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第17話 後悔

 ゆさゆさと心地良いリズムを感じる。

 一定のテンポ感で揺らされると眠くなるのは何故だろうか。


 意識が覚醒しかけたが、再び眠りに落ちかける。

 しかし、疑問が頭を掠める。

 わたしは今どこにいるんだ。


 その問題を解決するため、眠気を我慢し目を開ける。

 きょろきょろと視線を左右に動かす。


「ここはどこですの……? わたくしは誰ですの?」


「ここはもう街だ。あと自分の名前は忘れんな! ヒオラまで記憶喪失になってどうすんだよ」


「はっ!」


 意識が完全に覚醒した。


 わたしは今シュダに背負われているようだ。どおりで揺られている感覚があるわけだ。


 上を見ると分厚い雲はどこへいったのやら、淡いオレンジ色が広がっている。


「偶然行きあった騎士の人にドラゴンが現れてぶっ倒したって話をしたんだが、これでいいんだよな?」


「大丈夫だと思いますわ。その人はなんておっしゃいましたの?」


「なんかすげぇ慌てた様子で上の者に報告してきますとかなんとか言ってた。普通だったら信じてもらえないんだろうけど、聖女サマが倒したって話をしたし、その聖女サマを背負ってたから俺なんかの言葉でも平気だったんだと思う」


「後で国からお呼び出しがあるかもしれませんわね」


「え、なんかやばいことしちゃった感じ?」


「いえ。事情聴取と……褒美が貰えるかもしれませんわ」


「褒美!?」


「ドラゴンを討伐したんですもの。そのくらいはあるはずですわ。なにが貰えるかしら……?」


「楽しみだなー」


 二人で愉快に笑い合う。


 朗らかな空気に包まれ、時間もゆっくり流れていくように感じる。


「今はどこへ向かっていますの?」


「……病院を探し回ってる」


「わたくしの家に向かってくださいまし」


「さっきまで倒れて気を失ってたのにまずいだろ。鼻血とかすごかったんだぞ」


「恥ずかしい話をしないでくださいまし! 体調の方は寝ていれば回復しますので家に向かってほしいですわ!」


「はぁ……もし異常を感じたらすぐ病院行けよ」


「そのくらいわかっていますわ」


 シュダに背負われ、教会の横に建てられた小屋にやってきた。

 懐に閉まっていた家の鍵を手渡して代わりに開けてもらう。


 シュダは手に持っていたわたしの杖を適当な場所に立てかけたあとベッドまで行き、わたしを降ろした。


 自分の家に戻ってきたことで緊張感から完全に解放される。今まで張りつめていた心がどこかほっとしてくる。


 死が目前にまで迫ったあの戦場から帰ってきたんだなと実感する。


 シュダは手頃な椅子に腰掛けていた。

 落ち着いたことで色々と頭が回ってくる。


 やりたいことがあるのだ。


「まず、そうですわね……喫緊の課題から対処いたしますわ」


「そんなのあったか?」


「ええ、上半身の服を脱いでくださいまし」


「おいおいまてまてなにするつもりなんだよ!」


「傷の治療ですわ」


「あ、治療……」


「強敵であるドラゴンの攻撃を食らっていましたもの。早く適切な治療を施さなければ治すのが困難になりますわ。高魔法を使わなくてはいけなくなりますもの、大変ですわよ」


 傷は早く適切な治療を行わなければ跡になり、治りづらくなる。シュダは戦闘中に怪我を負っていたため、出来るだけ早急に回復魔法を使いたい。


「ヒオラ疲れてるだろうし、別の人に診てもらうよ」


「身体の方はまだ脱力感がありますが、魔法の副作用で倒れただけですので、簡単な魔法を使うくらいなら問題ありませんわ。さあ早くしてくださいまし」


「いやいやまってくれ心の準備が」


「乙女みたいなこと言ってないで、さっさと脱いでくださいまし!」


 ベッドに腰掛けるわたしの前までやってきて、渋々服を脱ぎ始めるシュダ。

 筋骨隆々とした身体が露わになる。一目で強いことが納得出来るほど全身が磨かれているのがわかる。


「筋肉質ですわね」


「観察とかしてないでさっさと魔法かけてくれ」


 腹部にあった傷、胸辺りにあった傷に魔法を唱えていく。

 幸い深くはなく【ヒーテスト】でほぼ完治する。


 この魔法は回復魔法の基本ではあるが、汎用性が高く、大きな怪我でなければ治せてしまう。上位の魔法の出番はなさそうだ。


「今度は背中の方を向けてくださいまし」


「いや……背中は大丈夫だ」


「知らない間に傷を負っていることもありますわよ」


「…………わかった」


 嫌そうな顔をしながら背中を向ける。


 そこには無数の傷が刻み込まれていた。


 切り傷だけではなく、火傷の跡らしきものも見られる。


 ただ、どれも出来てから年月が経っているようだった。真新しい傷は見当たらない。


「これは、今回の戦闘で出来たものではありませんわよね……」


「ああ……ちょっと昔に……」


 シュダは後ろめたさを含ませながら言う。


 なぜだろうか。


 引っかかりを覚える。


 どうして心がぞわりとするんだ。


 背筋をひやりとした感覚が駆け抜けていく。


 この傷に見覚えがあるからだ。どこで見たんだ。こんなの一度見たら忘れないはずなのに。それくらいの衝撃が走っている。この背中を見た瞬間から。


 ……そうだ、思い出した。

 昔遊んでいた男の子の背中だ。


 幼少の自分が見るものとしてはあまりにも痛々しくて、わたしを守るように脳が記憶を忘れさせたのかもしれない。

 あの子は親に殴られたり刃物で傷をつけられたりしたと言っていた気がする。


 虐待されていたのだ。

 それを幼い頃のわたしは可哀想と嘆いて治したいと思い、そして、聖女になりたいと決意したのだ。


 パズルのピースが嵌ったみたいな解放感が訪れる。


 聖女になることを志した原点はそこだったのだ。あの子の傷を治すため。

 聖女にならなくても治せるには治せるが、昔は知識が不足していた。

 聖女がどんな傷でも治せる尊い存在だと思っていた。

 そして、それほどまでにならないとこの傷は治せないのだと考えていた。


 わたしは聖女になることを目指したが、傷があまりにも衝撃的過ぎてトラウマになって記憶から消し去り、聖女にならなくてはという使命感だけが残り続けた。

 きっとそういうことなのだろう。


 成長はしているが、あの男の子の背中とかなり酷似している。


 つまり――、


「シュダは、もしかしてあの隠れ家で会っていた少年なのかしら……?」


「……まあそうかもな」


「かもではありませんわ。きっとそうに違いありませんわ。よく見ればあの男の子の顔も今のシュダみたいな感じだった気も……しなくもありませんわ」


「覚えてないならそう言え」


「覚えていますわ!」


「じゃあ俺の本名は?」


「…………シュダですわ」


「それは記憶を失くした際に付けてもらった名前だ」


「……そういえば、どうしてわたくしたち会わなくなってしまったのか思い出せませんわ。シュダの記憶喪失についても気になりますわね」


「全無視かよ! まあいいや、順を追って話す。長い話になるからな」


 シュダはつらつらと話し始めた。


 親が行っていた事業が失脚したこと。借金が嵩んで自分が売られたこと。

 売られた先で奴隷として過酷な労働に従事したこと。

 あまりにも辛くて過去の記憶を忘れ去ったこと。奴隷から解放された後に出会った親代わりの人のこと。


 わたしは静かに頷いて聞いていた。

 壮絶な話だった。


 けれど、身を以て体験したシュダはもっと辛かったのだろう。

 辛いなんて一言で表せないほどの絶望が毎日のように続いていて、終わりが見えなくて。暗くて光がない日々を生きてきたことが話を聞いているだけで伝わってきた。


「ヒオラは俺の傷を治療する為に聖女になることを約束してくれたのに、ヒオラが頑張り続けてる一方で、俺はその約束を反故にするどころが全部忘れちまってごめん。申し訳なくて、どういう顔して話せば良いのかわからなくなっちまった。だから、ずっと会わないようにしてた。このまま忘れてくれないかとさえ思った。もうなにをしたらいいのかわからなくなってた。本当に本当に悪かった」


 顔を歪ませながら、必死に言葉を紡いでいくシュダ。


「悩んでた時にふと、親代わりに育ててくれた人が別れ際に言った言葉を思い出したんだ。『悔いが少なくなるように生きろ』って。俺はこのままヒオラと会わずに後悔しながら生きるよりも、なにを言うかなんて決まってないけど面と向かい合うべきだって思った。だから教会に向かったんだがいなかった。すごく嫌な予感がした。街の人に話を聞いたら神託が下されて脅威が迫ってるって。嫌な予感がもっと膨らんでいった。ヒオラも戦ってるんじゃないかと思ったら、居ても立っても居られなくなって駆け付けたんだ。結局今もなに言えばいいかわからないままで、こんなまとまりのない言葉になったが……」


 言い切ったようで、それ以上続く言葉はなかった。


 わたしは胸の内に様々な思いが募る。だが、どれもこれも上手く言葉に出来ない。


 ただ一つ明確になった思いがあった。どうしても言いたいことがある。


「別に謝る必要はありませんわ」


「どうしてだよ……」


「わたくしも、昔の話をしてもよろしくて?」


 誰にも話したことなんてなかった、わたしの秘密。


 このまま誰にも打ち明けずに死んでいくのだと思っていたけれど、どうしても話さなくてはならないと思った。


 それを今から口に出そうとするだけで緊張感が身体を支配した。


 落ち着かせるように自分の手を固く握り締める。


「初めて人に話すのですが、わたくし実は……前世の記憶があるのですわ」

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