目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報
5-5 ハンバーガーを添えて

 受付で料理を頼んでからしばらく経って、心躍る香りにベアトリスが眉を上げた。出来上がった料理――ハンバーガーと付け合わせのポテトが載った皿を1枚ずつ手に持ったリルが、座って寛いでいた二人のもとへ慎重に歩いてきていた。


「お待たせしました、ハンバーガーセット二つです。こちらがパティ二枚入っている方で、もう一個がベーコントッピングになります」

「わああ、とっても美味しそう……!」


 念願のハンバーガーを前にしたベアトリスは大きな目を輝かせていた。

 手を汚さないよう配慮された紙袋の中、柔らかく厚みのあるバンズにこれまた肉厚なパティが挟まっている。強めに効かせたスパイスが鼻をくすぐり、端から姿を見せるレタスの色も緑色で目に鮮やか。同じ皿に一緒に盛られた皮付きのフライドポテトも一本一本が太く、油と塩を纏って煌びやかに飾られていた。


「えへへ……ポテト、ちょっとサービスしちゃいました。ゆっくりしてくださいね。お水が無くなったら言ってください!」

「ありがとう。とっても嬉しい!」


 リルは彼女の反応を見て笑っていたが、何か別の用事を思い出したのかすぐに厨房へ戻ってしまう。

 ベアトリスはまず、手頃に食べられるフライドポテトを一本つまんで放ってみる。歯触りの良いクリスピーな外側と中の柔らかな芋の食感がほどけ、油と塩で際立った旨味に頬が上がってしまった。


「うわあっ、凄い……食べます?」


 向かいのクローデットは目を細めたまま首を横に振った。

 ベアトリスは二人で来たことも忘れるようにハンバーガーを凝視し、包み紙ごと両手で大切に持った。みしり、と中の詰まった嬉しい重さに期待が膨らみ、そのまま我慢できない様子で口を大きく開けて重厚なジャンクフードへ食らいついた。

 がぶりと一口噛みしめると肉とソースの旨味が炸裂する――彼女はまるで殴られたように頭を振ってから次のもう一口を奪いに行く。両手の中に未だ大きな塊がある喜びを噛みしめながら、身体全体から漲る衝動に駆られるように無心で喰らう。


「う……うまっ、うま……」


 夢中になっていた。脇を締め、込み上げる力を必死に逃がしながらベアトリスは至福の時間に酔いしれる。たった一種類の言葉を呟きながらもう一度大きな口でかじりつき、バンズとパティが織りなす味わいへ夢中になる。

 ……しかし喉が渇いた。そう思ってベアトリスが手元のコップを持とうとした時、中に入っていた水が増えていることに気付く。


「様子を見に行ったら、水がなかったので、足しておいたんですけど……」


 声の方を向くと、ちょっと意外そうに目を大きくしたリルと目が合った。

 ベアトリスは手元のハンバーガーをもう一度見て、それが既に半分以上削り取られていることに気が付くと、まるで節操ない子供のようにがっついていた自分が恥ずかしくなって顔を赤らめた。


「あっ、ごめんなさい、つい――」

「えへへ、私も店長に"とても美味しそうに食べる"ってよく言われるので、なんだか自分を見てる気分になっちゃいました。うれしいですっ」


 リルも顔を赤くして……照れ隠しをするように厨房へ戻っていった。少しだけ周りが見えるようになったベアトリスは、視線を向けられてもあまり気にならない程度に慎ましくハンバーガーを食べ続け、そのまま袋の中を平らげてしまった。

 しかしよく見ると、袋の底にはハンバーガーから漏れた「魔女のソース」が溜まっている。悪い思いつきに囚われたベアトリスはフライドポテトをスプーンの代わりにして、残っていたクリーム色のソースをすくって一緒に食べてみた。


「~~~~!!!」


 至極当然。明々白々。

 あまりの衝撃で凍り付いたように固まったベアトリスは、そのままゆっくりと上体を前へ倒してから、笑いと呻きを堪えきれない様子で破顔していた。


「おいひい……おいひふぎ……」

『やはり正解だったな。今日君と来られて、本当に良かったと思うよ』

『ああっ、すいません。食べます? めちゃめちゃおいしいですよ』

『……いや、君が食べると良い。ここに座るだけで私も元気になれる』


 クローデットはそう言って、自分へ向けて置かれていた料理の皿を優しく押しやった。ベアトリスはここへ来た目的を思い出して我に返り、自分の分と入れ替える。


『ベアトリス。騎士団という場所をどう思う?』

『ん……私は、居心地の良い場所だと思ってます』


 二個目のハンバーガーを一口かじってから、ベアトリスは言葉を続けた。


『私は小さい頃から、騎士団が紅魔女を倒す昔話を聞いて育ち、騎士という存在に憧れを抱きながらここまで来ました。勿論苦しいこともありましたが、黒魔女のことを経験してから、より一層自分の居場所はここだと思うようになったんです』

『……君はあの時、反乱軍パルチザン鎮圧部隊の副隊長だったか。隊長が暗殺された後、退くことなく務めを果たしてくれたことに、今でも感謝している』

『礼には及びません。既に、その感謝は"将校"という形で頂いています。私は……街を守る騎士の一人でいたいです。ここの人たちは、家族みたいなものですから』


 話を聞いたクローデットは前のめりになったまま口元に手を当てて何か思考を巡らせ始める。ベアトリスは水を一口飲んでからポテトを口へ放り、僅かに視線を逸らして不慣れそうに囁いた。


『ですが何より、貴女とこうして話せることが、私にとっては一番の名誉です』

『ベアトリス……そうか。ありがとう』


 クローデットの肩はいくらか軽くなっていた。問題が解決したわけでもなければ、大きく前進したわけでもない、それこそただの気休めでしかなかったが……今の彼女にはそれこそが最も必要だったのだ。

 まだ皿にポテトが残っている。今日一日、他の騎士の指導にあたっていたベアトリスは足りなくなったエネルギーを補うかのように料理を喰らい続けた。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?