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9-2 迫る魔の手

 夜の騎士団寮、ベアトリスの部屋に手紙が届いていた。「親愛なる友達へ」という文言から始まった拙い文章は一目見て誰が書いたか分かるもので思わず微笑んでしまう。そして内容を読み進める中で目をぱちくりさせた。


◆ ◆ ◆


親愛なる友達へ

 ベアちゃんに食べてもらいたいハンバーガーができました。

 お店でいろいろお話もしたいです。明後日あたりどうですか?

                                リルより


◆ ◆ ◆


 堅苦しさのない文章に本人の顔が思い浮かんだベアトリスは、にっこり微笑みながら手紙を置いて私室を出る。既に夕食の時間も過ぎ、食堂を出た騎士たちの多くが自分の部屋で各々の時間を過ごしている頃だった。

 早速、騎士団長クローデットの部屋をノックする。良いと返事があったのを確認してからベアトリスは中へ入った。


「失礼します。明後日の夕方に早引きを願いたくて」

「ああ、問題ない。……ベアトリス、丁度君に話しておきたいことがあった。時間は大丈夫か?」

「空いています。それでいったい、何でしょうか?」


 ベッドに座っていたクローデットは隣へ来るように促す。ベアトリスが隣に座ると、彼女は僅かに空いていた距離を詰めてから万一でも部屋の外に漏れないよう囁きかけた。


「この町に、黒魔女がいる」


 小さな声だったが聞き逃すはずがない。ベアトリスは、驚きよりも先に安心を覚えていた。これまでのクローデットの行動に筋の通った理由が分かり、そしてそれを"教えてもらえた"のだ。

 だが、黒魔女が復活したということは、騎士本来の役目――物語で読んだような戦いに赴く日が近いことが示している。


「オーレリアン公が亡くなった後、私はジラード邸に向かった。そこで具体的な部屋の状況を見てきたが……暖炉の中に投げ込まれたナイフと、血の付いたカラスの羽が見つかった」

「ではその時から、クローデット様は調査を」

「ああ。だが話を大きくしたら向こうにチャンスを渡すことになる。だからベアトリスにも黙っていたんだ。不安にさせてしまったな」


 クローデットは微笑みながら手を掲げると部下の頭を優しく撫でる。ベアトリスの肩から要らない力が抜けた。ようやく、憧れの人と同じ場所に立てたのだ。


「大丈夫です。事情が分かって安心しました」

「君には話しておきたいと思っていた。万が一、私が居なくなった時にこのことを知る者が消えればそれこそ一大事だからな……。既に黒魔女が潜伏しているおおよその場所の見当も付いている。これはデュラン家に作ってもらった地図だ」


 机の上に広がっていたのはアルダブル城下町の白地図。その中で十数箇所に赤いインクの点が付けられている。


「二年前に黒魔女が町を去った後、デュラン家は今後の福祉政策を練る上の基板となる状況調査を行っていた」

「聞いたことはあります」

「ここに記されているのは、二年前から今までの間に所有者が変わった建物。ベアトリス、君は町の地理にも明るいからどの建物か分かるはずだ」

「……はい」


 赤い点が打たれた建物の中には「レイヴン・バーガー」が入っている場所もあった。ベアトリスは嫌な予感に胸をざわつかせる。


「あの、ここからは絞り込めてますか」

「いいや、まだこれからだ。だが明日から聞き込みを始めて、魔女の可能性がある人物を絞り込んでいく。……怖い顔をしないでくれ。当分は普段のように訓練してくれればいい」

「わかりました。でも、どうかお気を付けて」

「ああ。ベアトリスも深入りしすぎないようにしてほしい」


 一連の話を聞き終わったベアトリスは夜の挨拶をしてから廊下へ出た。

 覆い被さるような不安が彼女を飲み込もうとしていた。想像していたよりもずっと事態が深刻そうだ。視界に入るもの全てが色あせて映る。魔女がいるかもしれない場所に友達の勤めている店がある、もし何かあれば……


(リルちゃん……)


 ベアトリスは部屋に戻って、手紙に「ぜひ行かせてください」と返信を書いた。

 黒魔女のことは書けるはずもなかったが、それでも一度は迷って、やめた。

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