私が影を見てから城内はあっという間に騒がしくなった。
窓を閉じて、カーテンを閉めた私は、前もって決めていたとおり、スーちゃんに隠れてもらった。そう間も無く早めのノック音が響く。
焦燥感が見える叩きようだったけれど、入ってきた女性の顔は落ち着き払っていた。私を見ると恭しく礼をする。
「教会より聖女が数名派遣されています。お越しいただけますか?」
「え? ええ……」
事態についての報告ではないかと身構えていたから、別件だと知り拍子抜けする。
それに、聖女。
聖女というのは、怪我や病気を治す専門家──という記憶があるわ。治癒魔法という概念は今一つわからないけど、お医者様と薬をが合わさったもの、かしら。
足が痛むのと、外の様子を知りたいというのがあるから、願ってもないことだわ。スーちゃんをひとりにするのは少し不安だけれど、頷いて、案内してもらうことにした。
女性と共に部屋を出て、部屋の前にいる騎士の方に一礼だけして、聖女の方々がいるという場所へと向かった。
聖女と聞くと、昔のお話に出てくるようなものを思い浮かべがちだけれど、勇者のような讃え名ではなく、職名みたいだった。
その聖女様たちは、広間に派遣されてきていた。
露出が極力抑えられていて、修道服のような服――の基調が白色に変わったような――を着て、両手をお腹の前で組み、並んで待機している。怪我をしたのでしょう騎士が数人近くで座り込んでいた。
──視線を、向けられている気がする。みんな何かを待っていて、騎士も聖女も、ネジを巻かれるのを待つカラクリ人形のように、動かない。
「姫様。ご指示を」
「えっ」
何がどうなっているのか要領を得ず、立ち尽くしていると、案内してくれた女性に耳打ちされた。思わず振り返って見る。
「陛下は今国務に追われています。本来ならば王妃様が執り仕切りますが、王妃様は今臥せっていまして、体調が優れません。姫様にはその代理をお願い申し上げます」
「そう……なのですね」
国王が今多忙だろう事は想像がつくけれど、王妃様が寝込んでいるだなんて。他に務まる人がいないのなら、確かに私がするべきね。
「わかりました。指示……をすれば良いのですね?」
「はい。どうぞお声掛けをお願いします。上の者の許可をみな待っています」
周囲を見渡せば、みんなの目がこちらに向いている。さっきよりも、視線を浴びている気がして、深呼吸する。息を吐いたらタイミングで、お腹に力を入れて目線を上げた。
「聖女の皆様、お越しくださってありがとうございます。王に代わって
──礼をする時のように、するりと言葉が出てきた。
私が声をかけると、みな一様に動き出した。怪我をしているだろう人に対して、一人の聖女がついている。
声をかけたあとは見守ることに徹して、胸を張って堂々として佇んでいたら、一人の聖女が近づいてきた。丁寧に礼をした。
「魔王に誘拐されたと伺いました。これまでにお怪我や呪いを受けておられるようでしたら治療致しますが……」
そう言って、聖女の人はこちらを窺い見る。私の反応を待っているようだった。
私は治療を受けている人たちを横目で見る。今のところは怪我人は少なく、緊急性も低そうだわ。ここは厚意に甘えて受けることにした。
「ではお願いします。実は足を痛めていて。それも治りますか?」
「もちろんです。お足元、失礼致します」
聖女の方は緩慢な動作で両膝をついた。相手が跪いているというのに、自分が立っているというのは居心地が悪くて、座ろうかと思ったけれど、変に動かしたら悪い気がして、結局立ち尽くしてしまった。
私が悶々としていると、光が発せられた。不思議な光。不思議な光景。
光は、目が眩むような明るさではなくて。かといってロウソクのような弱さでもなくて。強いて言えば暖炉のようだった。あたたかくて、やさしくて、明るい灯り。
心がほぐされる光を浴びていると、痛みがすーっと引いていく。やがて痛みがなくなった。
「……すごいわ。もう痛くない」
「他に痛みや違和感など、何か症状はありますか?」
「いえ、今のところはありません。助かりました」
聖女のコが立ち上がって、深々と礼をした。踵を返し、他の聖女の元へと向かっていく背中に、先程の礼は立ち去る際の礼だったのだと理解する。
聖女が立ち去ってから、足を左右に傾けたり伸ばしてみるけれど、痛みはまったくなかった。これが魔法。これが、治癒。素晴らしい力だわ。
「……私にもこんな力があれば」
傷を癒してあげられるのに。
痛みを飛ばす魔法の言葉だけは、私も持っているし使えるけれどね。
そんなことを思っていたら、急に暗くなった。真っ暗になったわけではなくて、晴れから曇りになったような全体的で、数段明るさが減った感じ。
雲でもかかったのかと、空を見上げると、
「……姫様、中へ戻りましょう」
「他の方々は」
「傷も癒えたようですし、みな心得のある者たちです。何かあっても対処できます」
騎士だけでなく、聖女の人たちも、みんな私よりずっと経験も力もある人達。心配ではあったけれど、今は従って退散した。