
正直…私は開いた口が塞がらなかった。
まさか、あんな事があってから舌の根も乾かぬうちにすぐに別の女にちょっかいを出すとは。
まあ…実際私とマーロイ様の間はただ決められた婚約者というだけであり、好き同士だったかと言われればそうではないのだが…それにしたって思う所はある。
「全くママリア様の次はまた別の女性に手を出すとは、懲りないお方ですね」
『やっぱりこの間股間だけでもしっかり踏み潰しておいたほうが良かったでしょうか…?』
「私としては切り落とす方向性でもよろしいとは思いますが」
ママリアとモブーナは何か物騒な話をしているし。
「いやいやいや、2人とも流石にそこまでは…」
「ああ、やはりお嬢様はお優しい方でいらっしゃる…」
『そういう所も本当に推せる…』
「あ、ありがとう…」
「でもそれはそれとして、マーロイ様については一言釘を差しておくべきかと」
「それは…そうなのだけど…」
実際、モブーナが言っていることも正しくはある。
事実関係がどうあれ、婚約者という立場にありながらマーロイ様のこうした行動を放置しているのは事実ではあるのだから。
「まあ…向こうは王族ということで中々言い辛いという気持ちも分かりますが…」
「そういうわけでは無いのだけれど…まあ…そうね…」
…なんて話をしながら歩いていると。
「…なんて、噂をすれば、ですわね」
渦中の人物、マーロイ様が、その推定浮気相手と一緒に歩いているのを目撃する。
まあこれが例えば実は妹でしたー、とか、友人の相談に乗っていただけでしたー、とかであればこっちの勘違いと言う事になる…のだが。
(…うーん、どうもそういう訳でも無さそうね…)
うん、明らかにカップルっぽいムーブをしている。
というか女性の方、ベタベタし過ぎじゃないかしら…?
マーロイ様もまんざらでは無さそうですし…
…なんて思っていたら、目があってしまった。
「あー…ニエリカ、か」
「…マーロイ様、その…今の事についてご説明を…」
「ご説明も何も無くないですかぁ?マーロイ様は私が好きで、私もマーロイ様が好き、ただそれだけの事ですよぉ?」
マーロイ様と話そうとすると、噂の女性の方が間に割って入ってくる。
というかこの子…なんというか…わざとかもしれないけれど…話し方がちょっと…
ああなんか後ろからは「折りましょうか?」とかヒソヒソ話も聞こえてくるし、今だけは2人ともステイして欲しいわ。
「いや…好き同士って…」
「ニエリカ様はただの婚約者同士ってだけじゃないですかぁ?その点私とマーロイ様はぁ~、気持ちが通じ合っているんですよぉ~?つまり婚約者同士よりも上なんですぅ~」
凄い、超理論を発動された、頭お花畑かこいつは?
「…と言う訳だ、すまないなエリカ。予言の件もだが…分かってくれ」
「え、ええ…?」
そしてそれに乗っかるお前も頭お花畑か、アッパラパーなのか。
…いやマーロイ様は昔からバカではあったか、にしてもここまでバカとは思わなかったが。
「いずれ正式に婚約破棄の書状も届くとは思うが…俺は彼女…マリアと改めて婚約を結ぶつもりだ、重ね重ねすまない」
「は、はあ…」
…うん、まあそうなるだろうとは思っていたし、別にマーロイ様に対して思う所もそんなに無いのでそこは別に良いのだが…
…いや、ちょっと待て。
今『マリア』って言ったか?
「…ええと、それで、そちらの…」
「ごめんなさぁい、まだ名乗っていませんでしたねぇ~。私、『マリア・スウィーチス』と申しますぅ~、以後お見知り置きを…と言っても、もう会うこともないかもしれませんけどぉ?」
…「マリア・スウィーチス」だって?
その名前はディアストでは出てこなかったが、その名前は、それではまるで…
「あ、貴方…!」
「物語の主人公には主人公たる人間が相応しい…そう思いませんかぁ?」
「…っ!」
「それでは、御機嫌よう~」
彼女はそう言うと、ニコニコと笑いながらマーロイ様を連れて去っていく。
私はと言えば…怒涛の情報に、一瞬思考が固まってしまっていた。
「マリア・スウィーチス」、このゲームの本来の主人公「ママリア・スウィチ」とよく似ているが異なる名前。
そして、まるで自身が主人公だという事を自覚しているような言動…
外見や性格こそママリアとは似ては居なかったが…もし彼女こそが『本当の』主人公だとして、それに沿った動きをしているとしたら?
いや、もしそうだとしたらここに居る「ママリア」は一体何なのだ?
思考がぐるぐると回り、止まらなくなる。
「…お嬢様?」
『ニエリカ様~?』
「…ハッ!」
モブーナとママリアに声をかけられ、現実に戻ってくる。
「大丈夫ですか?少しボーッとしているようでしたが…」
「え、ええ…すみません、少し考え事を…」
『そう…ですよね…。まさか婚約破棄だなんて…』
うーん、そっちではないのだが。
というかママリア本人は何か思う所は無いのだろうか?
「そう…ね、それもだけれど…ママリア、「マリア」ちゃんは…知り合いだったりする?」
『いえ…初めて会いましたが…ああ、でも確かに私と名前が似ていましたね』
「そう…ありがとう」
私の記憶では確かに「ママリア」が主人公だったはずだ。
それに彼女の外見は記憶の中の主人公の外見とも一致している。
となると彼女…「マリア」が主人公の訳が無いはずなのだが。
まさかとは思うが…『世界が主人公不在の穴を埋めるために彼女を生み出した』?
(…いや、これも仮定でしかない…確かな分かることとしては『この世界が記憶の中のディアストの世界とは大きく違ってきている』…という事だけだわ)
「…ニエリカ様、大丈夫ですか、また思考に耽っているんですか」
「…ハッ!」
いかん、また思考の渦に飲み込まれてしまっていた。
…そうだ、今は考えていても仕方がない、そこに答えがあるとは限らないのだから。
「…ごめんなさいね、少し…気になることが多すぎて…」
「…まあ、お嬢様がお悩みになるのも分かりますが」
「モブーナ…」
「…私からひとつ気になる事としては…マーロイ様がおっしゃっていた『予言の書』…それが何か関係しているのかもしれませんね」
「…そうね」
深まる謎、本来の『ディアスト』との世界のズレ。
その鍵を握るのは…もしかすると、『予言の書』とやらにあるのかもしれない。