「……ふう」
汚れてもいいようにエプロンを着けた女性の使用人たちの手によって、体を清められて。新しい靴と服──ドレスも着せてもらって。連れてこられたのはとても広い一室だった。
一人には有り余るベッドや、三面鏡のドレッサー、質の良い素材が使われていそうなチェスト、応接室にでもありそうなソファとテーブルと豪奢な家具の揃った部屋。
私は部屋に入ると「ゆっくり休みたいから」と言いくるめて、侍女の方々には下がってもらった。
ソファに腰かけて、抱えていた外套を隣に置く。貰い物だからとお風呂の時にはそのままにしてもらって、出てからはずっと私が持っていた。息を吐いてから、外套をめくる。
「スーちゃん、もう出てきても大丈夫よ」
「……ぷ?」
外套の中でじっと動かずにいたスーちゃんが出てくる。お風呂の時に咄嗟に外套に隠れてもらった。ハラハラしたけれど、今のところは気づかれていないみたい。
アレキサンドリアがモンスターに襲われて、人々が恐怖に戦いている以上、不安を煽るようなことは控えなくてはいけない。極限状態の人は正常な判断を下せなくなるから、良くないことが起きかねない。
悲しいことだけれど、堂々と一緒にはいられない。少なくとも、今は。
外套の中から出てきたスーちゃんはソファから長机に飛び移り、跳ねてから私の膝へと移った。その愛らしい仕草に頬が緩む。
「またしばらくは窮屈な思いをさせちゃうけど……出来るだけ一緒にいましょうね」
「アリー、一緒!」
無邪気に喜んでくれるスーちゃんの体を撫でて、両手で掬い上げる。ソファに降ろして、立ち上がった。ソファから離れると、スーちゃんは飛び跳ねてついてくる。
「私以外の人が来たり、私が出てきても大丈夫だと言わなかった時はかくれんぼしてもらおうかしら」
「かくれんぼ? ボク、するー!」
「チェストの下とか……こういう隅の場所とか」
人間の目線の高さからはなかなか気がつきにくそうな場所を探して、隠れられそうな場所に目星をつけると、スーちゃんが実際に隠れた。影に潜んだり、時には張り付いて形を変えたりしている。体を自由な形に変えられる強みね。
しばらくは一緒に隠れ場所を探して、いざという時は隠れてやり過ごすことを約束した。スーちゃんは賢いコで、約束を守ってきてくれてるから、あまり心配はしていない。
スーちゃんが肩へと飛び乗ったのを見て、窓に近付く。カーテンを両手で左右に開き、窓を開けた。
アリーシャ姫の部屋は王宮の正面にあるようで街を見渡せた。物見櫓とおぼしきものや、家々、教会も見える。私たちはまっすぐ駆け抜けて来たからほとんど見れていないけれど、広くて色んな建物がある。城門も微かに見えて、扉は閉まっているように見えるわね。人影はなく、勇蔵様たちは、もう戦いを終えてお城の中に入ったのかも。
「……スーちゃん」
「ぷ?」
「私も、スーちゃんと約束。時間はかかるかもしれないけど……いつか、当たり前に一緒にいられるように出来うる限りの事をするわ。今の私は国を担う王の娘だもの」
苦労の証の刻まれた国王陛下のご尊顔を思い出す。国を守り、発展させていくのは簡単なことではないけれど、王女として生まれたのなら、私もその手助けが出来るようにならないと。
西洋──この世界の文化は、頭ではあまり理解していない部分があるから、そこの勉強からになるけれど。
でもこのコみたいなイイコが、目の敵にされるのが当たり前ではなくなるように助力だけでも出来るようになりたい。
「もちろん、スーちゃんのお友達も一緒にね」
一方的な約束で、理解してくれているかはわからなかったけれど、なんとなく笑ってくれたような気がした。スーちゃんは何も言わずに私の肩の上で小さくぴょんぴょんと、何度も跳ねている。
肩に乗せたまま、ふと、窓の外に視線を戻した。遠くの空に何かが見えて、身を乗り出した。
「あれは……? こちらに、向かってる……?」
黒い点が空にいくつも浮かんでいた。点は徐々に大きくなって、黒い影になる。嫌な感じがする。
やがて、宣戦布告のような光が空に大きく走った。