前回のあらすじ:マーロイ様、死す…?
「え、いや、マーロイ様、え、死…?」
私の目に飛び込んできた衝撃的な光景。
それはママリアがマーロイ様を踏み潰している光景だった。
「え、あの、ママリア?一体何が…」
『いえ、その…これには深い事情があって…』
「深い事情?」
一体どんな事情があったら一国の王子を踏み潰すような事態が発生すると言うのだ。
『その………キモくて………』
「…えぅ??」
ママリアの返答に頭に疑問符が大量に浮かんでくる。
え?もしかして「深い」事情じゃなくて「不快」事情…って事!?
…いやだとしてもこんな状況にはならないだろ!?というか余計たちが悪いのでは!?
「えっ、いや、あの、キモくてって、流石にそれで踏み潰すのは行き過ぎてるというか…」
『ニエリカ様は………』
「えっ?」
『ニエリカ様はご存じないのです!マーロイ様が学園内で貴方を差し置いて私に絡んでくる頻度を!昨日困っていると言いましたけど…本当は困っているなんてものではないのです!すごく困っているのです!事あるごとに私に絡んできて…』
「ぐえっ!」
ママリアが熱弁すると、必然的に足にも力が入り…踏み潰す力も上がる。
すると踏み潰されているマーロイ様から声が上がり…あ、生きてた。
『ニエリカ様という婚約者がありながら!他の女に手を出そうとするなんて!浮気性な上に!絡み方がしつこくてキモいんです!!!』
「ぐああああああああ!!」
「ま、ママリア?もうそのぐらいでやめてあげて…多分これ以上やったら本当に死んじゃう…」
『いいえやめません!こういう人にはちょっと強めのお灸を据えるべきです!』
「ああああああ!骨がミシミシ言ってるううううう!でもこれも悪くな、違、違う、そうじゃないんだ!事情があるんだ!」
今悪くないって言わなかったか?
って、それよりも…事情?
こいつも事情か、ママリアみたいな事情じゃないだろうな。
『はぁ……………そうですか、下らない事情だったら潰しますが』
(ママリアが今までに見たことのないような汚物を見る目でマーロイ様を見下している…怖…)
「い、いや!下らなくなんかはないんだ!予言があるんだ!」
『は?』
ママリアが一層力を込める。
いやまあ…そりゃそうだ、いきなり予言だなんて言われてもなあ。
「あ痛たたたたたた!!待ってくれ!本当なんだ!お城の地下には予言の書というものがあって…母が言うにはその予言のとおりにならないと…皆が不幸になると…!」
『はぁ………で、その予言とマーロイ様が私に絡んでくるのに何か関係が?』
「あ、ああ!大いにある!ところで靴で踏むのは本当に痛いから素足で踏んでくれなああああああ痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!!!」
うん、今のはマーロイ様が悪い。
ああほら、ママリアの目も害虫を見る目にランクアップしてるし…
『それ以上言ったら本当に肉片にしますが………』
「ああああああすいません!真面目に話します!予言の書にはこう書かれていたんだ…「ママリアは聖女であり、聖女と王子が手を取り、魔王を討ち滅ぼした」と…」
『………それで?』
「そ、それにこうも書かれていた…『エリカは魔王の化身であり、国に災いをもたらす』と…!」
『……………馬鹿らしい』
ママリアの言葉は最もだ、実際、王子の婚約者である私を陥れようとする誰かが用意したもの、と考えることも出来る。
だが…偶然にしては出来過ぎている。
何故ならば…その予言は当たっているからだ、ゲームの主人公ママリアが、王子と手を取り、魔王であるエリカを討ち滅ぼす…それは王子ルートの展開に他ならない。
だとすると、『予言の書』とは一体…
思い悩む私の表情に気づいたのか、ママリアがマーロイを踏み潰す力を緩める。
『………はぁ。まあ、仮にその予言が真実だとしても…私はニエリカ様の味方をしますよ?』
「ううっ…わ、私だってそんな予言は信じたくはない…だが…予言の書に書かれている内容は今までにも真実になっている…だとすると君たちも………」
『今ここにいる私達よりも予言なんていう不確かなものを信じるだなんて…最低です、マーロイ様』
「………返す言葉も無いな」
ママリアがマーロイから足をどかす。
当のマーロイはと言うと…いつになくしおらしくなっていた。
『それに、予言などというものが仮に本当だとしたら、私達は今その未来を知ったということ。だったら…その未来を変えることも出来るのでは無いでしょうか?』
「そ、それは…」
『であれば、私はそんな下らない未来を変えるために努力してみましょう。ニエリカ様が魔王だなんて…ねえ?そんな事絶対に有り得ませんから』
「え、ええ…そうね…ハハ…」
「………」
『絶対に』有り得ないとは言い切れない私は、少し乾いた笑いをママリアに返す。
…そう、エリカが魔王になったのはマーロイから婚約を破棄され、その闇の感情のままに動いたからだ。
だが私も気づいていなかった、否、目を背けていた事がある。
…『エリカ』に魔王の素質があるとするなら…複製された私『ニエリカ』にもその素質があるのではないだろうか?
そして、もしそうだとすると…何らかのイベントがトリガーとなって私自身が魔王になってしまうことも…あるのではないだろうか?
あくまで『もしも』の話だが、絶対に有り得ないとは言い切れないもしもを思い浮かべてしまう。
…私の表情に気づいたのか、ママリアが私を掴み、胸で優しく包み込む。
『大丈夫ですよ、ニエリカ様。ニエリカ様が魔王だなんて絶対に嘘ですから。仮にそうだったとしても、私はニエリカ様の味方ですよ』
「ママリア…ありがとう」
『ふふ、どういたしまして。…さて、落ち着きましたか?ニエリカ様』
「…ええ、もう大丈夫よ」
ママリアの母性に包まれると、全てが万事何事もなく解決するような気がしてくる。
流石は聖母…皆のママと言われるだけはあるのかもしれない。
ママリアから開放され、床に降りると…いつになくシリアスな顔をしたマーロイ様がそこに居た。
「エリカ、すまなかった。予言などという不確かなものに踊らされ…なんと謝ったら良いか…」
「大丈夫ですよ、私は気にしておりませんから」
「………本当にすまない」
そう言うと、彼はその場から去っていく。
…彼の背中は、心なしか悲しげに見えた。
「………マーロイ様」
『…マーロイ様の事情も分からなくはありませんが…今回はやり方が間違っていたと…私は思います』
「…ええ、そうね。私もそう思うわ」
『…今はこうなってしまいましたけど…きっと、また手を取り合えますよね?』
「……そう、なってくれれば良いのだけれどね」
様子のおかしいマーロイ様に『予言の書』…
考えなければいけない…懸念事項は山積みだった。
だが少なくとも当面の平和は戻ってきた…私はそう思っていた。
その数日後、マーロイ様が別の女と一緒に居る姿がよく目撃されるようになるまでは。