目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第10話 舞台劇

昼食を挟んだ後、劇場までやってきた。


「『呪われし王女と名もなき勇者』をご観覧予定の方はこちらにお並びくださーい」


 舞台劇は室内で行われる。


 シックな雰囲気を纏った建物に入ると、薄暗いせいか、少しひんやりとした空気感を覚えた。


 売店へ寄ってから受付付近まできたが、列が複雑すぎて一体どこに並べばよいのか迷っていたところ、そんな叫び声が聞こえた。


 壁を見ると様々な作品の宣伝が貼り出されている。他にも同時刻に様々な劇が上映されているらしい。さすが、人気の劇場だ。


 最後尾ですと書かれた看板を持つ女性のところへ辿り着き、列に並ぶ。


「そのポップコーン、俺も一口食べていいか?」


 わたしが両手で抱えている巨大ポップコーンを横目に見て、シュダが申し訳なさげに尋ねてくる。


「もぐもぐ……どうしても食べたいのでしたら……し、仕方がないですわね。すこーしだけ恵んで差し上げますわ」


「嫌ならいいんだが」


「い、嫌ではないですわ!」


「え、でも嫌そうじゃなかったか?」


「そ、そんなことはありませんわ! 差し上げると言ったではありませんか!」


 まだ会場にすら入っていないのに、ポップコーンを二人でぱくぱくと食べる。

 まだ熱が残っている塩味のポップコーンが、口の中でサクッと弾けた。


 会場内はとても広々としていた。


 二階席まであって、天井は遥か彼方。

 煌々とした魔法の明かりが全体を照らしている。舞台が始まれば、明かりは落とされ、観客席側は闇に包まれるのだろう。


 わたしたちは一階の右奥に行き、受付時に渡されたチケット番号と符号する座席に腰を下ろす。


 劇は外で行われるものも存在するが、雨天時のことを考えるとやはり室内に軍配が上がる。そのせいか、室内で行われる舞台劇が広く浸透していった。


 前方に広がる舞台上を眺めると、緋色のカーテンは重く閉ざされていた。


「今から上演されるのはどんな話なんだ?」


「もぐもぐ……見る前にネタバレしてしまってもよろしいのかしら?」


「あ……そういうのは抜きにして解説頼む」


「わかりましたわ。ぱくぱく……老若男女に愛される有名な劇ですわ。話自体は何の変哲もないものですが、王道ですので皆好んで観ますわね……むしゃむしゃ」


「だからこの劇を選んだのか」


「もぐもぐ……ええ。多くの子どもが一度くらいは観たことあると思いますし、物語は記憶に残りやすいですから、今度こそなにかを思い出せるかもしれませんわね……ぱくぱく」


 壇上に人が現れた。


 開始時刻になったため、劇がもう間もなく始まると言う。


「と、そろそろ始まりますわね。はっ! ポップコーンがもう半分しかありませんわ! 劇はこれからですのに……」


「さっきからもぐもぐぱくぱく食いすぎなんだよ……つか、昼食後なのになんでそんな入るんだよ」


 なにか言い返そうと思ったが、カーテンが横に開けていき、劇が始まった。



『呪われし王女と名もなき勇者』


 むかーしむかし、ある国に一人の王女様がいました。この国は魔王によって脅威に晒されていました。

 そこで王女様は魔王へこう言いました。

 人間も魔族も言葉を話せるのですから、戦いをするのではなく、意思疎通し手を取り合って生きましょうと。

 しかし、そんな和解の提案を魔王はくだらないと言って、王女様に呪いをかけてしまいました。


 王女様の身体は呪いに蝕まれ、日に日に力がなくなっていきます。

 そんな王女様を救うために、魔王に立ち向かおうとした青年がいました。

 彼は国中を巡って一緒に戦ってくれる仲間を探しました。

 魔法使い、聖女、騎士。彼のもとには優秀な者たちが集まり、いつしか彼は勇者と呼ばれるようになったそうです。


 しかし、魔王との戦いは簡単なものではありませんでした。

 四人がかりでも大変なほど、魔王は強かったのです。

 でも、力を合わせてなんとか勝利しました。

 そして、魔王は気付きました。力を合わせれば困難な問題にも立ち向かえるのだと。

 魔王は言います。自分もその輪に入りたいと。


 勇者は答えます。

 条件を飲んでくれたら仲間に入れてもいいと。その条件とは、王女様の呪いを解除することでした。

 魔王は王女様の呪いを解き、仲間に入れてもらいました。


 そして、勇者は魔王からの脅威を追い払ったことで、報奨が与えられることとなりました。それが王女様との結婚でした。

 王女様は自身の為に戦ってくれた勇者に大変感激し、恋に落ちてしまったようです。

 そうして、みんなで手を取り合って仲良く過ごしましたとさ。めでたし、めでたし。


 ――――――――――


 役者の演技は巧みで、つい見入ってしまうほど惹き込まれるものだった。


 最後は全員で手を繋いでお辞儀をするという終わり方で、気持ちの良いハッピーエンドに思わず拍手をする。


 劇が終わり、会場を後にする。


 外に出ると、密集した空気が一気に霧散していく。


「観たことない気がするから収穫はないが、安定して面白かったなー。突っ込みたいところはいくつかあったが」


「どのあたりかしら?」


「王女サマが単身で魔王に交渉しに行くところとか、最後のまとめかたとか。あと名もなき勇者って結局どういう意味なのかとかな」


「まあ、そうですわね……原作とはかけ離れたものとなっているようですから、そういったこともあるはずですわ」


「原作はどんな感じなんだ?」


「王女様が魔王との和解に失敗して殺され、それを知ったストーカーの名前すらない奴隷主人公が復讐のために騙し騙し仲間を集めて魔王を倒すストーリーですわ」


「全然別モノじゃねぇか!」


「最終的には敗北して死ぬらしいですわ」


「しかも負けるのか……その改変具合、原作者怒らないか?」


「既に亡くなっているので、怒りようがありませんわね」


「自分が必死に書いた作品が死後に大改編されて有名になってる……もしそんなことを知ったら複雑な気分になるだろうな」


「そうですわね。でも、わたくしは救いのない終わり方よりもハッピーエンドの方が好きですわ」


「ま、何事も綺麗に終わってくれた方が気持ち的にもスカッとするよな」


 そんなとりとめのない話をしながらシュダとふらふら歩く。


「あと、気になったことと言えば、聖女サマも戦ってたな」


「わたくしの活躍に惚れてしまったかしら?」


「ヒオラのことじゃねぇよ……」


「ええ、戦っていましたわね。それがどうかいたしまして?」


「何事もなかったかのようにしれっと会話を繋いだな……ヒオラも戦場で戦ったりすることってあるのか?」


「有事の際はありますわよ。といっても、過去に一度しかありませんわね」


「大丈夫だったか?」


「大丈夫じゃなければ今ここにいませんわ。それに聖女パワーでちょちょいのちょいでしたわ」


「ヒオラって強いんだな」


「すみません嘘吐きましたわ。実際は後方で待機していたら騎士の方々によってすべてが終わっていましたわ。わたくしがやったのは傷付いた方を魔法で回復したことくらいですわね」


「おい、話を盛るなよ」


「カッコつけたくなるお年頃ですので、しょうがないのですわ」


「ヒオラって何歳なんだ?」


「永遠の十七歳ですわ☆」


「十七より上なことはわかった」


「酷いですわ!?」


 会話が一段落し、静寂が生まれる。


 その静寂を少し味わってから、わたしは口を開いた。


「まだ早いですが、今日はこの辺で解散いたしますわ」


「なぜに?」


「明日、シュダに剣を贈ろうと思いますわ。ただ、その場で選ぶと思ったよりも時間がかかってしまいそうなので、今から見に行こうと思いますの」


「店で一番高い剣を贈るって言ってなかったか?」


「一番高いものが一番良いとは限りませんわ。それによく考えれば武器屋はこの街にたくさんありますし、転々としてシュダに合いそうなものを探し出してきますわ」


「やる気がすごいな」


「プレゼント、楽しみに待っていてくださいまし!」


「あ、あぁ……」


「突然横を向いて、どうかいたしまして?」


「なんでもない」


「少し顔も赤いような気がいたしますわ。熱があるのかもしれませんわね」


「熱はないから変な心配はすんな」


「今日は早く寝てくださいまし」


「だから熱はないんだって!」


 分かれ道までやってきた。


「明日の十時に教会前に集合ですわ。約束ですわよ!」


「わかった、十時な。約束な……約束……」


 シュダがそう言っている途中から、どこか虚ろな表情になりかけていたように見えた。


 ―――――――――― 


 翌日、シュダは十時に来なかった。


 十一時にも来なかった。


 待っても待っても来ない。こんな日は初めてだった。


 やはり熱を出していたのかもしれない。今頃寝床で伏せっているのだろうか。

 看病に行きたいが、シュダの泊まる宿がどこなのか、わたしは知らない。


 そうして、シュダと会わないまま数日が過ぎた。熱はまだ治まらないのだろうか。

 そろそろ顔を見せに来てくれてもいいんじゃないか。


 もしかして、シュダになにかあったのでは。


 不吉な考えが頭を掠める。


 そんなわたしの考えを読んだかのように、事態は動いていった。


 神託が下されたのだ。


 神は告げる。


 近く、国難が迫っていると。


 国難をうまく退けるには聖女であるわたしと、浮浪人であるシュダが求められるやもしれんと。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?