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10-9 エンドゲーム

 家屋の隙間、風の回る音で目が覚めた。ヴァネッサが身体を起こしたそこは砂漠の中に立つ廃屋。以前リルと二人で訪れた、砂魔女のかつての家だ。


 隣ではリルが安らかな寝息をたてて眠っている。まだ完全に回復していないのか、目を覚ます気配はまだない。外を見れば日が大分傾いている。


 馬の駆ける音が近付いてきた。

 屋外に出ると、クローデットの姿が見えた。


「終わったか」

「ええ。まだ眠ってはいるけど、じきに目を覚ますと思うわ」

「良かった。……実は、ベアトリスがずっと気を揉んでいたんだ」

「そう。あの子は、良い友達を持ったのね」


 二人は目を逸らすと、そのままじっと黙り込む。

 遠くで砂の吹き上げられる音だけが聞こえた。


「……私と一緒に来ないか、ヴァネッサ」


 馬から下りたクローデットは、小さな声でそっと我が儘を漏らした。

 ヴァネッサはそれを聞いて面白そうに、少し強がったように笑う。


「帰れないわよ。私が魔女だってことは、もう沢山の人が知っているわ」

「だが――」

「町の人々は、貴女が私を殺して帰ってくることを望んでいるんじゃない?」


 またしても気まずい沈黙が流れた。

 クローデットはずっと下を向いて眉間に皺を寄せている。ヴァネッサも砂漠の遠いところを眺めていた。


「それとも、二人でどこか遠い場所へ行く? 偉大な騎士団長は悪しき黒魔女と一騎打ちに挑み、どちらも行方知れずとなった……なかなかの筋書きだと思うけど」

「良いアイデアだ。半分だけな」

「へえ、どういうこと?」


 ヴァネッサの話を聞いていたクローデットは何かを思いついた様子で彼女の後ろへ立つ。そっと腕を回し、温まっていた頬の熱を直に感じながら耳元で囁いた。


「砂漠の異変を解決した黒魔女はどこかへ消えていった。騎士団長は彼女と決着をつけるために探しに出る旅をする……こんなものだろう」

「素敵ね。でも急にどうしたの? こんなロマンチックなことしちゃって」

「薬が回ってきたんだ」

「あらそう。実は私もよ、クローデット……」


 家屋の中でリルが唸った。

 振り向きながら手を伸ばしかけていたヴァネッサは、片腕を宙に上げたまま名残惜しそうにクローデットの腕から離れる。そして、彼女の耳元で魔法の言葉を囁いた後、自分をここまで追いかけてきた女騎士へ背を向けた。


「クローデット」

「どうした」

「……会いに来てくれる?」


 その声は、今までクローデットが聞いた中で最も弱々しい声だった。


「必ず行く……時間は掛かるかもしれないが、待たせないようにする」

「ふふ。それが聞けただけで、十分よ。クローデット……」


 ヴァネッサの身体は何羽ものカラスへ姿を変えた。

 それは晴れ渡った砂漠の夕焼け空へ舞い上がり、黄金色の光を受けながら、黒々茂る森の方角へ飛んでいく。群れを成して飛んでいくそれらは一つ羽ばたく度に煌めき、その光は砂漠に居た全ての人が目撃するものとなった。


 ……空を見上げていたクローデットの元へ、黒い羽根が一枚舞い下りる。

 彼女はそれを掴み取り、しばらく、じっと物思いに耽っていた。

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