城下町に並ぶ半木造に紛れるように、その場所はあった。ヴァネッサはクローデットの後に続いて塀の穴を潜り、好き放題に草の伸びた小さな前庭をかきわけて、言われなければ分からないくらいに隠れていた木の扉を開ける。
石壁で囲まれた小さな部屋の真ん中には円いテーブルが置かれ、向かい合うように椅子が二つ置かれていた。二人はひとまず腰を落ち着ける。
「騎士団が所有している施設の一つだ。ここなら、他人の話を聞くような不届き者はいない。……では、本題に入ろうか。何を知りたい?」
騎士団長クローデットはそう言って、反対側で肩を縮めるヴァネッサと目を合わせ、にこりと微笑みかけた。とくり、とヴァネッサの心臓が音を立てる。
「その……うん。砂の魔女が死んだ時のことを知りたい。色々話を聞いてはみたけれど、人によって言ってることが違ってて、何が本当なのか分からないの」
「ああ、確かにそうだろうな……」
「もしかして、何かあったの?」
ヴァネッサの言葉を聞いたクローデットは円い天板に視線を落とし、腕組みをしながら考え事に耽っていた。やがて顔を上げてから、一つ一つ言葉を選ぶように、慎重に口を開く。
「おそらく、砂魔女は黒魔女に殺されたという話を聞いただろうが、あれは嘘だ。二年前のあの日の夜、砂魔女は騎士団寮にいた……いくら策に長ける黒魔女であろうと排除するのは容易でないし、何しろ彼女は戦いに直接参加していなかった。わざわざ手を出す理由は薄い」
「ん……。じゃあ、一体誰が?」
「当時、反魔女を掲げていた過激派の青年だとされている。警備が手薄になっていたところを忍び込んで――っ」
クローデットはそこで言葉を詰まらせた。そして、喉を鳴らしてから、椅子に深く寄りかかり、肘置きで頬杖をつきながら虚空を見つめ始めた。
ヴァネッサにとって、そのまま油絵に残して飾りたくなるような姿だった。
「何もかもが、完璧だった。私たちの事情を知ってなければ、あんな……」
「ねえ。引っかかったんだけど、その犯人は捕まっていないの?」
「……」
部屋の中がしんと静まりかえる。一瞬下手を打ったかとヴァネッサは冷や汗を掻いたが、ほどなくしてそれは杞憂に終わる。
「当時、私は黒魔女の討伐部隊の一員で、砂魔女に関する全ての情報を知ることが出来たわけではないが……少なくとも"誰がやった"とは聞いていない。記録にも名前は残ってないだろう」
「そんな……」
「だが、全く見当つかない訳ではない。砂魔女は、騎士団の厨房に無くてはならない存在だった。あの人は全ての騎士の寮母だった……決して表沙汰にはなっていないが、当時の騎士の間では犯人捜しが流行ったんだ」
空になっていたクローデットの瞳に熱が戻り始めていた。
どこか上に揺れるような声のまま、彼女は頬に当てていた手を拳に変える。
「魔女への反感を抱き、当時の騎士団の動きを知りうる立場にある、そんな人物がいるとするなら、私には、
「それって」
ヴァネッサは、喉元に出かけた言葉を吟味して……
「ジラード……」
クローデットは、何も言わなかった。顔色一つ、変えなかった。
「――私が知っていることは、以上だ」
「ありがとう。貴女に聞くことができて、本当に良かったわ」
「こんな答えで喜んでくれるだろうか?」
「そうね」
顎に手を置いて、ヴァネッサはリルの顔を思い起こした。彼女の見せる太陽のような笑顔はあまりにも眩しい。それを陰らせることが憚られてしまうほどに。今日聞いたこの推測は、彼女に伝えるべきだろうか?
「でも、それが本当だとしたら、あの子は……」
あまりに、可哀想ではないか……
項垂れたヴァネッサの唇の中で、前歯がかちかちと当たっては擦れていた。