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6-3








 窓から射し込んだ陽が瞼に当たって、目を開けた。少しぶりにゆっくり出来たわ。足の筋肉痛も随分引いている。体を伸ばせば気持ちがいい。まだ、完全には筋肉痛は引いてはいないけど、疲れはとれたみたい。ついでに言ってしまうとお腹も空いていた。



「今何時かしら……船が出る前に朝食を済ませたいけれど」



 窓にかかるカーテンを開けて外を見てみるけれどここからでは太陽は見えなかった。すぐそこにいくつか建物があって遮ってしまっているわ。部屋の中には時計はないし、宿から出るしかなさそうね。

 ──そう思いながらのんびりと手櫛で髪を整えていた時だった。鐘の音が街中に鳴り響いた。時間を知らせる音は何度も鳴って広く人々に教えてくれる。この世界での教会の鐘が鳴る時間はアレキサンドリアとルトナークの両国は共通であるという知識が頭の中に浮かぶ。


 それによれば正午と夕方六時────正午?



「っね……寝過ごしたわ!」



 朝にと言われたのに十二時を過ぎてしまった。

 大急ぎで部屋を出て宿の入口へと向かう。受付で女将さんが挨拶をしてくれたけれど一言くらいしか返せずに宿を出て行く事になった


 なんだか最近走ってばっかりだわ。急いで港まで向かうと大きな船が一隻なくなっていた。代わりに人だかりが出来ていて賑わっていた。何だか様子がおかしい気がして、人だかりの中心地に向かって人ごみを掻き分けていく。人と人の隙間に体を滑り込ませ、謝りながらも何とか中心にたどりついた

 日に焼けた男の人が立っていた。働き盛りというにはまだ若そうな男の子で、周囲の人に話しかけられて困っているようだった



「困るよ。あっちまでどれほどかかるか」

「せっかくここまで来たのに……」

「……何があったのですか?」



 私も何事なのか訊きたかったけれど口々に言う彼らへの対応に追われていて気の毒に思えて、事情を知っていそうな周囲の人に訊いてみた。不満を口にするので夢中で聞こえていないのか返事が返ってこない

 何人目かで落ち着いた様相の人から話を聞くことが出来た。何でも海に怪物が現れて朝出航した船が襲われたとの報せが伝書鳩で届いたとの事。それを受けて定期旅客船は出航停止になって今のところ再開の目処は立っていないのだそう



「怪物って……そういう事ってよくあるの、ですか?」

「まさか! 時々海棲のモンスターが襲ってくる事はあるみたいだけれど大抵は問題ないの。でも今回のは話によれば相当大きいみたいよ。船ぐらいって話があって……初めてだわ、そんな巨大な怪物は。……困ったわねえ」

「そうなの……。教えていただいてありがとうございます」



 まさかこんな時にこんな事が起きるなんて。安全を考えれば停止になるのも致し方ない事だけれど海路がなくなってしまったのは痛いところだわ。陸路で行くしかないのね

 ──唐突に、食事処で聞いた勇者一行の目撃情報の事を思い出す。陸路で向かわなくてはならなくなったのなら勇者様を探しに向かった方がいいんじゃないかしら。いえ、気がした。それが自然で最善のような。




 ──こうなったら陸路で勇者様を探そうかしら……。


 海は危険な以上は致し方なしとして、ひとまずもう一度馬車でリーヴリスに戻る事にした

 荒々しいのか否かわからない運転の同じ馭者さんに乗せてもらって花の街へと戻った。到着する頃には陽が沈みかけていた。人々が家の中へと入っていく中何とか人を捕まえて勇者一行について聞き込みをしていった


 結果で言えばいくつか目撃情報はもらえた。だけれど、どうも場所がバラバラなようで首を捻ってしまう。あの人は今有名になっているのか勇者一行の情報はあるのだけれど、おおよそ同時期ぐらいに違う場所で見かけたと。

 まさかそんな飛行機もないのに一日足らずで遠く離れた場所まで移動出来るとは思えない。私の訊き方が悪いのか、勇者と思しき人が他にもいたりするのか。


 助けの者であれば他の人でも良いような気もするのだけれど……



「……ここでいつまでも悩んでいたって仕方ないわね」



 このままここで考えていたら陽が暮れてしまいかねない。

 ひとまず目撃情報のあった中で一番近場の場所を目指す事にした。凶暴なモンスターがうろうろしている場所とかでも見かけたみたいなんだけれど、何かあった時に私ではどうしようもないから――一人では命辛辛逃げるくらいしか出来ない――除外した。そうなると近場といっても少し離れる場所で、馬車が必要になってくる

 港町グストプールに向かうために利用した馬車とは反対方向だから、そちらの方角まで運んでくれる馬車を捜して街の周りを彷徨く。時機が合わないのかなかなか見つからない。

 もう少し外に出た方がいいのかしら、なんて思って木々の見える方へと少しだけ歩いてゆくと、馬のたてがみが見えた気がして走り寄った


 鹿毛の馬と幌の張られた馬車、その前で唸っている男の人。近付いていけば眉間に皺が寄っているのが見えた。頭を抱えているような気がして、思わず声をかけた



「こんばんは。どうかされたのですか?」

「……うん?」



 声をかけると目頭を親指と人差し指で押さえながら溜め息混じりに吐露した。



「どうしたもこうしたもないよ。ムリン村の事もあるし、アレキサンドリア領の街まで品物を売りに行きたいんだが……」

「馬車の調子でも悪いんですか?」

「いいや。ただ……付きもののあれがな。見付からないんだよ」

「あれ?」

「……傭兵だ」



 商売をされている方らしく、アレキサンドリアの方まで行きたいみたい。でも傭兵の方がいなくて困っているみたいだった。アレキサンドリアの方向を見遣って、溜め息をついた

 そういえば、ブラッド様が自分を傭兵だと言っていたような。あれから経っているし街にはもういないかも知れないけれど探してみるだけでも探してみようかしら



「あの……私つい最近傭兵の方に出会ったのです。その方がまだいるかも知れないので良ければ探して来ましょうか?」

「そいつぁありがたい話だが……傭兵自体はいるんだが、問題が」

「額か」

「そうさ。一番大事なところ────誰だ?」



 違う声が当たり前に入ってきて商人さんと一緒になって声のした方を向いた




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