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5-2 看病

 リルがを連れて「レイヴン・バーガー」に戻ると、二階の私室でヴァネッサが床に落ちていた。あれから頑張ろうとしたが力尽きたようである。


「店長!」

「リルちゃん、あとは私に任せて。お店開けないといけないでしょ」

「……分かりました。ローラさん、店長をよろしくお願いします」

「わかったよ。彼女とは長い付き合いだからな心配しないで」


 酷い頭痛に苦しむヴァネッサの救世主、もとい薬草屋の女店主は、心配そうに見つめるリルを安心させて一階の厨房へ向かわせた。そのまま床の上で伸びていた黒魔女を抱え、ベッドの上で仰向けに寝かせる。


茨の魔女ソーン……? ああ、リルが連れてきてくれたのね」

「病人は無駄に喋るな。机を借りるぞ」

「……ええ。好きに使いなさい」


 許可を貰った茨の魔女は、ヴァネッサが普段使う机へ持ってきた籠を置いた。掛かっていた布を取り払うと、乾燥した薬草の包まれた厚紙、調合用の天秤と錘、持ち運びに適した大きさのすり鉢とすりこぎ棒、反応を加速させる薬液の入った小瓶など一式が姿を現す。ヴァネッサの机は、たちまち薬師の仕事場へ変わった。


「病気の類いではない、あまり寝ていないからだ……違うか?」

「そんなところよ」

「だろうなと思った」


 乾いた草と実を1種類ずつ粉末にして、分量が正しいか秤で確認してから一つに混ぜ合わせる。よく慣れた手つきだった。鼻をつく香りがヴァネッサのところへ漂う頃には、粉末はコップで水と混ぜられる。


「店を開くと聞いて最初はどうなるかと思ったが、お前が変わってないみたいで安心したよ。余計な角が取れて付き合いやすくなったな」

「人が弱ってるからって、好き放題言ってくれるじゃない」

「そりゃあ貴重な機会だからな。昔からお前のお悩み相談所やってたんだ、今くらいやり返したって神罰は下らないだろ」

「神罰? フフ、魔女らしくないこと言うのね」

「……街での暮らしが長かったからな」


 最後、小瓶の中身を入れると液体の全体が泡立つように反応を起こし、全体が黒色へ姿を変えた。出来上がった"薬"を持った茨の魔女は、ベッドの上で身体を起こした病人へそれを手渡す。

 受け取ったヴァネッサは質問をすることもなく一息に飲んで……腹の中から湧いた空気を長い吐息に逃がした。薬の効き目はすぐに現れ、ひくついていた瞼が楽になる。


「ありがとう。楽になったわ」

「立とうとするな。お前に飲ませたのは鎮痛薬だ、その場凌ぎでしかない」

「でも、あの子が一人で頑張ってる」

「……」


 茨の魔女は、ベッドから抜け出ようとするヴァネッサの両肩に手を当てて向き合わせると、緑のヴェール越しに鋭く尖った視線を向けた。


「お前はあの子に傾倒しすぎているぞ。まるで親子だ、雇用主と従業員の間柄で済ませるには無理がある。ベッドだってこの建物に一台しかない」

「――何とでも言うといいわ」

「彼女との生活については知ったこっちゃないが、事を構える時は、私の知るお前であってくれ。じゃなくて……」


 話を聞いていた彼女は弱った様子で視線を落として布団に戻る。

 茨の魔女は、籠に入った古い手紙の山を部屋の隅に見つけた。昨晩ヴァネッサが自分の住処から持って帰った物だったが、それに言及されることがないうちに新しい話題が切り出される。


茨の魔女ソーン。砂魔女の最期について、分かったことを話すわ」

「聞かせてくれ」

「クローデットとお話をする機会があって……反魔女派の青年に殺された、という噂は嘘ではないみたい。ただ、彼女も犯人の名前までは断定はしていなかった」

「騎士団長の言葉なら信用して良いだろう。相手の見当はついてるのか?」

「……ある程度は、ね。でももう少しよ。で全部が分かる」


 ベッドの上で目を閉じたヴァネッサ……その口に苛烈な笑みが浮いている。


「次の半月の夜――もうそんなに日も残ってないわね。ジラードの家に行って、訊けることは全部尋ねてくるわ。そうなったらもう、彼に用は残ってない」

「事情は大体分かった。慎重にやってくれよ」

「心配要らないわよ。私を、誰だと、思っているの……」


 ヴァネッサは寝転がったまま、片手を茨の魔女へ伸ばす。それはしばらく宙を泳いだ後、力を失ったようにベッドの上へ落ちた。安らかに息をする黒魔女の横で、旧友が一人、どこか冴えない様子で彼女を見下ろしていた。


(騙すようで悪いが、さっきの薬に睡眠作用のある薬草を混ぜた。お前は無理をし過ぎる性格だから、こうでもしないとな。今は、ゆっくり眠ってくれ……)

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