オーレリアン・ジラードが死んだ報せは朝のうちにアルダブル城下町を駆け巡った。無残な姿で発見された彼の姿は街の人々を一瞬だけ探偵気分に変えたが、上流貴族に関わりのない労働者らはすぐ元の生活へ戻っていった。
曇天の下、いつものように店の看板をひっくり返したリルは外を歩く人があまりにも少ないことに気付き、ちょっと寂しそうな顔で厨房のヴァネッサへそのことを報告する。店のテーブルには、アルダブル四大貴族の一角であるジラード家当主の訃報を記したビラが置かれていた。
「店長、外に全然人いません」
「そうね。貴族たちは皆、ジラード邸へ弔いに行っているのでしょう」
「お店どうします? 多分これじゃ誰も来ませんよ……」
「大丈夫よ、いつも通りで良いわ」
「わかりました」
そう返事をするリルだったが、妙に元気がない。ヴァネッサはそれを不思議に思い、彼女の反感を買わないよう言葉を選んで聞いた。
「……リル、大丈夫?」
「ふぇ、何かおかしかったですか」
「元気がないように見えたから。朝からこんな事件はあったけれど」
「そうですね。まあ、あそこに良い思い出はなかったんですが……」
リルはちょっと遠くをぼんやり眺めながら、こめかみの辺りを人差し指でかりかりと掻いた。口元はいつものように笑っていたが、目の光は薄くなっていた。
「一応、お世話してくれた家でもあるので。複雑な気持ちです」
「……そう」
「あっ、店長のところが嫌って意味じゃないですからね! 店長のことは――」
「分かってるわ。意地悪な聞き方をしちゃったわね、そんなつもりはなかったの」
「大丈夫ですよ。店長が優しい人だってことは知ってますから……!」
そう言いながら「店長」へ向ける微笑みは嘘偽りの無い本物で……ヴァネッサは彼女のことを抱きしめると、どこか真面目な顔を隠しながら頬へ口付けをした。
◆ ◆ ◆
当主を失ったジラード家はひどく重苦しい空気に包まれていた。関わりのあった貴族たちが挨拶に訪れる中、客の一人に騎士団長クローデットの姿が見える。
鎧の上に暗いケープを纏った彼女は他よりもずっと目立っていた。開いていた玄関から顔を見せると、
「クローデット様。ご足労いただきありがとうございました」
「私のことは構わない。それより、あまりにも不幸な出来事だった」
「お心遣い痛み入ります。……部屋は見て行かれますか」
「そうさせていただこう。案内を頼みたい」
「かしこまりました」
使用人の後をついて、クローデットはオーレリアンが使っていた私室までやって来た。主を失った部屋はその殆どが昨日のまま保存されており、炉では未だに火が寂しく燃え続けていた。
「灰の中から、短剣が見つかっています。普段オーレリアン様が護身用に持ち歩いていたものです」
「……誰かに殺されたのか?」
「ですが、他に証拠がなく。昨日はオーレリアン様が人払いを命じていたため、目撃者も誰一人おりません」
腕を組み、クローデットはしばらく思い悩む。
何か奇妙なことが起きているのは確からしかった。
「……分かった。忙しいところすまなかった。最後に窓の下を見ても良いか」
「下は、まだ血が残っております。よろしいですか」
「血なら見慣れている、心配は要らない」
黒の喪服に身を包む人々の間を抜けたクローデットはオーレリアンが発見された場所へ向かう。既に遺体は運ばれていたが、彼女が言っていた通り、庭には血が残っていた。
そこが悲惨な現場であったことを想像するのは難しくない。クローデットは使用人の女に礼を言うと、血を踏まないように窓の下を歩き始めた。
(オーレリアンは多くの人から恨みを買う男でもあった)
(身投げを図ったことも考えられるが……現状、他殺の可能性が十分にある)
(何かあるはずだ、何か……)
目に見える範囲を軽く回ってみるが、特に何かが見つかるわけではない。それでも諦めず、壁際に植えられていた低木の下へ身体を突っ込む。
やはり何もない。諦めて帰ろうとしたクローデットだったが……
「……ん?」
ジラード邸と低木の隙間に何かが落ちている。
暗がりの中、白く細いものが目立っていた。それを掴み、外へ出てきたクローデットは、自分が見つけた物を確認して……息を止める。
彼女が見つけた物は――僅かに血の色が付いた、
白く見えていたのは、その根元部分だった。
「これは……そんな、まさか……」
思い詰めた様子のクローデットは、後ろから他の客が来る気配を察知して羽根を隠した。そのまま平然を気取り、挨拶を済ませてジラード家の敷地を出る。
歩く速度はひどくゆっくりだった。
クローデットの中で枯れていた二年前の烈情がふつふつと蘇っていく。すれ違う人たちは皆彼女の顔色を心配していたが、そうではない。それどころではないのだ。
(あれが、もし、
(奴はまだ、町のどこかに潜んでいる……)
(生きているんだ……!)
かっ開いた翠眼の奥で燃え上がる"白騎士"の魂。それは彼女が一度諦めかけたもので、過ぎゆく時間と日々の政治で磨り減らしていたもの。二年前、かつて英雄として魔女の前に立ったあの時の執心が、鮮烈に蘇った。
籠手でこぶしを作り、前のめりになって獣のような息を漏らす。
笑みが零れた。刃の如き歯が剥き出しになった。
(絶対に見つける……この私から逃げられると思うなよ、