「うーん……」
「これ一つだけだ。もう次は入らねえぞ」
「……うん?」
新調と補給に店に入るとカウンターで店主と男性客が話をしていた。傍らには何人かの女性が覗き見ていた。離れた客も何度も一瞥している。
倣うようにして覗き込めばカウンターには首飾りが置いてあった。金細工が見事で、きらびやかながらも華美すぎない。気品が漂い、上質な物だという事を見てとれる。傍らにいる集まった女性達は目を輝かせてひそひそと話していた。会話が耳に届いてくる。
「貴族様がつけていそうなものね」
「相当お高いでしょうね」
「金六〇だそうよ」
「六〇枚!? どれだけ過ごせるか……」
「でも一度は着けてみたいわぁ~。旦那に着けているところ見せたらどんな反応してくれるかしら……」
「動くのに邪魔じゃないか、で終わりじゃない?」
「…………。そうかも」
嘆息して片方が項垂れる。二人は今以上近付きはせずただ見詰めるだけだ。
「それに……魔王に街ごと破壊されたら何の価値もなくなるわ」
「……そうよねぇ……」
「勇者」
「勇者殿!」
前屈みになって覗き込んでいた体を引っ込めて、クレアとミーティアが同時に勇者を呼んだ。二人の勢いに気圧され、一歩身を引いて咄嗟に腰の
「かっ、買わないぞ?」
「あれはアレキサンドリアで流行しているネックレスでは御座いませんか?」
「あれ、加護付きじゃない?」
「……え?」
勇者の抵抗の一言は聞こえなかったのか、二人は取り合わず同時にそう話した。目を丸くした勇者は再び覗き込む。カウンターにはまだ店主と男性客がいて交渉していた。ネックレスは視界には入るものの、目の前までいかねば仔細は判然としない。勇者の目には金の首飾りがあるという事実しか映らなかった。
アクセサリーとしてではなく防具として興味を持っているクレアと、見知った物として興味を持っているミーティアに視線を戻した。今先程の二人の言葉を時間をかけて思い出す。
「加護付きで……アレキサンドリア?」
「ここからじゃあ、なんの加護かまではわからないけど……マナを感じるわ」
「……身に付けている方を何人も拝見したもので。確かアレキサンドリアでは金五〇で売られていたはずですが」
「一〇枚高いのか……。それに加護、加護は気になるな」
「お城では加護付きの装飾品が流行っているの?」
「いえ、加護は気にしておらずデザインや素材が……。我々騎士は懐に余裕があれば加護付きも買いますが。もしかすると今は魔王の一件で庫に備蓄しているやもしれません」
交互に話をする二人から勇者が腕を組み、眉間に皺を作って唸り始める。
クレアの言葉が頭の中に残り、迷わせていた。加護付き――――戦いをする上で重要な要素だ。装飾品や武具に加護を施された物。加護の強弱や種類は物により異なる。聖水や教会で清められた物には闇属性の攻撃を軽減もしくは無効化したり、筋力増強の魔法がこめられた物は力が増したりといった効果がある。強力なまじないがこめられているほど永続性がある。
「やっぱり金六〇は厳しいぜ」
考えあぐねていると男性客が到頭諦めた。カウンター前からいなくなり退店する。彼に続くものはいない。野次馬達が散ってゆく。それらが後押しとなって、カウンターへと向かってゆく。カウンターに両手をついて前のめりの姿勢で言い放った。
「金二〇で買う」
「……あん? おいおい、そんな値じゃ売れるわけねえだろ」
「なら二五でどうだ?」
「話になんねえ」
「ダメか……。……アレキサンドリアではもっと安くで買えるんだけどな。そっちに行った方がいいかな」
カウンターから手を離して溜め息混じりに吐き出す。店内に残っていた数人の客の視線が向き、話し声がするようになる。店主が目を白黒とさせ、勇者の腕を引っ張った。片腕がカウンターにつき、再び前屈みになる。
「こっちはアレキサンドリアと違って高騰してんだよ。どうしてもって言うんなら五〇でどうだ? 一〇枚も浮くぜ? 悪くないだろ?」
「五〇かあ……高騰しているのはわかるけど、もう少しまけてくれたら確実にもらうんだけどな」
「……絶対に買うってんなら四〇にしてやるよ」
「三五だったら嬉しいんだが。その代わり他の物も買うよ」
勇者は振り返り店内に陳列されている商品から旅の必需品の物をいくつか指差し、口頭で数を伝えた。ネックレスには到底及ばない額だが、店主の顔つきが僅かに変わる。拳を目頭にあてて長考し、ゆっくりと顔から手を離した。
「わかった。三五で売ろう」
「ありがとう。じゃあ他の買うものも持ってくるよ」
三五で折れた店主が勇者の腕を離す。勇者は約束通り他の品を集め、カウンターへと運んだ。