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6-4









「あっ……。」



 その姿を見て自ずと声が出て口を手で覆った。

 ──今まさに捜しに行こうとしていたブラッド様がそこにいた。目を瞬かせて凝視するとブラッド様は私を一瞥だけして、商人に近寄っていき金額を訊いた。

 最初の金額を訊いた時は渋い顔を見せたけれど、馬車の中に目をやったり向かう先の事を訊いたりとしながら交渉を始めた。


 二人がお仕事の話をしている間に陽は完全に沈んでしまって、商人の方は馬車の中から魔法灯ランプを取り出して明かりをつけた。光に目を細めると積荷を確認し始めた。やや離れていたから話の内容はあまり聞こえなかったけれど、その動作でブラッド様は無事雇われたのだと思われた。



「また会うとはな」



 ブラッド様に声を掛けられる。

 私も同じ。少しぶりではあるけれど、まだ居らして再会出来るとは思わなかった。もしかしたらいるかもしれない、という希望に近いもので自信がなかったから。僥倖だわ。



「……それで? お前は何故こんなところに?」

「へブリッジまで少し」

「風の街へブリッジか。それならついでに馬車に乗せてもらえばいいのではないか。これはアレキサンドリア領まで行くんだろう」

「あ……」



 本来の目的を失念してしまっていた。悩んでいるようだったからつい忘れてしまっていたけれど本当は勇者一行の目撃情報のあった街──へブリッジまで向かってくれる馬車を探していたのだった。ブラッド様の言う通り乗せてもらえるかもしれない。

 ブラッド様の言葉で想起した私は交渉のため男の人に近寄った。作業の手が止まったのを見計らってから声を掛ける。



「あの、隅の方で構わないので私も乗せていっていただけませんか?」

「は?」

「もちろんお金もお支払いしますので」

「……隅、ねえ」



 明かりを掲げて馬車の中を照らして馬車内を覗き込む。荷物がたくさん積まれてはいるものの、空いている箇所もあって座れそうだった。中を見つめて軽く唸り声を上げながら長考する商人の方の横で、緊張しながら待つ。乗せていただけないようならまた明日馬車を探すしかなさそうだわ。あまり時間が経過すると会えない可能性が大きくなってしまうから、望ましくはないけれど。



「荷馬車だから乗り心地は良くないけど、それでいいのなら構わないよ」

「ありがとうございます!」



 ──良かった! 乗せてもらえるのね!



「積荷は問題なさそうだ。すぐにでも出発するぞ」



 乗せてもらえる事になり、私は後ろの空いた場所に。ブラッド様は前の御者台に腰掛けた。商人の方も座って、手綱を握った。それを見てから大きく息を吐いて肩から力を抜く。上手くあの人に出会えればいいけれど。


 ──私が向かう場所──へブリッジ。何人かに話を聞いた中で出てきた街の名前であり、アリーシャが知っている街。

 風の街と呼ばれていて、その言葉通り街では風の魔法を活用している。地形柄縦に長い構造をしている街で高地にある。

 頭の中に浮かんできた情報ではそんなところみたいね。そこまで詳しく知っている訳ではないけれど、まったく知らないよりはいいわね。



 当初の目的であるアレキサンドリア城までは行けないだろうけれど、へブリッジ近くまでは行けるかも知れない。勇者一行に会えるかも。それが無理だとしてもアレキサンドリア領に入れるだけでも大きい。こちらの事よりはわかるだろうし。自国の事なのだから。



「…………。私は……」



 ──アリーシャは、どれだけ学んできて、どんな受け入れ方だったのかしら。

 王族として甘受していたのか。喜々として勉学に勤しんでいたのか。愛国心はあったのかしら。


 学んできた記憶はある。性格に近いものもわかる。だけれどどんな想いで、どんな考え方をしていたかはわからない。


 ……今は自分の事なのに変な話だけれど。


 アレキサンドリアのこと、世界の事、アリーシャはどう思っていたのかしら



「護衛は街までとの事だが正確にはどこに行くんだ?」

「森を抜けた先の一番近い街……ヴァノーネだな」

「森か……」



 物思いに耽っていると、御者台の方から二人の会話が聞こえてきた。この荷馬車自体はへブリッジまでは行かないみたい。定期的に外の様子を窺って途中で降ろしていただかなくてはね。



「しかし森を抜けるとなると俺一人で対処出来るか……。馬車優先にさせてはいただくが、慎重に進めてもらいたい」

「……? 森にはなにかいるのですか?」



 ブラッド様から出た気になる言葉に、振動する中物を支えにしながら御者台近くまで向かう。その場に腰を落ち着かせてから気になった箇所に関して問えば一度振り返ってこちらを見てから唇を開いた。



「森には大抵盗賊が潜んでいる。おまけに街に向かう道だ。可能性は高い」

「盗賊……」



 泥棒からすれば襲いやすい場所。しかも荷馬車は格好の的。そういう事もあるのね。傭兵って聞いたら要人を守るボディガードや軍隊の印象があったけれど、職業として成り立つわけだわ

 なにはともあれ襲撃されるであろう森を抜けなければならない。私にも何か出来ることはないものかしら。荷物をくくりつけておくとかなら出来るだろうけれど、戦うとかだと非力だし。



「しかし……余計な世話だが、あと二、三人雇う事を奨める」

「そうしたいのは山々だが、金がないんだよ。あちらでやるにも金がいるしな」

「……そうか。わかった、やれるだけの事はさせてもらおう」

「私も出来る限りの事はします」

「助かるよ。まあ、森まではまだかかるし、客人は寝てな」



 二人の隙間から見える外はもう暗く、いつの間にか夜が訪れていた。まだ少し早いような気がしたけれど、体を休める事にした。

 声をかけてから元の位置に戻って体を少しでも安定させて目を伏せた。商人さんの言う通り荷馬車だから揺れはよく感じてしまうけれど、安定していて今までに比べれば揺れも少ない。これなら眠れそうな気がした。




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