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第22話 謝罪

〈フウラ視点〉


「……い」


 ゆさゆさと身体が横に揺らされる。

 揺らさないで欲しい。まだ心地良い世界に浸っていたいのに。


「……おーい」


 うっすらと声が聞こえる。 


「どうしよ、起きねぇ……」


 意識がはっきりしなくて、誰の声かわからない。困ったような声音なのはわかるが、呟かれる言葉の意味がうまく理解できない。


「教会まで来たんだが……起きてくれ……」


 教会という言葉に反応して、あたしはハッと目を覚ます。


 シュダさんが眉を下げてあたしを見ていた。


「ぐっすり寝ちゃってすみません!」


 冴えた頭で、すぐさま謝る。


「いやまあ子どもは寝る時間だし眠くなるよな……。そんで、ここからどう行けばいいんだ?」


「ここまでで大丈夫です」


「……は?」


 ぽかんという顔をしたシュダさんの背中からおりて、あたしは教会の脇にある小屋へ駆けていく。


 ドアをコンコンとノックする。


「お姉ちゃーん、開けてー」


「お姉、ちゃん……?」


 コンコン、コンコン。


 何度ノックしても扉は開かない。


 小屋に明かりは灯っていないし、ぐっすり寝ているのかもしれない。


 強行手段として一応持ってきていた鍵を使うことにする。

 子どもだからと油断したのか、捕まったときにポケットまで探られなかったため、鍵は無事だった。


 かちゃりと鍵が開く音がした。


 扉を開いて中に入るが、人気が感じられない。


 念の為ベッドをめくっても、お姉ちゃんはいない。


 後ろでぼーっと立っていたシュダさんが遅れて部屋に入ってくる。


「……色々と訊きたいことがあるんだが、一旦ヒオラを探さないか?」


 あたしはその提案を呑んだ。


 この時間にお姉ちゃんが行きそうな場所ってどこだろう。


 まず、教会の中に入ろうとしたが、当然の如く閉まっていた。


 教会にもいない、家にもいないとなるとどこにいるのか。


 考えてみるが、一切浮かばない。


 なにか美味しいものでも食べに行っているのだろうか。

 その可能性もあり得るが、お姉ちゃんはこんな時間まで出歩かなそうな気が。


 まさか……。


 あたしを探している……とか?


 その可能性は十分あり得る。

 あたしはこんな夜遅くなっても家に帰っていない。

 お父さんかお母さんがお姉ちゃん家に行って、そのことを伝えたのかもしれない。


 もしそうだとするならば、お姉ちゃんがいるのはこの街のどこかだ。


 あまりにも広すぎる。


 入れ違いを防ぐためにも、ここは待っているべきかもしれない。


 ぐぅぅぅ〜。


 静寂に包まれる夜闇の中、いきなりあたしのお腹が鳴った。


「き、聞こえましたか!?」


「い、いや……聞いてない」


 明らかに聞こえていたっぽい返答だった。


「絶対聞きましたよね! だってこんな静まり返っているところで、大きな音が鳴ったんですから」 


「わ、悪い……」


「謝んなくていいですよ! あたしの自業自得なので!」


 あたしは無性に恥ずかしくなって一人で小屋に戻った。


 机の上に置かれている魔法ランプを起動する。ぽうっと部屋が暖かみのある色に染まっていく。


 魔法ランプは魔道具の一種だ。

 魔道具というのはそれ自体に魔法が蓄積されていて、魔法を使わなくても魔法のような現象を成せる便利な道具だ。

 だからあたしみたいな子どもでも使える。


 利便性が高い反面、消耗品だしちょっと高いけれど。


 魔道具は魔法を学ばなくても使えることからこの街に広く普及している。

 あたしの家にもいろんな魔道具が置いてある。


 明るくなった部屋で、あたしは食料を探した。

 お姉ちゃんにあとで怒られるかもだけど、あたしは昼に食事をとってから、何も食べていない。

 空腹だと元気がなくなって、気持ちも落ち込んでくる。


 そんな状況が辛いので、少しいただくとしよう。

 お姉ちゃん、いっぱい食べるから色々蓄えているだろうし。


 戸棚を開けると、干し肉や乾パンが出てきた。

 それらを机に並べて、椅子に座りモグモグと一人で食べ始める。


 食べていると心が冷静になったからか、シュダさんに突き放すような態度をとってしまったことを後悔し始めた。ちゃんと謝りたい。


 そんなことを考えていたら、そろりと扉を開けてシュダさんが部屋に入ってきた。


「……ヒオラのこと、探しに行かないのか?」


 シュダさんは困り顔であたしに話しかけてくる。

 そうだ、頭の中で結論は出したけれど直接伝えていなかった。


「入れ違いになる気がして……待っていようかなと」


 シュダさんは「あー確かに」と納得していた。


「それと、さっきはすみません! 勝手に置き去りにして……」


「ああ……別に気にしてないから大丈夫」


 シュダさんはそう言うと対面の席に腰掛けた。

 顔を見ると、本当になにも気にしていないような表情をしていた。


「それは勝手に食っても平気なのか? ヒオラの食べ物だろ?」


「あとで怒られると思うけど、空腹が我慢できなかったので覚悟して食べてます」


「ヒオラ、食に関しては熱意が違うからな。こっぴどく叱られるんじゃないか?」


 眉を下げて呆れ混じりに優しく笑うシュダさん。


「シュダさんはお姉ちゃんについて詳しいんですね」


 あたしはそんなシュダさんに向かって硬い声音で告げた。


「なにが言いたいんだ」


 シュダさんはなにかを感じとったのか、表情を戻す。


 あたしは握りこぶしを作り、決意を固めた。


「その、お姉ちゃんの……か、かかか彼氏なんですか!?」


「ちょちょちょいまって声がデカい!」


 あたしもシュダさんも慌てたせいで場の空気が一気に賑やかになった。


 わー、とか、きゃー、とかなんか自分で悲鳴を上げてしまったが、一度深呼吸して落ち着く。


「それで、か、彼氏なんですか……?」


「違う」


 シュダさんは、はっきりと否定した。

 その顔は無表情だったけれど、どこか取り繕っているようにも見えた。 


「じゃあなんなんですか!」


「……友人? 友人、だよな?」


 引き攣らせた顔で尋ねてくる。


「いや、あたしに訊かれましても……」


「多分友人だ」


「なんだか怪しいです……」


 じとーっと半眼でシュダさんを見つめる。


 もしかして優しそうに見えて詐欺師だったりするのかな、この人。


 そうだったらどうしよう。


 お姉ちゃん騙されやすそうだから、あたしがなんとかしなきゃ。

 うーん、でもあたしを助けてくれたし、やっぱりいい人なのかなぁ……。


 そんな考え事をしていると、突然ガタンと大きい音がした。

 玄関の扉が開いたのだ。


「手を挙げてくださいましっ!」


 お姉ちゃんが右手を前へ突き出した状態で立っていた。

 魔法を発動しようとしたのかな。


 あたしたちだと気付いたようで、腕をゆっくりと下ろしていく。 


「あら……? なぜ二人がここにいるのかしら?」


 ぱちくりとした目で首を傾げるお姉ちゃん。


「色々あったのさ。詳しくはフウラの方に訊いてくれ」


「はっ! そうですわ! フウラ、探しましたわよ。一体どこにいたのかしら?」


 お姉ちゃんは心配気にあたしの元へやってくる。


「実は……」


 あたしはお姉ちゃんに事情を話した。


 街をぶらぶら歩いていたこと。

 お姉ちゃん家に行こうとして路地裏の近道を使ったこと。そこで、赤い目をした怪しい人に攻撃されたようで意識を奪われたこと。


 目覚めた時には手足を縄で縛られてて、あの赤い目の人が近くにいて。

 その人があたしになにかをしようとして、全身が痛んで意識が遠のきかけた時、誰かが助けてくれたこと。


 そのまま必死に走り続けて偶然シュダさんと出会ったこと。


 かなり要領を得ない説明になってしまったが、お姉ちゃんは真剣に聞いてくれた。 


「本当に、ごめんなさい!」


 お姉ちゃんだけじゃない。お父さんお母さんにも、シュダさんにも迷惑をかけた。いろんな人に申し訳ない気持ちになる。


 お姉ちゃんはあたしの気持ちを受け止めるように抱きしめた。


「フウラが無事で良かったですわ。どこか痛いところはありまして?」


 耳元で優しい声が響く。


 あたしを責めるべきなのに、お姉ちゃんは不満を口にはしなかった。


 お姉ちゃんのその態度に感謝しつつ、あたしは思考を巡らせる。 


「うーんとね……」


 最初に傷つけられたところや、縄で縛られていたところが特に痛い。

 他にも、乱暴に運ばれたのか痛む箇所がある。 


 お姉ちゃんにその場所を一つ一つ告げていく。 


「診ますわね」


 お姉ちゃんは服を捲って丁寧に確認していく。回復魔法が発動すると、痛みが和らいでいくのがわかった。


 やっぱりお姉ちゃんってすごい。

 自慢したい気持ちが芽生えてくる。


「シュダ、服の下を診ますのであっち向いててくださいまし」


「ああ、わかった」


「もし見たならば、攻撃魔法をその身体に叩き込みますわ」  


「こっわ……」


 冗談に聞こえないお姉ちゃんの脅しに、なぜかあたしもちょっと怯んだ。


 胸の上あたりに痛みがある。服がそこだけピーッと薄く切れている。


 多分、出会い頭につけられた傷だろう。

 この傷だけ、他の傷とは違ってなんだか痒い気がする。


 お姉ちゃんは服を広げ、内側を覗き込むように見た。


 あたしは久々にお姉ちゃんに会えた嬉しさから、お姉ちゃんの顔をぼんやり見ていた。


 治療をしているときのお姉ちゃんはまさに聖女って感じの顔をしている。


 凛々しくて美しい顔立ちだ。 

 はぁ……かっこいいなぁ……。


「……え」


 お姉ちゃんが気の抜けた絶望混じりの声を出した。


 その理由が知りたいけど知りたくない気持ちが合わさった。


 でも結局知りたい欲が勝って、あたしは目線をゆっくり下に向けた。 

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