前回のあらすじ:やっぱり街もバグだらけでした。
「モブーナてめえ!何度言ったら分かるんだ!」
「ご、ごめんなさい…ごめんなさい…お父さん…」
今私の目の前で、モブーナと呼ばれた少女が恐らくその父である男に暴力を振るわれている。
そう、これはエリカ外伝冒頭で流れる、街の陰の部分を表すための何の変哲も無いイベントの一つである。
このイベントが『胸糞』と言われる所以はただ一つ。
そう、『モブーナ』と呼ばれる少女はここにしか登場しないのだ、そう、『ここにしか』。
他の村人はストーリーを進めても城下町に変わらず居るにも関わらず、彼女だけは、今この時『ここ』でしか登場しないのだ。
その理由は劇中では説明されず、また開発者からの説明も無いため、プレイした人からは度々議論の的になっていた(と、思う)。
とは言え、このイベントの後にこの家を訪れた際の両親の会話を聞く限りは…まあ大体想像が出来るというものだが。
…そんな彼女だが、唯一救う…と言って良いのかは分からないが、ここ以外に連れ出す方法が無くはない。
…それは『人物取得バグ』というものだ。
そう、この『無くはない』というのが実に厄介なのだ。
まずこのゲームには『ひろう』というコマンドがあり、そのコマンドを使用すると概ねなんでも拾って所持品にする事ができる。
この『概ねなんでも』というのがやたらめったら範囲が広く、木の実や道具は当然として、木箱や樽、動物から木、そして…当然『人間』もひろう事が出来るのだ。
しかも無条件で。
ちなみに当然ながらストーリーに関わる重要人物を『ひろった』場合、フラグがバグってゲームは進行不能になる。
その上一度ひろったものは捨てたとしてもフラグは戻らない上、物によっては捨てることすら出来ないため…プレイヤーからは『危険コマンド』として警戒されていた。
そしてこの『ひろう』を使用してモブーナを取得することで彼女をストーリー中ずっと連れ出せる…『気分になれる』というのが、ここから連れ出す方法である。
ちなみにだが、ひろった人間は当然アイテムとしての効果なんてものは『無い』。
それでも彼女の境遇に涙し、彼女をずっと装備欄に入れたまま縛りプレイをした人が続出していたとか…
…はちょっと話を盛ったかもしれない、けど少なくとも私はやった。
(だからこそ、彼女は救ってあげたいけれど…問題は2つ)
1つ、取得した彼女はこの世界ではどういった扱いになるのか。
2つ、そもそも『ひろう』コマンドをどうやって使うのか。
(悩ましい所だけれど…正直、彼女を見捨てるほうが私は嫌ね)
私は、意を決して彼女に接触する事にした。
「ちょっと、一体何の騒ぎなのかしら?」
「こ、これはニエリカ様…いえ、実は…」
「言い訳は良いわ、その子が一体何をしたと言うのです?」
そう言って、私は彼女に手を差し伸べる。
「ニ、ニエリカ様…」
「大丈夫、私は貴方の味方よ」
と、ここまではひとまず順調だ。
しかしながら、どうやって彼女をひろうのか…
(こういう時、異世界転生物なら便利な『コマンド』とかあるものよね…出てくれたりしないかしら…)
そう考えていると、ふと目の前にいくつかのコマンドが浮かび上がる。
どうやらこれは自分にしか見えていないようだ。
(何かの単語に反応したのかしら…?とにかく、ひとまずは『ひろう』ね)
そうして、コマンドの中から『ひろう』を選択する。
すると…
「………!?!?!??!?!」
「えっ!?ちょ、ちょっと貴方、大丈夫!?」
モブーナが突然頭を抱えて苦しみだす。
そして
「………ニエリカ様!!!!!私は生涯を賭けて貴女にお仕えすることを誓います!!!!!!!!!!!」
「え!?急に何!?!?!?」
先程までは生気のない、死んだ魚のような目をしていた彼女の目が急に輝き出し、私の手を掴み立ち上がる。
…あれ、これはもしかすると、私…やってしまったか?
「やだなあ、とぼけなくても大丈夫ですよ!私は貴女にお会いしてやっと気づいたんです、私が生まれた意味に!!!!!」
「は、はあ…」
「そう、それは貴女に全てを捧げるためです!!!!!さあ!ニエリカ様!私に何なりと申し付け下さい!!!!!!!」
え…っと、彼女、こんな感じではなかったと思うのだけど…
というか明らかにおかしい気がする、周りの人も若干…どころか大分引いている。
「あ、いや、その、急にというのはちょっと」
「あ!!!!!やっぱり急でしたか!?では直ぐに支度をしてきますね!!!!!」
「し、支度?」
「はい!キュービック家、ニエリカ様の専属メイドとなるための支度です!!!!!!!!!」
「え、あ、いや、えっと、両親の許可とか…」
「そんなものいりませんよ!!!!!!知ってますかニエリカ様?あの人達、私を売ろうとしてたんですよ?????つまり、あの人達にとっては厄介払いにもなるってものです!!!!!!私はニエリカ様にお仕え出来て、あの人達は私を追い出せて、両者ハッピーです!!!!!!というか私、あの人達を親と思ったこと一度もないですし!」
「は、はぁ…」
そ、そっかぁ…と思いつつ、私は愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
そうして彼女は爆速で家に入ったかと思うと、多少の荷物だけを手に飛び出してきた。
「さあ!善は急げです!!!!!屋敷の方々にご挨拶もしなければいけませんからね!!!!!」
まさかこんな事になるとは微塵も思っていなかった私は、もう二度と人間をひろうのは辞めようと心に決意するのだった。