(この国は腐ってる)
物心ついた頃から、どうしてもそう思えてならなかった。玉座の上にふんぞり返って気分で物を言う父や、ごてごてと派手に飾り立て気に入らなければすぐにヒステリーを起こす母を見る度に情けなくなったし、そんな両親へ露ほども思っていない美辞麗句をひたすら並べ取り入ろうとしている貴族達にも嫌気が差していた。
「干ばつのせいで収穫量が半分に減った? そんなの知った事ではない、王家のためならば自分達の食い扶持を減らしてでも税を納めるべきだろうが!」
「国民は王家や王家に連なる貴族の繁栄のためにいるのです。王家のために働けないと言うのならば、そんな虫けらこの国には必要ありませんわ」
「ええ、ええ、まさにその通りでございます!」
どうしてそんな事を平気で言えるのだ。どうしてそんな事を言う王と王妃を、諫めずに賛美するのだ。
……いや、ここで反論するような事を言えば一族諸共言い掛かりの罪を着せられ凄惨な末路を辿るだろう事は分かりきっている。この国唯一の王子である俺でも只では済まないだろうから、いわんや臣下達はという話だ。
「減税嘆願書を出してきたのは、ブリム領だったな」
気分が悪い会議を終え自室に戻ってきたばかりではあるが、側近であるグレードにそう尋ねる。その通りです、と答えた彼に渡された資料を確認しながら、明日以降の予定を脳内で組み立てていった。
「如何致しますか?」
「明日の公務は午前中だけだから、俺が現地に行く。飛ばせば夕方には着くだろう」
わざわざ嘆願書を出してきたという事は、相当追い詰められているという事だろう。王家を試している可能性もあるが、どちらにせよ誰かが現地に行って現状を見極める必要がある。
「では、信用のおける先行調査員を選定して派遣しておきます。全て王子お一人で調査していたら、明後日の公務に支障が来るでしょうから」
「……それよりもこっちの方が優先だと思うんだがな。王子への謁見という名の見合いなんて、後回しでも良いだろ」
「人命に関わるという観点で考えれば私もそう思いますけれど……今回のお見合いもとい謁見は、王と王妃たっての希望ですからね。あの二人の機嫌を損ねると、ブリム領がとばっちりを食らうかもしれませんので」
「……それもそうだな」
この国の成人は二十歳。それは王族も例外ではないので、現在十九歳の俺は来年成人となる。王族貴族ともなれば成人前に結婚して子が産まれていてもおかしくないので、王子である俺に婚約者すらいないのはある意味異常な事だった。
しかし、俺には成し遂げたい願いがある。そのために全力を尽くしている最中だし、内容を考えたら俺は独身でいた方が良い。そう思ったから、今までの婚約話は全て断っていた。
だから、今回の話も本当は断るつもりだったのだが……今度こそ決めてもらわないと示しがつかない、断ると言うのならば王へ反逆したとして身分を剥奪し相応の処罰を与えると言われたのだ。そんな脅しに屈したくはなかったが、今はまだ王子でいないといけないので仕方ないと受け入れた。悲願が達成された際にはおのずと破談になるだろうし、それまでの辛抱である。
「例の件の準備はどうなっている?」
「抜かりなく。参考文献の運搬時、門番に書物の内容を知られて咎められましたが……王子が後の外交のために外国の文化や制度について知っておきたいから希望なさっている、と伝え賄賂を渡したら見逃してくれました」
「分かった。苦労をかけたな」
そう言ってグレードを労うと、調査員の選定を始めると言って部屋を出て行った。一人になった空間で、一つ大きな溜め息を付く。
結局俺だって腐っているのだ。高潔でありたいと、清廉潔白でありたいと願っていても、搦め手や悪事に手を染めなければ奴らの傀儡にされるばかり。生き延びるためには、悪党にならないといけなかった。
それでも罪は罪である。希望のために耐えてくれと言って俺が我慢を強いた国民の中には、救えなかった者も大勢いる。
綺麗事ばかりではどうにもならないのが現実だ。だからせめて、自分が出した犠牲に報いるためには……彼らを忘れずに、己が信じる正義のため突き進むしかないのだろう。
「……ルナティアーラ・ロベルタ」
明後日に謁見という名で顔を合わせる、ほぼ間違いなく俺の婚約者となる女性。ロベルタ家は王家に取り入ろうとするタイプかつ、貿易をしているから外国にも顔が利くし保有資産も相当ある。あの両親が選ぶには妥当な相手だ。
(どんな相手であれ、俺の計画の邪魔はさせない)
俺の悲願は今の王制を廃して民主制を確立する事だ。それはつまり革命であり、王族と貴族の独占的な繁栄の終焉を意味する。当然、両親を始めとした王族や上流貴族達は猛反発するだろう。だから、奴らに悟られないよう慎重に計画を進めてきたのだ。
「せめて、こちらに無関心でいてくれる相手だったなら良いんだが」
やるべき事は山積みなのに、更に余計に増えるとは。もう一度溜め息をついた後で、税についての国法を確認するため本を開いた。