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第4話 思わぬ再会


 神屋家は、帝都の少し外れた場所にある。広大な敷地の全てが神屋家のもので、神の家だとされている。森林に囲まれた小高い場所にあり、そこを“神家”と人々は呼ぶ。爵位は公爵だ。国内でも、最も爵位が高い。


 馬車が坂道にさしかかり、神屋公爵家の邸宅が見え始めた頃、不思議なことに雨が止み始めた。雲が白く変わり、日が差し始め、空には水色がのぞき始める。そして、虹がうっすらとかかっているのが見えた。


 幻想的に変化した朝の空の下、そこには雅な造りの和風邸宅が建っていた。

 門の前に、馬車が停車する。

 するとそこに、和服姿に片眼鏡をかけた青年が一人待っていた。長髪を右側で結っている。司が彼を見る。


「竜宮家の司だ。猫崎の美弥を伴って訪れた。神屋様にお目通り願いたい」

「私は神屋家執事の若隅と申します。ご案内致します」


 すると若隅と名乗った青年が頭を下げた。

 それを見ると、司が美弥に振り返る。慌てて美弥は司の横に並ぶ。


 こうして若隅に案内されて、二人は神屋家の門をくぐった。

 そして玄関の三和土で靴を脱ぎ、二人は若隅に先導されて縁側を歩く。案内されたのは、奥にある座敷だった。膝をついた若隅が、襖を開ける。


「猫崎様と竜宮様をお連れ致しました」

「ああ」


 すると中から、どこかで聞き覚えのある声が響いてきた。びくびくしながら俯きつつ、美弥は、不思議に思う。耳触りのよい声音を、ごく最近どこかで聞いたのは間違いないと思ったが、咄嗟には誰なのか分からない。


「どうぞ」


 若隅が大きく襖を開く。先に司が中へと入った。

 美弥も静かにその後に続くが、緊張から顔を上げることが出来ない。


「座ってくれ」


 その声に、司が座る。美弥もその隣に腰を下ろし、深々と頭を下げた。司もそうしている。神屋の者は、十二支の末裔にとって絶対的な存在だ。


「面を上げてくれ」


 すぐにそう声がかかったが、美弥は顔を上げることが出来ない。先に顔を上げたのは、司だった。


「昨日は、いきなり俺に手紙を押しつけになって帰られたものだから驚きました」

「それは悪いことをしたな。美弥、美弥も顔を上げてくれ」


 続けて優しげな声がしたので、美弥は必死で頭を上げる。

 そして目を瞠った。

 そこには庭で顔を合わせた晴斗の姿があったからだ。


「晴斗……」


 思わず呟くと、横から司に服の袖を引っ張られる。司は険しい顔をしている。


「こら、美弥。失礼だろ」

「構わない。俺が、名前で呼んで欲しいと伝えたんだ」


 晴斗は喉で笑うと、しっかりと美弥と瞳を合わせた。晴斗の空のような色の瞳と、美弥の紺色の瞳が、正面から合う。惹きつけられるように、美弥は晴斗の端正な顔を見る。晴斗は悠然と笑っている。


「竜宮。美弥と二人にして欲しい」

「それは……構いませんけど」


 司は片眉を顰めて二人を交互に見てから、嘆息して立ち上がった。


「若隅、別室で竜宮を接待しておいてくれ」

「承知致しました。竜宮様、こちらへ」


 こうして司と若隅が出て行き、襖が閉められた。二人きりになると、ふっと晴斗がそれまでよりも柔らかく笑った。我に返った美弥の緊張が、幾ばくか解ける。


「驚いたか?」

「うん……晴斗が、神屋様……神家のご当主様なの?」

「そうだ。どうしても伴侶にするならば、好きな相手がよいと思ってしまい、今回は無理を言って、見合いの機会を設けてもらった」

「好きな相手……?」


 突然の言葉に、美弥は狼狽える。たった一度しか話をしたことがない以上、もしかしたら幻滅されてしまうかもしれない。なんとなく、晴斗には嫌われたくないと、美弥は感じた。もっと司と馬車で会話の練習をしてくればよかったと、後悔さえしてしまう。


「俺はな、ずっと美弥を見ていたんだ」

「窓から?」

「ここ数日はそうだ。実は、神屋の当主は時折お忍びで、年末年始に、挨拶前の十二支の皆を見ようと、十二支亭に泊まることがあったんだが」


 晴斗はそう言うと言葉を句切り、僅かに瞳に冷たい色を浮かべた。


「美弥が蔑ろにされているのを見て、いてもたってもいられなくなったんだ。昨年までよりも、今年は特に酷かったと聞いている」

「それは……」

「もっと早く気づいていたならば。昨年亡くなった俺の父は、見て見ぬふりをしていたと聞いて、より不甲斐なくなった」


 唇を引き結んだ晴斗を見て、美弥は思わず俯く。


「これからは、俺が守る。だから、俺のそばにいてくれないか?」


 すると晴斗が少し困ったような声で、そう言った。美弥が顔を上げると、まじまじと美弥を見た晴斗は、今度は小さく両頬を持ち上げて、口元を綻ばせる。


「俺は美弥を守りたい。もう、寂しい顔をさせたりしない」

「晴斗……」

「俺と結婚して欲しい」


 晴斗がまっすぐにそう言った。誰かにこのように告白されたことのない美弥は、戸惑いながらも心拍数が跳ね上がった気がした。ドクンドクンと胸の動悸が煩い。


「……僕、その」

「うん」

「誰かを好きになるというのが、どういう気持ちか分からなくて……」

「そうか。ならば俺が、恋が、愛がどんなものかも教える。必ず、俺を好きにならせてみせる」


 そう述べた晴斗は、今度は自信に満ちた目をした。そして大きく頷く。


「美弥は、ゆっくりと俺を好きになってくれたならばいい。どうしても好きになれないとなったら、その時は――離縁はしてやれないかもしれない。俺は美弥を手放せる気がしないからな。だからこそ断りがたい、見合いという形を持ち出した。狡いのは分かっているが」

「……っ、どうしてそんなに僕を?」

「さぁ、どうしてだろうな?」

「本当に……僕でいいの?」


 美弥が小さく首を傾げると、晴斗が力強く頷いた。


「ああ。お前がいいんだ。美弥、美弥は今、俺が嫌いか?」

「嫌いじゃないよ」

「だったら、頷いてくれたらそれで構わない。今はまだ、嫌いじゃないだけで十分だ」


 晴斗の声に、美弥は戸惑いつつも小さく頷く。どうせ、断ることは出来ない見合いだ。その相手が晴斗ならば、一昨日庭で己の心に寄り添ってくれた優しい晴斗ならば、構わないと直感が述べた。


「分かりました、僕でよかったら……お受けします」

「そうか。ありがとう、美弥」


 美弥と視線を合わせると、晴斗が実に嬉しそうに微笑んだ。目を細めて笑っているその顔を見て、美弥の胸がトクンと疼く。美弥は漠然と、晴斗の笑顔をもっと見ていたいと思ったのだった。





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