程なくして森に入った。
木々の間を通り抜けていくのが見える。領土間を移動するのに使われるためか整備されているようで道が出来ていた。振動も幾分少ないわ。ここからでは地面はあまり見えないから確かな事は言えないけれど、石畳を敷いているとかではなさそう。それらしい音は聞こえない。
ただ、前にいる二人から緊張感が伝わってくる。
森に入ってからは辺りを窺いながら進んでいた。ブラッド様はいつでも戦えるように片手を剣にかけている。話していた盗賊の事があるからよね。木々の間隙から太陽は入ってきてはいるけれど、何処にでも隠れる場所があるから何時何処から来てもおかしくはなさそうだわ。風が吹けば葉音がして、何か物音がしても掻き消えてしまいそう。
「まだ陽が昇ってそう経っていない。上手く抜けられればいいが」
「しかし転倒したら堪んねぇからな、あんまり走らせる訳にはいかねぇぞ」
「それでいい。俺は出て来た時の対処に努める」
「この森はどれくらいの深さなのですか?」
進めど進めど見える景色は緑ばかり。ちっとも出口が見えてこないわ。変わらない景色に森の広さは深そうに思えて訊いた。
「一日ありゃァ抜けられるそうだぜ。他国に売りに行った事はないんで話に聞く限り、だがな」
「そうなのですか……」
「明るい内に出たいところだが」
一日で抜けられるそうだけれど、何時までかはわからない。陽が出ている内になら盗賊の被害は少なさそうなのは私にもわかる。それまでにこの森を抜けられればいいけれど、はっきりどちらとは言えなさそう。前にいる二人の眉間には皺が寄っていそうだったから。あまり話題を広げない方が良さそう。代わる話題を探して積荷を振り返った。中は木箱や麻袋が積まれているけれど、中身まではわからない。蓋も紐もしっかりとしめられているから。違う国で売るというだけあってぎっしりと積まれているというだけは見て取れるわね。
「普段は何を売られておられるのですか?」
「あ? あーそりゃ色々だよ。普段使うようなものが大半だな。やっぱ需要があるからな」
「日用品ですね。どこで売られるのですか?」
「ひとまずは目的地である水の街ヴァノーネだな。アレキサンドリアでも売れるとは限らんが……」
「お前の目的地は風の街だったな」
「風の街か。あそこには確か有名な魔法使いだか魔女だかいるんだっけか」
「ま、魔女……」
高笑いをして大鍋をかき混ぜ、悪いことをすると童話だとかでは有名な。頭ではそのイメージは間違っているとわかっているのだけれど、そのイメージがどうも浮かんでしまう。変身したり箒で飛んだりする子もいるとか聞くし、魔女と言っても一概には言えないのだろうけれど。それでも少し身構えてしまう。どちらにせよへブリッジに用があるのだから避けられない。
なにはともあれ話を逸らせた。風の街に関しての情報も得られた。指で肩に乗っているスーちゃんの撫でる。その間に二人の話題は今から向かう水の街の話に移っていた。水の街は都市であるからかルトナークにいた二人でも知っているようで色んな話が聞こえてくる。テッド様はアレキサンドリアでの商売は初めてのようだから細部までは知らないようだったけれど、ヴァノーネ自体は知っているみたいで街の特徴を話していた。商売人だからか名産品だとかそういった物の話が多かったけれど。ブラッド様からはほとんどが相槌の声が聞こえた。
テッド様が話ながら馬車を進めてどのくらい経ったのか。木々の間に差し込む陽が照りつけて体感になってしまうけれど、気温が上がり幾分視界も明るくなった。今太陽が一番輝いている時間なんだわ
「明るくなってきましたね」
「ああ。それに腹も減ってきた。馬も休ませてやらないとならねぇ、一旦止めるぞ」
手綱を引き締めて馬を操る。やおらに馬車の速度が落ち着いてゆく。やがて馬車は止まった。
二人が馭者台から降りたのが見えて私も降りようとしたけれど肩に乗っていたはずのスーちゃんがいない。馬車の中を見回すと箱の上に乗っていた。そこまで這うようにして向かって、体をそっと持ち上げる
「あんまり触っちゃダメよ、スーちゃん」
触るという表現が正しいのかわからないけれど。
「だめ、?」
「そうよ。守らなくてはならないものなの」
「ぷー」
これだけ詰め込んで他国に渡るのだからテッド様の命にも等しいはず。ブラッド様の守る対象にも含まれている。スーちゃんを引き剥がして肩へと乗せて馬車から降りた。
テッド様は馬を休ませている。事前に汲んでいたみたいで荷馬車の中から樽を出して飲ませていた。それを座ってテッド様は見守っていた。急ぎたい気持ちはあるだろうけれど休ませなくてはならないわよね。私たちや荷物を運んでくれているのだし。
対してブラッド様は少し離れたところにいた。離れた場所から辺りに視線を配っていて警戒している。お仕事の邪魔をしてはいけないため声を掛けるのは控えて草の上に座った。私は二人と違って乗っているだけなので然程疲れてはいないのだけれど、ずっと固い木の板の上だったから痛むので今の内にやわらかい草のクッションの上で休憩する事にした。
揺れていない地面の上で休んでいる間、スーちゃんは肩から膝の上へと乗せた。膝で自由にしてもらっている間に私たちの向かっている方向を見る。どのくらい続いているのかしら。先にも同じような景色だわ。
「それにしても深い森ですね」
「おう。話にゃ聞いていたがな。国を隔てる深い森。だから皆船に乗るわけだ。色んな理由で船に乗れねぇ連中はこうしてここを通るわけだが……」
「盗賊の人たちがそこを狙うんですね」
近くのテッド様は一度膝に視線を投げたけれど応えてくださった。テッド様の言う通り皆船を利用するのなら船が使えない今困っているんじゃないかしら。
「ま、旅人だのでもなけりゃほとんど他国に行くやつはいねえけどな」
「でも今はここを通る人が多いのでしょうね」
「ルトナークがあれだからな。でも船を使う連中が多いだろうよ。金はかかるが」
船が今出せない事をテッド様は知らないみたいだった。それもそうよね。つい最近の事だもの。知らない人の方が多いはず。話はまだそれほど広がっていないだろうから。
「それが……グストプールからの船は今出航停止になっているんです」
「……本当か? そりゃなんでまた」
「海にとても大きな怪物が出たみたいで……目処も立っていないらしいんです」
「ほお……貨物船もか?」
「旅客船は停止だと聞きましたがそこまでは。ですが船ですから恐らくは……」
「そうか。……ってことはしばらくは売り時だな」
体を休めていたテッド様が立ち上がる。樽を馬車へと戻し馬のブラッシングを始めた。やや離れていた場所で見張りをしてくれていたブラッド様が近付いてきた。労いの言葉代わりの会釈をする。ブラッド様は周囲を見回し始めた。
「先程の話は最近のことか」
「聞いておられたのですね。はい、つい数日ほど前の事です」
「……出回る前に急いで抜けた方が良さそうだ。そう変えられんだろうが」
独りごちるように言ってブラッド様はテッド様に同じ話をしに行った。今でも極力急いでいるからこれ以上は難しそうだけれど二人でその話をしている。
休憩は早くに終わりそうだわ。胸騒ぎを感じて緊張した心臓の速さに、スーちゃんを持ち上げていつでも出られるように先に乗り込んだ。