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第9話 十二支の末裔の宴

 一日の日は、宣言通り朝から晴斗がいなかったため、美弥は一人でおせちを食べた。


 寝正月が猫崎家でも通例だったため、美弥はこの日は静かに自室で過ごした。


 二日目、三日目も晴斗は忙しなく、やっと落ち着いたのは四日目のことだった。


 この日、美弥は緊張していた。

 何せ明日の五日は、十二支の末裔達が挨拶のために集まると決まっているからだ。


 不安がむくむくと胸中にこみ上げてくる。

 夜、寝室にて美弥は、先に寝入った晴斗の横顔を見ていた。不安な気持ちを聞いて欲しかったけれど、疲れている様子だったから、邪魔をしたくなくて、内心は押し殺した。その後、美弥は眠れぬ夜を過ごし、朝方に眠りについた。



「――弥、美弥」

「ん」


 翌朝美弥は、晴斗に揺り起こされた。そこには優しい笑顔があった。その表情を見ていたら、大丈夫であるという気持ちになり、そんな己が美弥は不思議だった。晴斗が隣にいると思うと、乗り越えられる気がする。どうしてそのように思うのかは分からない。


 この日はそろいの着物に着替えた美弥は、晴斗と共に、挨拶を受ける座敷へと入った。


 最初に訪れたのは司だった。


「辰年につき、本年十二支の末裔をとりまとめる竜宮家の次期当主、竜宮司、ご挨拶に参りました」


 深々と頭を垂れて司が言う。


「面を上げてくれ」


 そう晴斗が告げた隣で、美弥は緊張していた。顔を上げた司は、まずは晴斗を見て、次は美弥を見る。目が合うと思わず美弥は、びくりとしてしまった。すると司が呆れたような顔をした。


「晴斗様はご健勝なご様子。美弥……様は、もう慣れましたか?」


 珍しい司の敬語に、美弥は言葉を探す。しかし上手く言葉が見つからない。


 結果、いよいよ司が辟易したような顔立ちに変わった。


「もうちょっと堂々としろよ……あ。悪い、つい本音が」

「親しいのか?」


 晴斗の問いかけに、司がぷいっと顔を背ける。


「別に。同級生だったので、少し心配していただけです。それと今年は俺がリーダーなわけだから、仮にも晴斗様に失礼がないかだとか」

「美弥は失礼なことなど何もしていないぞ、安心してくれ」

「そうですか」


 司は頷くと、改めて美弥を見た。


「まぁ、元気そうでよかった」


 これを皮切りに、十二支の面々が挨拶へと訪れた。十二支亭にいた時とは異なり、皆、晴斗の前ではにこにこしており、美弥に対しても、態度が一変していた。殴ったり悪口を言ったことなど、まるで無かったかのように、低姿勢に頭を下げている。美弥は、一人一人に怯えたが、彼らは美弥を敬うような言動をした。中には態度が変わらず、以前から美弥を蔑ろにしなかった者もいたが、そうした人々を見ると、美弥は肩から力が抜ける思いだった。


 こうして挨拶が終わると日が暮れており、美弥はどっと疲れていた。


 夜は、挨拶に訪れた皆と宴が催されると聞き、美弥は一度自室へと戻りため息を零す。体力が根こそぎ持っていかれたような、そんな心地になっていた。


「美弥? 大丈夫か?」

「う、うん」

「顔色が悪いが」

「……ちょっと、疲れちゃって」

「宴には出られそうか?」


 正直、顔を合わせるのが怖いという意味で、美弥は宴に出たくは無いと思っていた。だがこれも許婚の務めだろうかと思い悩んでいると、晴斗がそっと美弥の肩に触れた。


「無理はしなくていいんだぞ?」

「晴斗……僕、出なくてもいいの?」

「ああ。無理をする必要は無い」

「僕、出たくない」


 勇気を出して美弥が言うと、微苦笑しながら晴斗が頷いた。


 こうしてこの日、美弥は十二支の末裔との宴には顔を出さないことにした。


 宴が始まった頃、晴斗がそちらへ向かったので、美弥はしばし部屋でお茶を飲んでいた。それから廁に行きたくなって、静かに外へと出る。そして薄暗い廊下を歩いて廁へ向かい、手を洗って外へと出てきた時だった。入れ違いにこちらへと歩いてくる人影が見えた。


 見ればそこには、羊の末裔の朝霞が立っていた。


「あ……」


 思わず美弥が立ち止まると、朝霞が一瞬だけ、目を眇めた。


 だがすぐに微笑をたたえたので、美弥は見間違えだったのだろうかと考える。


「ごきげんよう、美弥くん」

「は、はい。お久しぶりです」


 日中の挨拶には朝霞の父親が来たので、顔を合わせるのは本当に久しぶりだった。年末に十二支亭ですれ違って以来だ。


「……どうですか? 神家での生活は」

「あの……よくして頂いてます」

「そうですか。僕も明日からお世話になるので、宜しくお願いします」

「――え?」

「実際には、昨年からちょくちょく滞在していたんですよ。晴斗様、雨月様、早霧様のいずれかの伴侶の候補として」

「そうだったんですか」


 知らなかった美弥が目を丸くすると、また朝霞の瞳が僅かに険しくなった気がした。だがすぐに再び、その目は優しいものへと変わる。いつも優しく接してくれてきた朝霞であるから、美弥は混乱しつつも、気のせいだろうと考えるよう努力した。


「こんなところにおられないで、美弥さんも宴に参りませんか?」

「えっ、あ……僕は……」


 美弥が狼狽えると、その手首を朝霞が握った。


「それとも、選ばれなかった日辻の者の誘いは受けられませんか?」

「そ、そんな……」

「ですよね? 僕達はよい友人なのですから。さ、参りましょう」


 そう言うと朝霞が強引に美弥の手を取り歩き始めた。足をもつれさせながら、慌てて美弥はついて行く。そして階段の前を通り過ぎ、二階の広間へと連れて行かれた。


 襖を開けて朝霞が中へと入り、続いて美弥が引っ張られて入ると、シンっとその場が静まりかえった。見ればそこには晴斗の姿がない。


「晴斗様なら、少し急用が入ったとのことで、今は席を外されていますよ」


 にこりと笑って朝霞が言った。

 びくりとした美弥を、朝霞が空いていた席、晴斗の席らしい場所の隣に座らせる。


 するとそれまで静まりかえっていた周囲が、嘲笑を浮かべた。


「いいや、まさか猫崎の者がなぁ」

「卑しい出自にも関わらず、どうやって神屋様を陥落させたんだ?」

「どうせ体でも使ったんだろ」

「汚らわしいな」


 そのような言葉が飛び交い、萎縮して美弥は縮こまる。殴られないだけマシだ、殴られないだけマシ、美弥は己にそう言い聞かせる。その間も、ずっと罵詈雑言が飛び交っていた。


 ガラリと扉が開いたのは、それから少ししてのことだった。


「何をしているんだ」


 入ってきたのは晴斗だった。すると再びその場が静まりかえった。だがみんな素知らぬふりで、顔を背けている。




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