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7-7 リルとベアトリス

 リルは限界状態のベアトリスを連れ、人目に付きにくい細い路地へ入った。道端の縁石に腰掛けて「モキュモキュチキン」の紙袋からレッドチキンを一枚差し出す。


 鉄仮面を脱いだベアトリスは光の消えた瞳でどこでもない場所を見つめていたが、リルの出したチキンを受け取ると、しばらく迷った後にかぶりついた。


「ごめんね、リルちゃん。びっくりしちゃったでしょ」

「うん。でも一番驚いたのは、ベアちゃんが騎士団の人だったってことかな」

「仕事柄、教えられないことも多いからさ。……リルちゃんって"モキュチキ"好きだったの?」

「へ? うん、ちょっと興味あったから……」

「私もたまに行ってるんだ。あそこの店員さん面白いよね」


 図らずも、知り合いとと一緒に食べることになったが……チキンは表面がパリパリして歯触りがとても良い。しっかりと噛みしめれば中から鶏の旨味と油の詰まった汁が滲み、これが様々なスパイスの混ざったクリスピーな衣と合わさっているから言うことなどない。


 ひと噛みする度、頭の中で幸せの感情が爆発する――

 食べ終わった頃には、ベアトリスもかなり落ち着いてきたようだ。リルは彼女の鎧にぴったりと身を寄せながら上目遣いで質問してみる。


「ところで、なにがあったの?」

「昔話からになっちゃうけど、いい?」

「聞きたい!」

「……私は、子供の頃から騎士に憧れてて、周りが男ばかりの中でもすごく頑張って訓練してたんだ。そしたら同じ騎士団に今の騎士団長――クローデット様がいて、自分もああなりたいって思ったの」

「店長に会った頃のわたしと、おんなじだ……」

「お互い似た境遇かもね。クローデット様とは今でも仕事でお話をする機会は多いんだ。でも、最近あの人はまるで人が変わっちゃって」

「えっ?」


 リルは騎士団の内情は全くと言って良いほど知らないが、それでも騎士団長クローデットの評判については聞いたことくらいある。

 元々実力のあった「白騎士」は二年前の黒魔女討伐での功績が認められ、今では騎士たちを束ねる立場に任命されている。剣の強さで敵う者はいない上に、容姿端麗、聡明な人格から騎士団内外で絶大な支持を受けている――。


「いったいどうしちゃったの?」

「なんか……ずっと誰かを探してる」

「家族?」

「多分、そういうのとは違うと思う。でもその時のクローデット様は……なんか、取り憑かれてるみたいだった。何かしなきゃって常に急かされてる感じ」


 ベアトリスの横顔は寂しさに満たされていた。リルはどうにか励まそうとかける言葉を探すが、知恵と経験に乏しい彼女はうまい声かけの方法が見つからない。じっと目元に力を入れながら友達の話に耳を傾け続ける。


「あたしもさ、男社会の中で頑張ってたから、ストレスとかあったんだろうね。辛いもの食べてたのもそれだし。それで、溜まってたのが一気に噴き出して……」

「ベアちゃん……」

「クローデット様に頼られたいんだな、私。……こんなこと話してごめんね。でも、リルちゃんくらいしか話せる相手がいなくて。ずっと騎士団一筋だったから」

「えっと、その、私はベアちゃんのこと凄いって思ってるよ。小さい頃、お母さんからも騎士さんの話をたくさん教えてもらったし……」


 話の中で思い出すのは、眠る前に大好きな母親が聞かせてくれた幾つもの昔話。その一つ一つは詳細こそ忘れてしまっているが、あの時間が幸せだったことは決して忘れることはない。


 自分の秘密を教えてくれたベアトリスと寄り添い合いながらリルは悩むように目を閉じる。やがて何かを決意したように瞼を開いて友達と目を合わせた。


「ベアちゃんの秘密を知っちゃったから、私も自分のことを話していいかな」

「うん。聞かせて」

「私、二年前にお母さんを亡くしてるの。その時は使用人として働いてたから、お母さんが死んだのを知ったのはずっと後で……その後、色々あって追い出されてから、今の店長のお店で面倒見てもらってるんだ」

「リルちゃん……」

「このことは、ベアちゃんだけに教えるね。私、店長のこと、死んじゃったお母さんみたいに思ってるの。いつも、寝る時も一緒なんだ……」


 三角座りを直したリルは目を潤ませ始める。

 ベアトリスは小さな肩へ腕を回し、自分の元へ引き寄せながら優しく叩いた。


「だから店長のために頑張りたいの。お母さんに、親孝行できなかった分」

「大丈夫だよ。リルちゃんはうまくやれる。こんなに優しいんだもん」

「でも、すっごく悪いことしてる気分になるんだよ。夢でお母さんが話しかけてくるの。だけどそれが本当のお母さんか、店長か、わかんなくなることも多くて」

「……こっち見て、リルちゃん」


 ベアトリスはそう声をかけてから、反応したリルを真正面からしっかりと抱きしめた。硬い鎧が二人の間を遮ったが、それを貫くような親愛が全身を暖めていた。


「なんとかなるよ。リルちゃんは頑張ってるよ」

「ありがとう。私も、このこと誰にも話せなかったから……」

「私たち、きっと最高の友達になれる。そう思わない?」

「うん……!」


 リルが今感じている暖かさは、かつて母親から受けたものとも今ヴァネッサから受けているものとも違っていた。


 改めて「友達」になった二人は満足するまで身を寄せ合ってから、手紙を交わす約束もした。今の二人にとっては、それだけでも十分すぎる喜びだ。


◆ ◆ ◆


「店長、ただいま!」

「おかえりなさい。外で食べてきたの?」

「えへへ、我慢できなくて……そうだ店長、後で字を教えてくれませんか」

「字? 別に構わないけど、急にどうしたのよ」

「ちょっと、お手紙を出したい相手ができて……」

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