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6-4 騎士団の誇り

 昼の騎士団寮の書庫にはクローデットの姿があった。書記官によって記録されたものが残るこの場所で箱を漁り、中の書類を引っ張り出しては日付を確認している。


 目を通しているのはどれも二年前のものだ。

 探し出したのは――騎士団寮の料理長が殺害された事件の記録。早速確認するが、どういうわけか事態の重さに反して記述が薄い。


(これは公式な記録文書のはずだが……最低限のことしか書かれていない)

(嘘だ。あの人の影響力からして、こんなことはあり得ない)


 他の記録も見直してみるが、どれもあたっても有意義な情報は得られなかった。だが記録者の交代が起きてからは細かな内容も書かれるようになっている。その日付は、クローデットが騎士団長に就いた時期と符合する。

 当時は様々な役職で交代が起きた。新しい騎士団長のもとで新体制が作られたことも理由だが、同時期の遠征で経験豊富な騎士が駆り出されたことも理由である。


(前任者の多くは、皆が前騎士団長と共に"悪魔の門"へ向かっていった……貿易路の構築と長期間にわたる治安維持が目的だ、早くても数年は戻らない)

(あの事件を今から調べ直すことは出来ないが、もしジラード家が関わっていた場合、騎士団内の記録者が何らかの忖度をしていた可能性はある)

(……そう考えるしかない)


 何かないか。諦めきれずにクローデットは書庫の中で埃を被る。

 脳裏には、以前「砂魔女」の話を聞いてきた女の顔がよぎっていた。彼女のために、という分かりやすい建前を持ちながら、その実クローデットは自分自身のために真実を見つけようとしていたのかもしれない。騎士団という場所が生涯を捧げるに相応しい場所であると信じるため、ただひたすらに箱を漁る。


 ……しばらくして。

 一番下に積まれていた箱を動かした時、床のタイルが一緒にずれていくのを見た。膝を折ってタイルを取り外すと、そこには小さな穴が開いている。


(これは――)


 両手程の大きさの箱が、床下のスペースに隠れるように収められていた。ここに放置されてしばらく経つが、まだ古すぎるわけでもない。

 蓋を開けるとハーブの香りが上ってくる。

 中には一通の古い手紙が入っていた。周りにはわらが詰められ、香りの元となった薬草が添えられている。もう枯れてしばらく経つが、植物の種類は判別できた。

 クローデットは深呼吸を一つして、古い手紙を開いた。

 手紙の内容は、騎士団内のある人物の殺害を委託するもの。成功報酬として大金と社会的地位、城下町外の住民に対する福祉の充実などが謳われている。


(これは……殺人の依頼書だ)

(依頼人の名前は無いか。だがこれで十分だ。なかなか上質な紙を使っている上に、このハーブは見覚えがある……ジラード家の庭に同じ植物が植えられている)


 箱の底には別の質感の紙が紛れ込んでいる。そこにはメッセージが書かれていた。


 "手紙を読んでいるあなたが、真に騎士たりえる者であることを願う"

 "我々がどうして彼女を失ったのかを、決して忘れてはならぬ"


◆ ◆ ◆


 訓練場では一対一の実戦演習が行われていた。女将校ベアトリスの監視の下、鉄仮面を被った騎士二人が木剣を操って何度も剣先を掠れさせている。

 ぶうん、と片方の剣が振り上げられた。だがその一撃は剣身を滑るように受け流され、大きな隙を晒してしまう羽目になる。

 相手は直ちに別の手を伸ばし――剣を握る手首を封じる。チャンスだ。そのまま一気に迫り、剣を振り上げ、柄頭で頭を取った。


「――やめ!」


 白兵戦は短いと数秒で終わる。勝負を決める一瞬を制するため、武器ごとに適した間合いを実戦経験で何度も身体へ染み込ませる……そんな彼らを指揮するベアトリスは腹の底から声を飛ばして場の空気を引き締めていた。

 その最中に、寮からクローデットが姿を見せる。演習の合間を見計らってやって来た彼女は、騎士たちが各々反省会を行っている中、ベアトリスの隣で囁いた。


「ベアトリス、ちょっといいか。少し二人で話をしたい」

「はい、クローデット様」


 クローデットはいつになく真剣な表情をしていた。他の騎士たちと距離を置いてから、万が一でも他の人に聞かれないように息を潜めて話す。


「砂魔女の一件を覚えているか?」

「……忘れるわけがありません」

「書庫で前団長の隠していた箱を見つけた。あれに、嘱託殺人の証拠になる手紙が入っていた」

「っ! 宛名は」

「名前は無い。だが、あれだけで十分だ」


 とん、とベアトリスの肩鎧に手が乗せられた。


「結論だけ言う。ジラード家が噛んでいたことは間違いなくなった……後でその手紙も見せる。おそらくは証拠の破棄を恐れて隠したのだろう。何しろ、二年前あのときの出来事だ、誰が内通しているか分からなかったからな」

「皆には、話しますか」

「今は君だけが知っていてくれ。彼女はとても慕われていた、下手に公開したら感情的な手段に出る者が現れる」

「分かりました。でもどうして私だけに? 他にも知るべき人がいるのでは」


 ベアトリスはやや上目づかいするようにクローデットを見上げる。

 その時、肩に置かれていた手が彼女を強く引き寄せた。


「あ、クローデット、様」

「……君は誠実で、実力もあって、周りから信頼されている。次の騎士団長を選ぶことになったら間違いなく推薦されるはずだ」

「どうして急にそんなことを。まるで、いなくなるみたいじゃないですか」

「いいかベアトリス……万が一があったら、砂魔女のことは君が語り継ぐんだ。彼女の物語は残されなければいけない。我々は、かつての敵でありながら最も慕っていたあの女性を、己の力のみで戦えなかった故に失ったんだ」


 その言葉を受け取ったベアトリスは目を閉じ、何度も咀嚼するように頭の中で反復した。次に目を開いた時、深い黒の瞳には煌々とした光が宿っていた。


「話はそれだけだ。邪魔して済まなかった」

「……クローデット様、この後時間は空いてますか?」

「ああ。今日の雑務はもう残っていない」

「久しぶりに、皆の相手をしてはどうでしょう? ここしばらくは外へ出られることも多く、疲れが残っているかもしれない中恐縮ですが……きっと喜びますよ」


 女将校は、肩で揃えられた黒髪ブルネットを揺らしながら、訓練場の方を向いてそう訊いた。クローデットは微笑みながら頷く。

 二人で元の場所へ帰ると、ベアトリスはクローデットを横目に声を張り上げた。


「今日は、クローデット様が直々に稽古をつけられることになった! このような機会は滅多に無い、腕に自信のある者は前へ出ろ!」

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