一仕事を終えたベアトリスは、仮面を被った騎士の姿のままで城下町の噴水広場を訪れていた。周りを通り過ぎる民に混ざって、午後の「レイヴン・バーガー」を窓から様子見する。
中では、黒い帽子を被った少女――リルが慌ただしくあちこちへ動き回っていた。完成したハンバーガーを運んだり、テーブルに残った汚れを拭いたり、カウンターで注文を聞いたり……店にやって来る客を次々応対していく姿は、以前に出会った快活な少女とはまた違った印象をもたらしていた。
(ここの料理も気にはなってるけど……)
(仕事柄、自分が騎士だとは無闇に話せないから。また後日かな?)
ベアトリスはその場所を立ち去り、両脇に料理店の並ぶ通りへ入った。
外食街。様々なルートで仕入れられた食材をもとに、昼夜様々な店が己の味を競っている食の戦場。城下町の中では最も活気があるのは噴水広場だが、ここ外食街はその次に人の通りが多い。
今回の彼女の目当ては建物に入った店ではなく、道の端で営業している一軒の移動式屋台の店。その名も「ゲイリー・ドッグ」……手押し車の外に店の名前がでかでかと目立つように書かれていた。
屋台の中では、頭にバンダナを巻いた大柄な男性が客の注文を次々と捌いている。獅子のような顔をしているその男こそ、店の名前にもあるゲイリー本人だ。
鉄板の上では長く太いソーセージが何本も温められていた。ゲイリーは切り込みの入った細長い白パンを取り出すと断面に黄土色のソースを塗り、炒めた刻みタマネギを敷いていく。そして……焼きたてのソーセージを乗せてから、最後にたっぷりの「
「ゲイリーさん」
「おっ、騎士の姉ちゃん、いらっしゃい! 今日も"アレ"か?」
「うん、よろしく!」
彼はベアトリスからの注文を聞くと、先程と同じように焼いたソーセージをパンに挟み……少し遠いところに置いていた小壺を手元に寄せた。中に入っていた匙を抜くと、赤に染まった粗い粒状の具材が持ち上がる。
あれは辛い――見ただけでそうと分かるし目がヒリヒリしてくる。それをゲイリーは惜しむことなくソーセージの上から乗せ始めた。
「そうだ、"モキュモキュチキン"って店は知ってるよな? あそこの姉妹が遊びに来たんだ。なんでも新しいメニューを開発してるらしい……妹さんから、辛いもの好きに今から宣伝してくれって頼まれてな。嬢ちゃんには教えておくよ」
「新メニューですか!? わあ、凄く楽しみです!」
「この間、噴水広場にハンバーガーの店ができただろ。あれに触発されちまったらしい。親父さんが亡くなられた後もよく頑張ってるよ……」
染み入るような声で話す男の太い指の中、ベアトリスが贔屓にしている「チリドッグ」が完成した。持ち帰り用の袋に入れてもらい、銅貨を出してから受け取る。
「ありがとう、ゲイリーさん。ちょっとこれから行ってみるよ」
「おう、二人によろしくな」
ベアトリスは袋を持ったまま、外食街の奥へ向かって更に進んだ。
◆ ◆ ◆
モキュモキュチキン、という店名は最近に付け直されたものである。
ベアトリスが入店すると誰もいないカウンターが出迎えた。しかし彼女は知っている。もう少し進んでカウンターへ接するように立ち、若干前屈みになって向こう側を覗き込むと――
果たして、エプロンを纏った背の低い少女が、やる気の無い顔で立っていた。
「しゃい」
「レッドチキンとフライドポテト、持ち帰りで頼める?」
「あい……ねーちゃん、辛いのとポテト持ち帰り」
「は~い!」
客には見えないところから慈愛に満ちた返事が戻ってきた。他に並んでいる人はいなかったため、頭すら出すことが出来ていない受付と世間話に興じる。
「新しいメニュー作ってるって、ゲイリーさんから聞いたよ」
「とびきり"からい"匂いがむんむんしてる、わかるぞ」
「そうだよ。辛いメニュー作ってるんだって? 期待してるから」
「まかせろ! あのハンバーガー屋よりうまいものをつくってやる!」
「あはは、気合い入ってるね……」
本当に意識してるんだ、と鉄仮面の中でニッコリしてしまう。
会計を済ませて話を聞いていると、厨房から茶けた髪を伸ばした女性が紙袋を持って出てきた。彼女は慈愛の籠った目でベアトリスに商品を手渡し、ちいさな仕事仲間をそっと後ろから抱き寄せた。
「はい、お待たせー。うふふ、今後もお店とミーアをよろしくね」
「ソフィーねーちゃん、ぼくのことはいいぞ!」
「ありがとうございます。新作楽しみにしていますね」
「はーい。ミーア、応援されたからには頑張らないとね?」
「んにゃーっ」
持ち上げられるように抱きしめられたミーアが足をばたばた動かしてもがく。
ベアトリスは、二人の仲睦まじい様子を前に安心した様子で店を去って行った。