休日ということで今日は朝から出歩いている。
わたしがマルシェに行きたいと言ったので、いつもとは逆にシュダに付き添ってもらう形だ。
麗らかな陽気。晴天の下を練り歩く。
右を見ても、左を見ても、出店が立ち並んでいる。
陳列されているのは、新鮮な野菜や果物。今朝採れたものばかりだ。
空から降り注ぐ光に照らされ、瑞々しさが増して輝いて見える。
足を止め、色とりどりの食材を間近で見て吟味する。
「ニンジン十本欲しいですわ!」
「はい、六百サルトね」
巾着袋からちょうどになるよう小銭を取り出し、店主の手のひらへそっと渡す。
「はい、まいどー!」
威勢の良い声をかけられ、わたしも晴れやかな気持ちになった。
再び歩みを進める。
「すげぇ庶民的……」
後ろをついてくるシュダがぽつりと零す。
そして足を早めて、わたしの真横までやってきた。
「儲かってるんだろうに、贅沢しないんだな」
「人生なにがあるかわかりませんもの、無駄遣いは危険ですわ」
前世ではある日突然トラックに轢かれて死ぬことになったし、本当になにがあるかわからない。
詐欺にあってお金が消えるかもしれないし、大きな病気を患って大金が湯水の如く消費されるかもしれないし、変な宗教に嵌って高額な壺を買い出すかもしれない。
いやまて、聖女がそんなことするわけないか。
「真面目に生きてるんだな」
「ええ、しっかり考えながら生きておりますわ」
人生二周目なこともあり、前回の反省点を踏まえて、学生時代から勉強を真剣に頑張ったり、コミュ力を磨いたり努力してきた。
「タマネギがお買い得ですわね。すみません、八つくださいまし」
「三百二十サルトっす」
小柄な女性店主が答える。
細かいものがなく、四百サルト分の銭を渡す。
「釣銭こちらっす」
店主から八十サルト分の釣銭を受け取る。
「まいどおおきにーっす」
そう言いながらがお辞儀をする店主。
少し離れたところに突っ立っていたシュダが話しかけてくる。
「買う量が明らかに一人分じゃないんだよなあ。ん……? そもそもヒオラって一人暮らしなのか?」
「ええ、一人孤独に暮らしておりますわ」
「突然の自虐やめてくれよ。なんて返せばいいのかわからねぇよ」
「大丈夫ですわ、もう慣れましたもの。それに、妹がたまに遊びに来ますので賑やかな日もありますわ」
「妹いたんか」
「まだ学生なのですが、とても可愛らしいですわよ」
「へぇ……」
「絶対にあげませんわ!」
「まだなにも言ってねぇよ!」
たくさん買っていると持っていることが厳しくなってきた。
ちらりと目配せしながら問う。
「シュダ、こちらを持っていただいてもよろしくて?」
「もしかして荷物持ちのために俺を同行させたのか?」
「そそそそんなことはありませんわ」
「目が超泳いでるが」
「聖女の荷物持ちなど非常に光栄なことですわよ! 今持たないと後悔しますわよ!」
「変な風に開き直んな! 荷物置いていくぞ」
「ま、待ってくださいまし! どうしても持っていただきたいのですわ! わたくし一人では持てる量に限界がありまして、お願いいたしますわシュダ様!」
「わかったわかった。あと様はやめてくれ。なんかキモい」
なんとかシュダに荷物を持ってもらえることとなり、半分ほど渡す。
これで今日はいつもよりたくさん買える。
内心ウキウキでいたら、妙な質問をされた。
「ところで、ヒオラはなんで聖女サマになろうと思ったんだ? やっぱ金払いがいいから?」
「ええ、そんな感じですわね。あとは周囲の期待にも応えるためですわね」
「本心はどうなんだ?」
「え?」
「自分自身は聖女になりたいって思ってたのか?」
まるで心の内を見透かすようなシュダの一言。
わたしはその一言に答えるのが難しかった。
「もちろん思っていましたわ。ただ、なぜなりたかったのかと問われるの答えるのが難しいですわね。焦燥感のようなものがあったからでしょうか」
「追い詰められてたのか?」
「いえ、そんなことはありませんわ。両親もわたくしの成長を優しい目で見守ってくださいましたし、周囲からの圧力もそこまであったわけではありませんわ。なぜ……かしら。小さい頃からわたくしは聖女にならなくてはならないと、使命感に似たなにかが心の奥底にずっと燻っていたのですわ」
漠然とした焦燥感。
聖女にならなくてはいけない。なんとしても。
そんなぼやけた、けれどはっきりとしているような熱が、聖女の仕事がどういったものかまだよくわかりきっていない頃から心にずっとわだかまっていた。
燻り続けた気持ちはいつしか身体の一部となり、さして気にならなくなった。
当たり前となって日常に溶け込んで、透明色に変化した。
そうして聖女になるために必死になるわたしが生まれたのだ。
「そんで幼少期から努力してきたってわけか」
「ええ。そのおかげで無事聖女にもなれましたし、よくわからない焦燥感があって結果的にはよかったかもしれませんわね」
今は焦燥感などなく、平凡な日々を過ごしている。
ただぽっかりとなにか忘れてしまったような空白を感じる時がある。
焦燥感がなくなったせいだろうか……と、そんな考えは頭を振って追い払う。
「はっ! これはもしかすると、聖女になる
「おい」
過去に目を向けていると、未来についての疑問が脳裏を掠める。
シュダはいつまでこの街にいる予定なのだろうか。
記憶が戻ったら去ってしまうのか。
一度湧いて出たその疑問はなかなか消えてくれない。
不安が襲いかかる。
シュダがいなくなったらどんな生活になるだろうか。
もちろん今まで通りの生活のはずだ。仕事をして、お腹いっぱい食べて、寝る生活。
たまに遊んだり、お酒を飲んだり。
そんな普通の日々に寂しさを覚えてしまうのはシュダがいないからなのか。
わたしにとってシュダはどういう存在なのだろうか。
シュダにとってわたしはどういう存在なのか。
記憶の手がかりを探すための付き添い人。それ以上でもそれ以下でもないのか。
「シュダは、記憶が戻りましたら元々住んでいた場所に帰るつもりですの?」
「うーん、まあそうなるな……。と言っても、あちこちを転々としてるから元から住んでる場所って言われてもあんまピンとこないがな」
想定していた答えではあったが、予想以上に心にくる。
でも、引き留めるのもなにか違う。
引き留める理由なんてわたしにはない。
必要な野菜と果物を買い終え、この後どうするかという話になる。
舞台劇は昼過ぎから始まるため、まだ時間に猶予がある。
少し早いが昼食を挟むことにした。今ならほぼ並ばずに入れるだろう。
とりあえず買った物を家まで運ぶことにする。
通りを教会方向に向かって歩いていく。
「ヒオラの家って教会方面なんだな」
「教会のすぐ近くに住んでいますわ。職場には近い方が良いと思いまして」
歩きながら、へぇとシュダが頷いている。
「でも教会の周りって特に建物なかったような……」
そのまま教会へと近付いていく。
「着きましたわ!」
教会の目の前で、そう叫ぶわたし。
「ちょっとまて、まさか教会で寝泊まりしてるとか言わないよな!?」
「さすがにここで生活するのは無理がありますわ」
「じゃあどこに住んで……まさかあの脇にある小屋とか言わないよな……?」
「あの小屋ですわ」
にこりと笑みを向ける。
シュダは俯いて額に手を当てていた。
「起きて一分で職場に行けるなんて、最高の場所ですわ」
「小屋で着替えてたりしてたのは伏線だったのか……」
まだ現実を受け入れられていないのか、シュダが沈痛な面持ちでいた。
小屋に入り、買ってきた食材を真ん中にあるテーブルへ置く。
入ってすぐのところにキッチンがあり、奥にはベッドや机と椅子、キャビネットも置かれている。
「狭いけれど、結構ちゃんとしてるんだな……」
最低限暮らしていく分には問題ないくらいのものがこの小屋には備えられている。
「それではお昼を食べに向かいますわよ!」
「そうだな」