深夜だったこともあり、教会へ行くのは明日に見送られ、今日はこのまま解散する流れとなった。
シュダは宿暮らしから脱したようで、今は街のどこかに長期で部屋を借りているそうだ。
フウラは両親が不安に思っているだろうし、夜道は危ないのでわたしが家まで送っていくことにした。
「あ、あのお姉ちゃん?」
「なにかしら、フウラ?」
夜道を二人で手をつなぎながら歩く。
人気はなく、静まり返った通りにわたしたちの声が寂しく響き渡る。
「お姉ちゃんの食べ物、勝手に食べてごめん。お昼を最後になにも食べてないからお腹減っちゃって……」
等間隔に設置された街灯がフウラの顔を照らす。
ぐっと唇を噛み締め、気まずそうな顔をしていた。
「それくらい構いませんわ。食べ物は食べられるときに食べるに限りますわ」
非常事態だったので、フウラが食べたことを咎めはしなかった。
「……ありがとう。お姉ちゃんはやっぱり優しいね」
フウラは頬を緩めて、気が抜けたように笑った。
「聖女ですもの。いえ、この返しは良くないですわね。……フウラのお姉ちゃんですもの」
「ふふっ。大好きだよ、お姉ちゃん」
「わたくしもフウラのことが大好きですわ」
互いに楽しく笑い合う。
現実から目を背けているだけなのはわかっている。
フウラはきっと内心では苦しんでいるのだろう。
けれどわたしがいるときは、安心してほしかった。
――――――――――
「フウラ! 無事だったのか!」
「お父さん……迷惑かけてごめんなさい」
住宅街にある一軒家、それがわたしの実家だ。
ドアを開けると、父が慌てた様子でフウラを迎えた。
「本当に、本当に心配したんだぞ!」
「うん」
父はフウラの両肩に手を置き、泣いていた。緊張が解けて涙が出てきたのだろう。
「ヒオラ、見つけてくれてありがとうな」
「実は……わたくしが見つけたわけではありませんわ」
「うん? どういうことだ?」
かいつまんで事情を説明する。
わたしが路地裏を探し回るために、装備を整えようと小屋に戻ったら、フウラが既にいたのだ。
一方フウラは攫われていたがなんとか脱出し、わたしの友人に助けてもらい、小屋で待っていたそうだ。
痣の件は隠すことにした。
父は超がつくほどの心配性だ。話せば、取り乱しておかしくなってしまうかもしれない。
「なるほど、そうだったのか。怖い思いをしたんだな」
父はフウラのことを、ぎゅっと抱きしめた。
「お父さん、苦しいよ」
「フウラが無事で本当に良かった」
一件落着のような、ほっとする空気感。
しかし、本当はまだ終わっていない。
そのことを思うと、胸がちくりと痛んだ。
――――――――――
わたしは久々にこの家に泊まっていくことにした。
フウラが怖いから一緒に寝てほしいと言うのだ。
普段であればそんな子供じみたフウラのお願いを断っていただろうが、今回は受け入れることにした。
フウラは悲惨な目にあった直後で心細いのだろう。
それに、痣はまだ広がり続けている。
こんな状態であれば大人だって怖くなる。フウラはまだ子どもなのだから、いっそう怯えているはずだ。
甘えたがるフウラをわたしは見過ごせなかった。
「お姉ちゃんと寝るの久々だなぁ」
「そうですわね」
フウラのベッドに二人で入る。
一人の用のベッドだから、当然窮屈だ。
けど、密着することでフウラは安心を覚えたようで、その表情は穏やかだった。
「明日はさ、教会に行くんだよね?」
「そうですわね。フウラのために悪魔をこてんぱんにしてきますわ」
「あたしも行っていい?」
おそるおそるといった感じでフウラが訊いてくる。
「フウラも連れて行くつもりでしたわよ」
「へ? なんで!?」
自分は置いていかれるんだと思っていたようで、フウラは驚愕していた。
「さきほど、フウラの痣を使って悪魔の居場所を突き止めましたわよね?」
「うんうん」
「それを敵方もできると考えるべきなのですわ」
「なるほど」
痣のついたフウラの場所を敵が認識できる可能性は非常に高い。
もしそうならば、フウラを一人置いていくことこそ危険であろう。敵が複数であるのなら、あっという間にやられてしまう。
戦場であれば、わたしがフウラを守れる。
「じゃあ、お姉ちゃんのかっこいい姿が見れるんだね!」
キラキラと光る目でわたしを見てくる。
「かっこいいかどうかはわかりませんわよ?」
なにせ、悪魔となんて戦ったことがないのだ。
一応悪魔に有効とされる魔法は使えるが、本当に効くのか不安は残る。
「倒せるのか不安なの? 大丈夫だって、お姉ちゃんなら絶対勝てるよ!」
「フウラが応援してくださるのなら、やる気が出ますわね。……ええ、きっとなんとかしてみせますわ!」
そしてわたしたちはゆっくりと眠りに落ちていった。
――――――――――
寝るのが遅かったからか、朝目覚める時間がいつもより遅れた。
青空の下、教会の方に行くと既にシュダが待っていた。
今後戦闘が待ち構えているのに軽装ではまずいと思い、装備を整えようと小屋に入る。
サクサクと準備していき、最後に上から厚手のローブを纏い、杖を持つ。
必ずフウラを救うんだ、と気合を入れて外へ出る。
「フウラもついていくのか? 大丈夫なのか?」
シュダがフウラの方へ目線を合わせながら問いかけてくる。
「目の届く範囲にいたほうが安全だと思いまして」
「お姉ちゃんに守ってもらうの! えっへん!」
自慢気にそう語るフウラ。
「そういうことか」
したり顔でシュダは頷いた。
「これから旧教会に行くんだよな?」
「いえ、まずは公園に向かいますわ」
――――――――――
公園につき、ベンチまで行くとペンダントの青年が座っていた。
ペンダントの行方を探すことよりもフウラの行方を追うことに躍起になっていたが、同じところに帰結しそうなので、結果的には彼の願いも叶えられる気がする。
「そっくりさんがた、昨日ぶりですね。お話したいことがあるんです」
「そっくりさん……?」
「聖女のそっくりさんという意味です」
「違うよー、お姉ちゃんは本物の聖むごごごご」
咄嗟にフウラの口を抑えた。
「続き、お願いいたしますわ」
「見せたいものがあるんです」
「なにか重要な情報でも見つかったか?」
「はい。とりあえずこちらを……」
彼は脇に置かれていた鞄の中から、一冊の本を取り出した。
古くて、汚れの目立つ本だ。
彼がめくると、ところどころ紙が破けているのが目に留まる。
文は旧字体で書かれているようで少し読みづらい。
「ここです」
彼が指さした箇所には、こう綴られていた。
『真紅の宝玉に悪を封じた』と。
「あのペンダントには、おそらく悪魔が眠っているんだと思います。放たれたらきっとまずいことになる。そうなる前に回収したい気持ちは山々なのですが……」
その悪魔が既に放たれているかもしれないが、断定はできないため彼には告げられない。
「わたくしたち、そのペンダントにあてがありますわ。確実なものではありませんが……」
「本当ですか!」
勢いよく立ち上がる青年。
がしっと両手を掴まれた。
「お願いします!」
力を込め、彼はわたしたちへ告げる。
「あてが外れたら悪いな」
「い、いえ、探ってくれるだけでもありがたいので。外れても気にしませんよ」
「ちなみに悪魔に有効な手段、弱点などは記されておりませんか?」
本があるならば、なにか役立つ情報でも記載されていないかと思い、尋ねてみる。
「あ、えーと、攻撃魔法……特に光属性のものが有効なようです。それと物理的な攻撃は効かないようなので気を付けてください。……あとは、呪いをかけてくるようなので注意してください」
やはりわたしの使う光魔法は有効なようだ。確証が得られたことで一安心する。
「ありがとうございますわ」
礼を告げ、わたしたちは彼の元を立ち去った。
――――――――――
屋台で軽食を購入し、目的の古い教会へ向かいながら食べ進めていく。
馬車を使うほどの距離ではないと思い、行程は全て歩きだ。
「ヒオラのは全然軽食じゃないな」
「なにか言ったかしら?」
シュダがわたしの手元を見てそんなことを言ってきたが、聞こえなかったフリをする。
「お姉ちゃん、それ一口ちょうだい!」
「いいですわよ。あーんですわ」
上機嫌でフウラに一口あげる。
「あーん。もぐもぐ……これすっごく美味しい!」
きらりとした瞳で嬉しそうにフウラが声を上げた。
「ところで、古い教会とやらはどの辺にあるんだ?」
「街を少し外れたところですわ。意外と近いですわよ。夕方になる頃には着くはずですわ」
今は昼過ぎくらい。
帰って来る時間が些か不安だが、なんとかなると信じたい。明日は仕事もあるし、早めに悪魔を倒さねば……。
「なんで街の外れなんかにあるんだろうな」
シュダがぽつりとそんなことを言った。
「昔は教会を街の外に建てるのが常識だったそうですわ。魔を祓う場所は神聖であると同時に穢れも存在していたことから、人々から忌避されるものであったらしいですわ」
「聖女も昔は嫌われてたりしたのかな?」
フウラも会話に入ってくる。
「聖女は魔を遠ざける者として敬い、信仰されていたそうですわ。立場的には今とあまり変わりませんわね」
「よくわからんが、魔を祓う時だけ危険だから街の外に建てられたのか?」
「その認識で構いませんわ」
「ふぅん。そんな危険視されてたのに、なんで今は街中に建てられてるんだ?」
「魔の勢力が息を潜めたからだそうですわ」
「平和になったから街中に教会を建てても大丈夫になったんだね」
「ええ」
教会が街中にあってよかったと心底思う。もし外にあったのならば、通勤が大変だ。
外は魔物もうろついているから、小屋なんて建てたくないし。
「聖女も教会も長い歴史があるんだな……」
「歴史の始まりである聖女が生まれたきっかけを知りたいのなら教えますわよ」
「長くなりそうだから遠慮するわ……」
語る気満々でいたが、あっさり断られる。
しょんぼりしているとフウラに袖を引っ張られた。
「お姉ちゃん、そろそろ街の外に出るよ」
前方に視線を移すと、街の外に出るための門がすぐそこまで迫っていた。
――――――――――
街の外には魔物が出るため、危険である。
さっきよりも気を引き締めて進まなくてはならない。
フウラはあまり街の外に出ることがないので、興味深いのか視線を忙しなく動かしている。
「お姉ちゃん、見てみて! 虹色のキノコだよ!」
森に入ってから、フウラは楽しそうに辺りを観察している。
今日は魔物とあまり遭遇しなくてかなり平和だ。
ちなみに生えているものには触らないよう予め釘を差しておいた。
「それはカナサナと呼ばれる毒キノコですわ。食べると幻覚症状を起こして故人が見えると聞きますわ」
「見るからにやばそうな色してんもんな……」
前世では存在しなかったものが、この世界にはたくさんある。カナサナはその一つだ。
ちなみに前世でもこの世界にも存在するものもある。
ニンジンやタマネギがそうだ。法則性はわからないため、大変謎である。
「ねえねえ、あれは?」
フウラが指したのは木になった実だ。
赤く熟れ、丸々としていて美味しそうである。
「あれは、トートナと言う果実ですわ。中に入っている液体が甘酸っぱくて美味しいですわよ。飲みたいかしら?」
「うん!」
わたしは光の矢を無言で発動して、トートナの上部の枝を狙う。
命中して、トートナが落下してくるのを難なく受け止めた。
大きさは両手でわっかを作ったくらいだ。
杖をフウラにもってもらい、護身用のナイフを取り出す。
ナイフで上の方をくり抜くと、ぱかりと開いた。とぷんと満たされた半透明の液体からは甘い香りがしてくる。
フウラに杖を返してもらい、代わりにトートナを渡す。ゴクゴクと吸い込むように飲んでいく。
「なにこれ! すっごく美味しい!」
「そう言ってもらえると、採った甲斐がありますわ」
「俺もそれ飲んでみたいんだが……」
ちらっとシュダが横目で見てくる。
「シュダは自分で採ってくださいまし」
「えー」
口をすぼめて不満を露わにするが、シュダは子どもではないので、自分でなんとかしてほしいと思うわたしなのであった。
――――――――――
しばらく歩いていると森を抜けた。
起伏に富んだ地形を、時折襲ってくる魔物に注意しながら進んでいく。
空がオレンジ色に染まった頃、木に隠れるようにして建つ構造物が見えてきた。
木の間を縫うようにして歩いていくと、ぽつんと古びた教会がそこにはあった。
「ここが、旧教会ですわ」
一見すると現在の教会とよく似ている。
だが近付くと酷く寂れていることがわかる。外壁にはところどころヒビが入り、苔むしていた。
そして周囲から生えたであろう大量の
教会で勤める身として、その廃れ具合にどことなく寂しさを覚えた。