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6-2 頼み事

 二人のグラスへ、緑色に透き通ったヴィンテージワインが注がれていた。

 ジラード邸にて行われている会食で、ひと山を越えたヴァネッサはオーレリアンの機嫌を取りながら「砂魔女の最期」についての情報を聞こうとしている。


「アルダブルは昔から、魔女による襲撃が繰り返されてきた歴史を持つ国だ。彼女たちは突然現れると、災害の如き勢いで人々の暮らしを破壊していく。しかし中には我々との共生を選び、技術と文化の発展に貢献する者も存在する」

「……魔女が、人間に紛れて暮らしている?」

「今思い出せる範囲だが、約100年前の死魔女、80年前の紅魔女は騎士団によって討伐された。しかしその後だ。およそ40年前、森からやって来た茨魔女が、どういうわけかそのまま城下町で共に暮らす道を選んだ」

(旦那さんに出会ったのね……)

「そして……18年前か。西の砂漠から砂魔女がやって来た。彼女は砂を操る力で王国へ攻め入ろうとし、騎士団がそれを止めるために討伐隊を編成。結果……和解が成立した。砂魔女も城下町へ移り住み、騎士団の一員になった」


 そこまで話して――オーレリアンはしばらく黙った。

 ヴァネッサは何も言わずに待った。やがて彼は目を伏せ、重い口を開いた。


「だが、一度街を襲った魔女が自分たちと同じ場所に住むのを一部の人々は嫌った。反魔女派の走りだ。彼らは魔女の排除を望んだ」

「――それで」

「二年前、北の森から黒魔女がやって来た……いや、


 ごくり、とヴァネッサは唾を飲む――演技をする。妙にこそばゆい気持ちだ。


「彼女は王国を自らのものにするため、丁寧に、丁寧に自らに賛同する者を増やしていった。そして世論を分断し、反乱を呼びかけては騎士団を翻弄した。我々は次第に、誰が味方か分からなくなっていった」

「……あの雰囲気は、覚えています」

「だがそれは、かねてより魔女を好く思わぬ人たちの、チャンスになった」


 フォークを握るオーレリアンの手に力が入っていた。どこか躊躇う様子を見せながら、彼はじっと彼女の顔色を窺う。

 ヴァネッサは憂い顔で俯いていたが、視線を上げて僅かに頷き、話の先を促した。


「私は、後に反魔女派と呼ばれるものを立ち上げた。私財を投げ打って騎士団と協力し合うことも決めた。だがそれは、黒魔女を倒すためだけではない」

「……もしかして、砂の魔女も」

「そうだ。私は使いの者を利用して、騎士団の内部事情を調べた。人員の配分、物資の蓄え、見張りの場所と時間……そして、あった。たった一日、ほんの少しの時間だけ、誰の目にも掛からず、騎士団寮にいる砂魔女に手をかけられる時間が」


 テーブルの上に並ぶ料理も、グラスに残ったワインも、全てが灰色に見えるほど辺り一帯の空気が鈍く重いものへ変わっていた。ヴァネッサは黙ったまま、緑ワインを一口含んで思案に耽る仕草をする。


「貴方が、直接……?」

「いや、私が館を離れるわけにはいかなかった。城下町の外に作られた粗末な家バラックの街から一人、男を雇って……命令した。、と」


 ついに欲しい情報を聞き出せた。ヴァネッサは確かにそれを聞いた。ひとしきり喋り終わったオーレリアンは彼女の視線に気付くと、これまでの空気を茶化すかのように笑ってみせる。


「そんな目で見ないでくれ、ヴァネッサ殿」

「ああ、ごめんなさい。ちょっと真面目に考え事をしてしまって」

「このような話だからな、無理もない。あまり綺麗な話ではないが……」

「でも、気持ちはわかります。私だって……魔女が、怖いですから」


 もはや、オーレリアンという男は"用済み"であった。ヴァネッサは皿の上に残った料理を食べながらゆったりと構え、にっこりと微笑んでオーレリアンの為に道化を演じる。


「オーレリアン様の本音を聞けて、より一層貴方に近づけた気がしました」

「それなら良かった。この話を知る者は少ないが、貴女は知るに相応しい聡明な人だ……話して、私も少し肩が軽くなった気がしたよ」

「ふふっ、では気分転換にもう一杯どうですか?」

「頂くとしよう。注いでくれるかな」

「勿論。ではこちらに……」


 ヴァネッサは差し出されたグラスへ残りのワインを注いだ。その後、最後の乾杯を済ませてから入っていた分を飲み干した。皿の料理もなくなって、二人が満足した辺りで会食もお開きとなる。

 もっとも、どういう意味で満足しているかはそれぞれ違うだろうが。


「あの……今度は、満月の晩にご一緒できますか」

「構わないとも。君のような女性の頼みならば」

「有り難うございます、オーレリアン様。では次は、私が手料理を持ってきますので、部屋で二人の話をしましょう。……このことはあまり他の方には話さぬように頼めますか? できれば今日のように、静かであれば」

「いいともいいとも。では、その準備が出来ればこちらから手紙を送ろう」

「嬉しいです。感謝します……」


 挨拶を済ませ、オーレリアンに見送られながらジラード邸を出る。

 夜はとっぷり更けていた。軽くなった籠を持って、霧雨に紛れるように帰った。


(ふぅ……)


(これで、安心して殺せるわね)

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