「はぁぁぁああっ!」
生命力を糧として、魔法を繰り出し続ける。
特大の光エネルギーが世界を白く染め上げていく。
「…………ッ!?」
魔法を唱えるごとに、身体にガクッと重みが増した。
高熱が出た時のように温度感が曖昧になり、嫌な汗が次から次へと出てくる。
口からは鉄の味しかしない。
視界もなんだか赤い気がする。
重心は安定せず、立っているのもままならないほどふらつく。
あと何発撃てるのかわからない。
今だって倒れそうなのを決死の覚悟で堪えているだけだ。奇跡的に立っていると言ってもいい。
次魔法を唱えれば倒れる可能性だってある。けれど、わたしはやるしかなかった。
止まるわけにはいかなかった。
もし魔法を止めれば、この場にいる人はみんな死ぬ。そんな未来は絶対に嫌だった。
なんとしてでも、食い止めなきゃいけない。
この災いを、今ここで討つ。
杖を強く握り、次なる魔法を紡いでいく。
「白き光よ集え 迷いの闇を照らせ 我らの道を開けッ」
悪魔が強大な魔力を秘めた技を解き放った。
呑み込まれそうなほど暗く黒い円球が、土埃を巻き上げながら迫り来る。
「【アル・グレイツ】ッッッ!!」
光が一斉に円球目掛けて進んでいく。
極大の光と闇がぶつかり合う。
光と闇は対の属性だ。互いを打ち消し合うように存在するため、すさまじい力のぶつかり合いになる。
視界は激しく明滅し、とてつもない余波が全身を襲う。
「くッッ……!」
唇を噛み締め、吹き飛びそうなほどの怒涛の反動を必死で堪える。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を整えながら、残された力を絞り出すように無理矢理次の魔法を練り上げようとする。が――
「がはッッ……?!」
魔法を構築する途中で臓器が破壊されるような激痛が起こった。焼かれるような痛みに苦しみ、断念を余儀なくされる。
そのままうずくまるような姿勢に一瞬なりかける。が、杖を支えにして気合いで持ち直す。
だが、時既に遅し。
わたしが手間取っている最中に、悪魔は魔法を完成させていたようだった。
脅威の一撃が、無情にもわたしに迫る。
ここから新たな魔法を生成するにはあまりにも時間が足りなさすぎた。
無駄だとわかりつつも腕を交差させ、闇の魔法の接近をまるで処刑される者のように怯えながら待つしかない。
わたしに黒く禍々しい魔法がぶつかる、その直前。
一瞬の出来事だった。
――光が
圧倒的な光の波動が、闇を弾き飛ばした。
なにが起こったかわからず、呆然と眩さに目を細める。
そして、我に返って光の発射元と思われる後方を見やる。
カナガゼルが、なにかを
「今のは、なんですの……?」
「
魔法が使えなくても強力な光属性の遠距離攻撃が出来るため、大変重宝されていると聞く。
「……そういうのを持っているのなら……最初に言ってくださりません?」
「あくまで保険だから、頼みの綱にしないでほしかっただけさ。……てか聖女サンもオレがなにか策があることくらい見抜くべきだったんじゃねぇか? 単独、丸腰で悪魔に挑むやつに見えたか?」
そういえば、そもそもカナガゼルは一人であの少年と対峙する予定だったのだ。
おそらく悪魔が背後にいることには気付いていただろうし、物理攻撃が効かないことも見抜いていたのだろう。
しかし、この魔道具をどこで入手したのだろうか。殺傷力が高く危険なため、一般には出回っていないはずだ。
「……あと、いくつありますの?」
「三つだ」
「わかりましたわ……投げる判断はそちらに任せますわ」
細かいことを考えるのは後にして、今は悪魔と向き合う。
わたしは魔法発動のため、集中力を高める作業に入った。
深く深く、心の底に潜るように精神を統一させていく。
「シュダ、お前に一つやる。タイミングは自分で見極めろ」
「いやちょっとまってくれ。もう全身痛くて」
背後で二人の話す声が聞こえる。
「あの聖女サンの姿見て、そんなこと言ってられんのか?」
「…………っ! わかった。俺も投げる」
「シュダ」
わたしは彼の名前を呼んだ。
「頼みますわよ……」
「……ああ! 任せろ」
力強い返事だった。
シュダに出来ることは
だけれど彼ならば、きっと最高のタイミングで投げてくれる、そんな予感がした。
わたしが魔法を唱え終える前に悪魔が攻撃を放った時、カナガゼルは
二回分はあっという間に消費され、残るはシュダの分のみとなった。
次の魔法を撃ったら倒れる、そんな気がした。もう意識朦朧で、魔法を唱えられることすら奇跡と言っていい状態だ。
微かに残る意識に縋り付くようにして、ギリギリの状態で保っている。
「幾本もの……光剣よ……!」
底を尽きそうな生命力をゆっくりと丁寧に魔力へ転換していく。
悪魔も攻撃態勢に入ったのが分かった。
聞き取れない言語を唱えている。
しかし詠唱は止められない。ここで中断すれば、費やした魔力……生命力は無駄になるからだ。
「肉を斬り……皮膚を裂け……ッ!」
杖の先に魔力が集まっていく。
高まっていく。
だが、悪魔のほうが僅かに早い。わたしの魔法が完成する前に、奴の魔法が放たれる。
――刹那
わたしと悪魔の間、なにもない空間に異物が侵入した。
シュダの放った
悪魔もそれに気付いたのだろう。咄嗟に魔法を唱えるのを止め、防御体勢へと移行する。
しかし、
否、
それは、ただの石ころだった。
そのことに遅れて気付いたのだろう、悪魔が再び攻撃へ転じようとする。
が、そこへ飛来した
わたしはその光に被せるように、
「【ノストオース】ッッッ!!」
魔法を完成させた。
白く輝く光の剣が次々と悪魔を取り囲むように生み出されていく。そして、無数の光剣が悪魔へと突き刺さっていった。
シュダの攻撃が完全に不意を突くような形だった。そして、悪魔はそこから立ち直れてはいない。
恐らくはわたしの攻撃も効果絶大だ。
ここが正念場。
わたしの生命力が尽きて倒れるのが先か。
悪魔がわたしの攻撃で倒れるのが先か。
「あああぁぁぁぁあっ!!」
自分を奮起づけるようにがむしゃらに叫ぶ。
生命力をガリガリと削って光剣を生成し、無限の光を浴びせ続ける。
精神が、身体が焼けて消えていくような気がしたが、構わず力を変換し続ける。
「いっけえぇぇええええーーッッ!!」
喉を裂くように声を上げる。
全身から光の力が溢れ出てくる。
周囲は太陽の光が射すかのように明るくなっていた。
全能感に包まれるように、わたしは魔法を放出し続ける。
悪魔の実体は少しずつ光に呑まれるように薄くなり、消えてく。
光の剣を放ち、放ち、放ち続け――
ついに――
悪魔を中心として、周囲に大きな力が一気に解き放たれ、霧散した。
奴がいた場所にはもうなんの気配も残されていなかった。
一帯には仄かな光の残滓が満ちるだけ。
その光はまるで勝利を祝福するようであった。
倒し、たんだ――
薄っすらと残る意識で、そう思った。
そのことを自覚した途端、全身から力が抜けるように、ぷっつりと緊張が途切れた。
視界が暗くなり、意識が遠のいていった。