〈???視点〉
「むむむ……」
休日のある日のこと。
燦々とした日の光が街を照らす中、建物の影からあたしはひっそりと顔を出していた。
「むむむむむ……」
つい、ぷくりと頬を膨らませてターゲットを見てしまう。
お姉ちゃんが知らない男と歩いている……。
あの男は一体誰なのか。
お姉ちゃんはあたしのなのに。
胸がムカムカとする。
つい地団駄を踏んでしまう。
お姉ちゃん、なんだか楽しそう。
あんなに笑ってて。
あたしもお姉ちゃんともっとお喋りしたいのに。
よし。あの男が誰なのか突き止めよう。
あたしは二人を尾行することにした。
なんだか探偵になったみたいで、心がちょっと弾んできた。
でもこれは遊びじゃない。遊びじゃないぞ……。
使命なのだ!
別の建物へちょこちょこ移りながら、あたしは慎重に追って行った。
――――――――――
まず、二人は美術館に入っていった。
あたしもバレないようにひっそりと入っていく。
「お嬢ちゃん、一人かい?」
「あ、はい」
「じゃあ……子ども料金だから100サルトね」
受付で、提示された料金をささっと払う。
「楽しんでねー」
あたしは見失わないように、やや急ぎ足であとをつけていった。
二人は仲睦まじそうに絵画を鑑賞しながら話している。
もしかしなくても、あの男はお姉ちゃんの恋人なのだろうか。
もしそうだったらどうしよう。
お姉ちゃんに恋人なんかできるはずないって思ってたのに……。
だってお姉ちゃん、強くてかっこよくて優しいけど、言葉遣いが変だし、笑顔が怖いことあるし。
でも、あたしにとっては大事なお姉ちゃんなのだ。そんなお姉ちゃんが大好きなんだ。
大好きなお姉ちゃんをあんな男にとられてたまるかー!
「おや、嬢ちゃん。もしかして迷子かね?」
闘志を密かに燃やしていたら、あたしが一人でいたからか、見知らぬおじいさんが声をかけてきた。
灰色の髪をしていて、優しそうな風体だ。
口元では灰色の髭がもじゃもじゃしている。髪より髭のほうが量が多そうだ。
「いえ、一人で来ました」
「おおそうだったのかあ。よかったらおじちゃんが案内してあげようか? こう見えてこの美術館にはもう数え切れないほど通っていてね。知り尽くしているんだ。なんだって解説できるよ」
「けっこうです」
そんなのを聞いていたら二人を見失ってしまう。早くおじいさんとの会話を切り上げないと。
「まあまあそう言わずに……あ、今目の前に飾られているモンドメラの魔女はね、二百年前にこの大陸を滅ぼしかけた恐ろしい魔女なんだよ。でも実はね……」
なにこの人、勝手に話し始めた。
あたしは語り続けるのを止めようと声をあげる。
「あ、あのっ」
「いい魔女だったという逸話もあるんだ。真実は定かじゃないけれどね。人々を悪魔から守り抜き、その代償として肉体を操られてしまって、人々に歯向かったっていう……」
駄目だ。止まらない。
どうしよう。
無言で逃げ出せばいいのかもしれないけれど、おじいさんに悪いし。
あ……。
おじいさんに気を取られている間に二人を見失った。
この美術館は広い。
そう簡単には見つからないはずだ。
もういっそ、出入り口で待ち伏せしていればいいか。
諦めの境地に至ったあたしは、おじいさんの話を聞くことにした。
「それで魔女がね……ん? 元気がないようだけれどどうしたのかい?」
諦めきったせいか、あたしの表情が露骨に沈んでいたようだ。
それをおじいさんに指摘されてしまった。
「え、ええと……ちょっと疲れてきちゃって」
慌てて適当にごまかす。
「そうかいそうかい、すまんのう。あっちのベンチで休みながら続きを話すとするかの。ここから盛り上がるところだからのう」
え、まだ話続くんですか!?
その後あたしは二時間くらいおじいさんの話につきあわされた。
美術館に詳しくなった気がする。
歴史って面白いな。
いろんな人や事件が絡み合って思いもよらない方向に進んだり、変な解釈をされたり、その過程を切り取った芸術品の背景を知るだけで異なる視点から見ることができて楽しいなー。
って、ちがーう!
落ち着けあたし! 目的はお姉ちゃんだ!
おじいさんと別れたあたしは出入り口の前で待ち伏せを始めた。
始めたんだけど……もしかして既にここにいないのでは?
うーんお姉ちゃん家に行って、直接聞き出そうかな。
でもお姉ちゃんと会うのってたまにしかないから緊張しちゃうんだよなあ。
うまく話せるかな……。
迷った末に、あたしはお姉ちゃん家に向かうことにした。
教会の隣の小屋。ほんと変なところに住んでるよなあ、お姉ちゃん。
仕事場に近いからっていう理由だっけ。
でもそんな部分もお姉ちゃんらしくて好きだなあ。
あたしは近道を使うことにした。
おじいさんの長話を聞いていたからか、空はもうオレンジ色に染まっている。
ちょっと暗くなりかけているけれど、まだそんな危なくないよね? たぶん大丈夫なはず。
路地裏の人気がないところを歩いていく。
薄暗いなあ。
でもこれくらい怖くないもん。もうそんな子どもじゃないし!
心を奮い立たせるように、自分に活を入れる。
路地裏はやたらと入り組んでいる。
あたしは脳内地図を頼りに間違えないよう進んでいく。
えーと、確かここを右で……。
曲がった瞬間のことだった。
「……っ!?」
全身黒ずくめの人がいた。
明らかに近寄ってはいけない類。
そいつは射抜くようにあたしを見た。研ぎ澄まされたような赤い眼光で。
瞬時にまずいと思って引き返そうとするが、足が動かない。
見れば、あたしの足は震えてた。
力が入らない。
まずい。これはまずい。
まだ、死にたくないよ。
黒ずくめの人との距離はそこそこある。だからまだ助かる可能性は残っている。
急いで元の道に戻って、あとは路地裏はいろんな曲がり角があるからそれを使えばうまく撒けるはず。
この作戦ならいける!
作戦を立てたことで自信が戻ってきたのか足に力が入るようになった。
今なら逃げられる。
逃げられる、はずだったのに。
なんで、黒ずくめの人があたしの真ん前にいるの?
瞬間移動した?
いつの間に?
それすらわからないほど一瞬で距離を詰められていた。
直後、なにかがものすごい速さで迫ってきた。
それは、悍ましいほどに黒く光り輝いていた。