風の街と呼ばれているこの街、へブリッジに今は勇者一行は見当たらない。得ていた目撃情報の一つは違っていた。或いは古いものだったか。これ以上この街にいても仕方がなさそう。この街を出る事とした。息を吐いて外套を寄せ覆う。肩に乗せているスーちゃんが人目に触れないように。街から出るため出入り口へと向かった。
街を見上げれば、高地にある風車の羽根車が風を受けて回っていた。回転は安定しているわ。今のところはあまり風が強くないようで、出発には安心ね。
「ぷ!」
「……スーちゃん?」
外套の中で一度だけ跳ねたスーちゃんに仰ぐのをやめて地上に目を向ける。
誰かが歩いて来ている。先程までは足音は聞こえなかったのに。
既にしっかりと覆えてはいたけれど、外衣を寄せておく。一度声を出したけれどスーちゃんは中で大人しくしてくれていた。
魔法という不可思議なことが起こる世界だもの。足音もなく街に訪れる事が出来てもおかしくはなさそう。それでも少し警戒してしまって、隅に寄りながらも歩いてくる人たちを見た。
緩徐に見えてきた三人の女の子達だった。うら若い女の子達の後ろから後方を確認する男の人と最後尾にも男の人が見えた。後方から正面に顔を向けた男の人が娘さん方の間隙を抜けて先頭を歩き出す。
先頭に変わった男の人の姿に、あの日の──拐かされた時のことが頭を過ぎった。
──必ず助けます姫!
そう叫んだ声が脳内で再生された。
「姫……ようやく会えました。助けに参りました」
目の前まで赴いた男の人は同じ声で言った。
曖昧だけれどあの時とは服が違う気がするけれど、この人があの時の勇者様なんだわ。彼は約束通りに助けに来てくれたのね。
漸く再会出来た。あとは
「姫様! 無事王の元まで送り届けますので、ご安心ください」
女の子達の中から一人の子が飛び出してきた。女の子達の服装はばらつきがあるけれど、その中の鎧姿の子。
どこかで見た覚えのある動作をしてその姿勢で止まる。素手だけれど剣を持っていて下げているかのような。相手に服従を示している礼の仕草。お城で集団で
私が黙って女の子を見ている事をどうとったのか、はっとして身を下げた。
「失礼致しました。私のような一介の者を存じてあられるわけがありませんでしたね。私はミーティア・ベッツ。王国騎士団の騎士団長のライオネル・ベッツの娘でありいち騎士であります」
ライオネル・ベッツという名を知っているような気がした。親しみはないけれど、騎士団長という記憶がある。実感のようなものはないけれど、わかるという少し不思議ででも慣れてきた感覚。
ともかくその娘さんなのね。
真面目そうな、意欲を感じられる子だわ。
「よろしくお願いします、ミーティア様」
「私にそのような……気軽にミーティアとお呼びくださいませ」
立場上望ましくはないみたい。
今の私は一国の姫君。致し方のない事ね。
「わかりました。ミーティア、ちゃん? ……で、いいでしょうか?」
かといって呼び捨てにするのも気が引けてしまって、ちゃん付けになった。様ではなくちゃん付けで呼ばれると目を丸くしたけれど、一礼した。驚きはしたけれど嫌悪ではないみたい。胸を撫で下ろす。
勇者様が振り返る。首を巡らせた先には男の人がいる。先刻は大まかにしかわからなかったけれど、男性の容貌は見知ったものだった。傍らまで足を進める。
「ブラッド様……。これでお会いするのは三度目ですね。勇者様たちと一緒だったのですね」
「ああ。偶然出会い、同行する事になった」
「そうなのですか」
下っていったブラッド様の方が勇者様に出会えるなんて奇妙な感じね。上手くいかないものだわ。
ぼんやりとそんな事を思っていたら勇者様は口角を上げて、正面から私を見つめた。
「帰りましょう。アレキサンドリアへ」