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6-8




 目だけを動かして周囲を見る。私でも使えて現状を打破するものはなさそう。

 木々の方を見る。音と声が聞こえて、ブラッド様はこちらにはまだ来られそうになさそう。


 でも、盗賊の方も縄を切ればその間に飛びかかってくるかもしれない可能性を考えているみたいでこちらに刃を向けたまま動かなかった。ブラッド様が加勢に加わってもらえれば何とかなるかもしれないけれど、彼の仲間がこちらに来てしまったら積荷を奪われて終わってしまう。量が量だから、持ってそのまま移動というわけにはいかない。

 そうなると私達を拘束して────縄を切らせたらいけないわ!



「あ、あの」

「オイ女動くな!」



 一歩前に出ただけで刃先は私に向く。ギロリと鋭い眼光が捉えてくる。武器から目を逸らさないようにして、袋を取り出した。中から一枚だけ金貨を取り出して見せる。深く息を吸って盗賊を見つめた



「中には金貨が入っています。お渡ししますからどうか命だけは助けていただけませんか?」



 現金を見て盗賊の視線が動く。積み荷と金貨を交互に見ていた。もう一声。あと数枚とってわざと音を立てる。わかりやすい実利をちらつかせた。

 こちらが唯一戦える人が駆け付けてもらえるかわからないように、あちらも仲間が来るかわからないはず。そうなったら一人ではこの荷物は運べない。かといって縄を切られて拘束されたらいけないわ。仲間が来れなかったとしても人質にされて運ばせられたりしかねないもの。


 何としても飛び付いてもらわないと!



「金貨はいりませんでしたか……」

「……待て!」



 わざとらしくなりすぎないように金貨を見せて、巾着に戻してゆく。残り一、二枚といったところで止められた。食い付いたみたいだわ。

 先程から激しく鳴りっぱなしの心臓を落ち着かせるために深呼吸でもしたかったけれど、息を呑むだけに留めておく。



「金を持ってゆっくりこっちに来い」



 まるで銀行強盗のような言葉で促された。片手を出して凶器のある手は下げているわ。テッド様に目配せの一つでもしたかったけれど、怪しまれないようにしなくてはならないわ。一歩ずつ近付いてゆく。足が上手く動かない。鉛でもつけられたように重くて、自分でもわかるくらいにぎこちない。

 また一歩、出して。前の足の踵につま先が当たった。勢いのまま前のめりになって倒れかける。このままじゃ盗賊の近くに落ちてしまうわ。身をよじって横に傾いだ。盗賊の驚いた顔。ナイフを持つ手から力が抜けているのが見えた。


 巾着が落ちて中身がばらまかれてしまう。お金が散らばったのと同時だった。地面から振動が伝わってきて、二つの声がした。起き上がればテッド様と盗賊が揉み合っているのが見えるわ。

 武器を離そうと押さえ付けにかかっている。私も何かしなくては。そう思った矢先だった。


 盗賊の腕が背面に回って反対に押さえて、膝頭を腹部に叩き込んだ。



「うっ!」

「っテッド様!」



 容赦のない打撃で呻いたテッド様から力が抜ける。盗賊の体を離したテッド様に刃先が向いた。声を上げて促すけれど動かない。ここから走っても間に合わないのはわかっていたけれど、気づけば走り出していた。

 せめてテッド様が屈んでくれれば。少しでもいい。何かで盗賊の気を逸らせれば。たらればが浮かんでは消えてゆく。周囲には草花しかない上に状況が状況だから何も出来ないのだから。



「え……?」

「なっ、なんだ!」



 刃は突き刺さらなかった。

 予想していた次の瞬間は、異なっていた。何かが盗賊の手首に張り付いて邪魔をしているわ。突然の事に驚いた盗賊の手が止まっている。いえ手首が動かせないみたいだった。

 その間にテッド様の腕を全体重をかけて後ろに引っ張る。今の出来事で反対側の腕の力が緩んでいて、拘束はなかったから引き剥がす事が出来た。とはいっても大した距離ではないけれど。腹部を擦っているテッド様自らが距離をとって、尻餅をついた。



「だ、大丈夫ですか?」

「あ、ああ」

「なんなんだ、一体!」



 事が上手く運ばない事に腹を立てているのか声が怒っていた。腕ごと何度も振って何かを地面に落とす。一瞬の事でわからなかったけれど、あれは。



「ぷ!」

「すっスーちゃん!」

「……なんだ、スライムか。邪魔しやがって」



 戦い慣れしているみたいで正体を知ると盗賊は落ち着きを取り戻した。盗賊は今はスーちゃんを見ている。今度はスーちゃんが危ない目に遭ってしまうわ。何かで妨害しなくては。今ならば何か使う事が出来る。馬車の方を見て。声を聞いて。視界に盗賊が飛び込んできた。



「……え?」



 スーちゃんと対峙していたはずの盗賊が車体の角に頭をぶつけて倒れている。


 何が起こったの?

 訳がわからず茫然としているとスーちゃんが跳ねてこちらにやって来た。



「アリー! スー、守ったー!」



 手を差し出して手の平に乗せる。恐る恐る盗賊の様子を窺いに顔を覗き込むと目を閉じていた。胸は動いている。目を回しているみたい。

 夢中になっている内に周囲の様子も違っていた。剣戟の音も声も聞こえなくなっているわ。



「……終わった、の?」




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